(「住友商事・高井裕之氏に聞く原油相場(2) 原油価格は40ドル-60ドルのレンジ相場へ」からつづく)
原油価格の行方を読み解く上で欠かせないのがサウジアラビア。世界最大級の産油国であり、OPEC(石油輸出国機構)の中心的存在でもある。
そんなサウジアラビアで、大橋さんも驚きの大改革が進行中だという。キーマンは「MBS」だ!
■サウジアラビア王家の複雑な事情
ひろこ サウジアラビアの国営石油会社、サウジアラムコのIPOが大きな話題となっています。
高井 サウジアラビアでは大改革が進んでいるんです。アラムコのIPOもその一環です。ただ、まずはサウジアラビアを知る上で欠かせない3人の王族を理解してください。
1人目はサルマン国王。2015年に国王に就任したばかりですが、もう80歳と高齢です。2人目がサルマン国王の甥であるムハンマド・ビン・ナイフ皇太子。サルマン国王に万が一のことがあったとき、王位継承権を持つのが、このビン・ナイフ皇太子です。
サウジアラビアを知る上で欠かせない3人の王族がいるという高井さん。1人目はサルマン国王、2人目がサルマン国王の甥のムハンマド・ビン・ナイフ皇太子。そして3人目は…!?
高井 サウジアラビアの国王はたくさんいる兄弟の間で継承されるのが通例でした。そのため、国王が高齢で亡くなっても、次の国王となる弟だってすでに高齢で頻繁に国王が代わってきました。
今回、サルマン国王は意図的に世代交代を行なおうとしているのでしょう。そのため、弟ではなく、甥のビン・ナイフを皇太子に指名した。
■権力と王位継承権のねじれ減少
ひろこ ということは、ビン・ナイフ皇太子がキーマンなんですか?
高井 それが違うんです。年功序列が基本のサウジアラビアでは異例なことに、副皇太子に指名されたのが、サルマン国王の息子のなかでも若い31歳のムハンマド・ビン・サルマン副皇太子。頭文字から通称「MBS」と呼ばれています。
キーマンとなるのが、サルマン国王の息子のなかでも若い31歳のムハンマド・ビン・サルマン副皇太子。通称「MBS」だ (C)Anadolu Agency/Getty Images
高井 本来格上であるはずのビン・ナイフ皇太子よりも、このMBSにより多くの権力が集中するねじれ現象が起きているんです。
■MBSが進める「VISION 2030」
ひろこ MBSが一連の改革を進めているんですね。なぜMBSに権力が集中したのでしょう?
高井 お父さん、つまり、サルマン国王が重用しているようです。サルマン国王の秘書も長く務めていました。
サウジアラビアの大改革もサルマン国王が認めないとできません。国防大臣、経済・開発評議会議長、アラムコの最高評議会議長と要職を兼務し、サルマン国王から大きな権力を託されています。
■国民からしっかり税金をとる!
ひろこ 「VISION 2030」、どんな計画なのでしょうか?
サウジアラビアが推し進める「VISION 2030」の公式サイト。トップページには、サルマン国王(中央)、ナイフ皇太子(右)、サルマン副皇太子(左)の3人の写真が掲載されている
高井 ポイントは3つ。ひとつは歳入の増加で、原油以外の収入源を増やしましょうということです。これには、これまで無料だった公共サービスを民営化して有料化する、といったことが含まれています。
ひろこ サウジアラビアは電気代がずいぶん安く抑えられていたり、税金がなかったりと、普通の国では考えられないような財政状態だったんですよね。
高井 2つめは歳出の削減。補助金で安く抑えていた水道代や電気代の補助金を削減することや公共投資の見直し、それに国内の武器産業育成などです。
サウジアラビアでは2015年春に始まったイエメンへの軍事介入が泥沼化し、財政を圧迫しています。軍事介入に必要な武器はこれまで海外から購入していましたが、自国で生産しようということですね。
そして、3つめが国富の運用多様化。そのひとつがサウジアラムコのIPOであり、売却益は新たな企業、産業へ投資していくようです。
たとえば、タクシー配車アプリの「ウーバー」へはすでに投資していますし、MBSは6月に訪米し、シリコンバレーの起業家と面会してきたそうです。
■財政均衡に必要な原油価格は100ドルだった!
ひろこ サウジアラビアは今年(2016年)、格下げされました。MBSにはそうした危機感もあったんでしょうね。
いつまでも公共サービスを無料で提供したり、税金をかけなかったりしていては財政が悪化するばかりです。
高井 1バレル=100ドルを超える時代が長く続き、王族であるサウード家には甘えがあったのでしょう。サウジアラビアの財政が均衡する原油価格は1バレル=100ドルを超えていました。緊縮財政を始めて、やっとこれが60ドル程度まで落ちてきたようです。
しかし、「シェール革命」というパラダイムチェンジが起こった今、再び原油価格が100ドル台を回復するのは難しい。低油価の時代が長期化すると言われています。
前回話したように、原油が40~60ドル程度で推移したとしても、問題なく国家を運営できるようにしなければならない。MBSにあるのは、そうした危機感でしょう。
【参考記事】
●住友商事・高井裕之氏に聞く原油相場(2) 原油価格は40ドル-60ドルのレンジ相場へ
■サウジで内紛が起こり、原油価格暴騰のシナリオはある?
ひろこ 「VISION 2030」は成功するのでしょうか?
高井 「VISION 2030」に対する外部の評価は、「素晴らしいことだけど、そんなに簡単じゃないだろう…」というものです。
ひとつはビン・ナイフ皇太子とMBSのねじれ現象です。王位継承権はビン・ナイフ皇太子にあるものの、実権はMBSに集中しています。
「VISON 2030」の公式サイト上でも、ムハンマド・ビン・サルマン氏、「MBS」が先頭に立ってサウジアラビアの大改革を推し進めていることがわかる
ひろこ サルマン国王は80歳と高齢で、健康不安もささやかれています。
高井 イアン・ブレマー氏(※)は「サルマン国王が亡くなれば、サウジアラビアに政情不安が起こるかもしれない」と予言しています。
もし、そうなったら石油価格が暴騰してしまうかもしれません。
(※編集部注:イアン・ブレマー氏は、著名な国際政治学者。毎年初めに発表する「世界の10大リスク」が大きな注目を集めるほか、中心なき世界を「Gゼロ」と表現したことでも話題になった)
ひろこ サルマン国王が亡くなったら、ビン・ナイフ皇太子とMBSが対立するようなことがあるかもしれない。「砂漠の民は気性が荒い」なんて言いますから心配ですね。
高井 ところが、サウジアラビア王家は違うんですよ。王族の中で波風を立てることは禁じられています。
MBSはサルマン国王の後を継ぎたいと思っているでしょうが、年功序列を旨とする約7000人のサウード家では支持を得られないでしょう。
サルマン国王が亡くなった後、ビン・ナイフ皇太子とMBSの対立について心配する大橋さんに対し、高井さんは、サウジアラビア王家は波風を立てることは禁じられていると解説
■MBSの施策はまとも。原油価格は40-60ドルのレンジへ
ひろこ しかもMBSがやろうとしている公共サービスの有料化、VAT(付加価値税)の導入、補助金のカットといったことは王族にも響いてきますよね。王族はMBSのことを「目の上のたんこぶ」と思っているのではないですか。
高井 苦々しく思っている王族もいるでしょうね。一方、サウジアラビアの人口はとても若く、国民の70%はMBSよりも若い。だから、MBSは多くの国民から支持を得ています。
私もMBSがやろうとしていることはとてもまともだと思います。MBSの成功はサウジアラビアにとっても、石油の市場にとってもいいことだと思っています。
ひろこ ということは、イアン・ブレマー氏の予言するような内紛が起きる可能性は高くない。
高井 そう思います。ですから、やはり、原油価格は今年(2016年)から来年(2017年)にかけて、40ドルから60ドル程度のレンジでおだやかに推移するのではないでしょうか。
【参考記事】
●住友商事・高井裕之氏に聞く原油相場(2) 原油価格は40ドル-60ドルのレンジ相場へ
(出所:CQG)
(取材・文/ミドルマン・高城泰 撮影/和田佳久)
【ザイFX!編集部からのお知らせ】
本記事に登場した大橋ひろこさんが登場するザイFX!の連載企画が「FX&コモディティ(商品) 今週の作戦会議」。原油をはじめとしたコモディティ(商品)と為替について、大橋さんが元為替ディーラーの西原宏一さんと毎週、注目ポイントを話し合っています。
コモディティがテーマとなっている、こちらのコンテンツもぜひ、ご覧ください。
【参考コンテンツ】
●「FX&コモディティ(商品) 今週の作戦会議」
また、原油などのコモディティはCFDで取引することもできます。今回の高井さんと大橋さんの対談記事や、「FX&コモディティ(商品) 今週の作戦会議」を参考に、コモディティそのものをトレードしたい、でも、どの会社に口座を開けば良いのかわからないという人は、以下のコンテンツもぜひご覧ください。
【参考コンテンツ】
●NYダウや金にも直接投資できるCFD取引会社を徹底比較!
株主:株式会社ダイヤモンド社(100%)
加入協会:一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)