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“岸田ショック”の震源地はどこ?
岸田新首相は「財務省のポチ」なのか?
金融所得課税の増税を本当にしたいのは誰?

2021年10月09日(土)08:30公開 (2021年10月10日(日)13:01更新)
ザイFX!編集部

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 それにしても見事な山ができたものだ。

 昭和19年、北海道の平坦な麦畑が突如、噴火で隆起してできたのが昭和新山だが、この日経平均日足チャートは“令和新山”と呼びたくなるような、しっかりした山容を誇っている。

日経平均 日足
日経平均 日足チャート

(出所:TradingView

 首相交代、新政権への期待感から上昇したというには、いささかやりすぎと思えるぐらい、するすると上昇した日経平均は、今、振り返ってみれば、自民党総裁選公示の少し前にはもう天井を打っていた。その標高は3万795円。

 そして、今度はそこから反転、下落を開始。途中からは断崖絶壁を転げ落ちるかのような長き大陰線を連発。新政権期待で買いに走った投資家を絶望の淵へ沈めていったのだった。

 とうとう、この急落相場は新首相の名前を冠した“岸田ショック”という言葉で呼ばれるようになってしまった。

 本記事では、この“岸田ショック”という言葉がどのように生まれたのか、少し詳しく追ってみたい。また、それに関連する「金融所得課税の見直し(増税)」についても、最近あった事実を冷静に追ってみたいと思う。ただ、その前にここまでどのようなイベントがあって、どんな相場展開になってきたのか、ざっと振り返って確認しておきたい。

“令和新山”の起点は菅首相退任発表ではなかった

 支持率低迷にあえいだ菅義偉首相(当時)が、自民党総裁続投、首相続投へ向けて必死の党内工作をはかっているかに見えたところから一転、自民党総裁選不出馬(=退任)を発表したのは9月3日(金)のこと。ボンヤリ何となく考えると、それが“令和新山”の起点だろうと思ってしまうが、改めて振り返ってみれば、そのときはもう山の中腹ぐらいに近づいていた。

日経平均が2万6954円で底を打ったのはもっと前、8月20日(金)のことである。ザイFX!でおなじみの西原宏一さんが再三指摘しているように、それは豪ドル/円や原油が底を打ったのと同じ日のことだった。

【参考記事】
豪ドル/円は、8月20日がターニングポイント! 「脱炭素」を追い風に、底堅くなる豪ドル/円を押し目買い!(西原宏一&大橋ひろこ)

 そして、菅首相退任発表があった9月3日(金)の日経平均は前日比584円高の大陽線。その後も陽線を連続させて日経平均は上昇し、自民党総裁選公示があった9月17日(金)まではおおむね高値圏にあった。厳密に高値をつけたのは総裁選公示の3日前、9月14日(火)のことであり、その高値は冒頭で書いたとおり、3万795円だった。

日経平均 日足
日経平均 日足チャート

(出所:TradingView

 週末、9月17日(金)の自民党総裁選公示から、土曜・日曜、そして月曜は祝日の連休となって、それが明けたのが9月21日(火)。この日、日経平均は大きな窓を開けて、ハッキリとした下落を開始したのだった。

 日経平均は10月6日(水)には8営業日連続の下落となり、これはじつに12年ぶりの出来事だったが、この日、日経平均は2万7293円の安値をつけるに至り、もう菅首相退任発表の時点より完全に低い水準となってしまった。8月20日(金)の安値2万6954円にかなり近い水準まで下げに下げたのである。

日経平均 日足
日経平均 日足チャート

(出所:TradingView

 以上がしっかりとした山容を誇る“令和新山”が形成された、ざっくりした過程だ。

中国恒大集団、米債務上限問題、米長期金利上昇など世界には相場を冷やす材料がいろいろあった

 “岸田ショック”という言葉を本記事冒頭に記したが、この間、日本だけでなく、世界的に相場を冷やすような材料がいろいろと噴出していた。それらをざっとまとめれば、以下のような感じだろうか。

世界的に相場を冷やしていた材料
・ 中国恒大集団の債務問題
・ 中国政府の規制強化、中国経済失速懸念
・ FRB(米連邦準備制度理事会)がテーパリングを徐々に具体化させていき、さらに利上げ前倒し姿勢を見せたこと
・ 米債務上限問題
・ FRBの利上げ前倒し姿勢、米債務上限問題に原油高なども加わった結果、米長期金利が上昇

第100代内閣総理大臣が指名された記念日にも、日経平均は容赦なく下落した

 中国や米国でこれだけいろいろと悪い材料が出てくれば、岸田新首相のせいだけで株価が下がったのでもないようには思えるが、岸田新首相が主張する政策内容などのために、株価が下がったという部分もありそうだ。よく言われていることをざっとまとめると、たとえば、以下のような感じだろうか。

岸田新首相が持っている株価を下げたと言われる材料
・ 調整型と言われ、また、現状維持をよしとする。改革イメージがない
・ 成長と分配の好循環というが、成長より分配を強調しすぎ
・ 新型コロナの経済対策をやるというが、根っこは財政緊縮派

(※これ以外に「金融所得課税の見直し」が大きな注目ポイントとなるが、それについて詳しくは後述する)

 岸田文雄氏が自民党総裁選に勝利したのは9月29日(水)のこと。その時点でもう相場は下がり始めていたわけだが、首相指名選挙が行われて岸田文雄氏が首相に指名され、岸田新内閣が組閣され、岸田新首相の記者会見なども行われた、10月4日(月)も日経平均は容赦なく下落した。

 日本の第100代内閣総理大臣が指名されるというある種、記念すべき日も日経平均はずいぶんと長い大陰線を形成してしまったのである。

「岸田ショック」(Kishida shock)という言葉を使い始めた最初のマスコミはフィナンシャル・タイムズか?

 そして、翌10月5日(火)も下落、さらに10月6日(水)も下落。おもしろいように(?)日経平均が下落し続けていた10月6日(水)、ザイFX!でもおなじみの大橋ひろこさんは「『岸田ショック』という言葉で日本株急落を報じるFT」とツイートしていた。

 “岸田ショック”という言葉がここに登場している。

 このツイートに対し、やはりザイFX!でおなじみのエミン・ユルマズさんは「そして堂々と『岸田ショック』と言えない日本のマスコミ。はっきり言いましょうよ」と返していたのだった。

 どういうことだろうか?

 まず、大橋さんの書いていた「FT」というのは、ご存じの方も多いと思うが、英国の経済紙、フィナンシャル・タイムズのこと。そのフィナンシャル・タイムズの記事というのは

 「Japan stocks suffer ‘Kishida shock’ as new leader suggests tax rise」(新リーダーが増税を示唆するので、日本株は「岸田ショック」に苦しむ)

 というものだ。確かに‘Kishida shock’という言葉がタイトルに綴られている。

フィナンシャル・タイムズの記事
フィナンシャル・タイムズの記事画像

 この記事についてフィナンシャル・タイムズは10月6日(水)にツイートしているが、記事自体は10月5日(火)に公開されている。

 このことに対し、エミンさんは海外紙のフィナンシャル・タイムズが「岸田ショック」と書いているのに、なぜ、日本のマスコミは「岸田ショック」と書かないのか、はっきり書きましょう、と言っていたのだ。

日本のマスコミが「岸田ショック」と書き出したのはフィナンシャル・タイムズの記事が出たあと?

 実際、どうも日本のマスコミはフィナンシャル・タイムズが「岸田ショック」と書いてから、「岸田ショック」という言葉を書き出したようだ。たとえば、以下のテレビ朝日のニュースはフィナンシャル・タイムズの記事公開後の10月6日(水)のものとなっているし…

 以下の毎日新聞のニュースもやはり10月6日(水)のものとなっている。

 ある時点まで使われていなかった「岸田ショック」という言葉が、ある時点を境に使われるようになったかどうか、厳密に検証するのは実際には難しい。

 ただ、筆者は日本経済新聞社が提供する「日経テレコン」で「岸田ショック」という言葉を検索してみた。「日経テレコン」は有料サービスだが、楽天証券に口座開設すれば、それを無料で閲覧することができる。日本経済新聞系の新聞記事を過去1年分、検索できたりするのだ。これだけでも楽天証券には口座開設する価値があると言えるぐらいだが、それはさておき。

 この楽天証券版の「日経テレコン」で「岸田ショック」と検索してみると──フィナンシャル・タイムズが‘Kishida shock’と言い出した10月5日(火)よりあとの10月6日(水)以降の記事しかヒットしないことが確認できたのだった。

楽天証券版の「日経テレコン」での「岸田ショック」検索結果
楽天証券版の「日経テレコン」での「岸田ショック」検索結果

日本経済新聞で「岸田ショック」という言葉は段階的に使われるようになっていった

 日本の近隣を含め、世界には言論の自由が保障されていない国もある。

 一方、日本は言論の自由が憲法で保障されているし、実際上もおおよそは言論の自由が保障されていると思われる。日本のマスコミには「岸田ショック」という言葉を書く自由がある。

 しかし、新首相が誕生したという一種おめでたいタイミングに、新首相の名前と「ショック」という言葉を足し合わせた「岸田ショック」という言葉を書くのは遠慮したということだろうか。

 けれど、海外紙が書き出せば、さすがに一般的に使われる言葉になったということだろうから、その言葉は避けて通れないよね、使っても仕方ないよね、という言い訳ができるので、使い始めるということなのだろうか。

 そんなのは考えすぎだろうという人もいるかもしれない。だが、そのあたりの配慮はたぶん一般人の想像以上に周到になされているのだ。たとえば、以下は日本経済新聞編集委員・滝田洋一氏のツイートだが…

 ここにツイートされている記事は10月5日(火)公開のもので、おそらくフィナンシャル・タイムズに‘Kishida shock’の記事が出る前の記事である。

 滝田氏のツイートには“岸田ショック”という言葉が書かれている。けれど、そのリンク先の日本経済新聞の記事に飛んでみると、「下げ幅は一時984円まで拡大し」と日経平均が前日比1000円安に迫るぐらい、エラく下がったことが書いてあるというのに、「岸田ショック」という言葉は記事本文中にまったく出てきていないのだ。

 だが、この記事の下部には「Think! 多様な観点からニュースを考える」という欄があり、そこに滝田氏が「米欧や他のアジアに比べ、日本株の下げの大きさを投資家は『岸田ショック』と呼びだしました」と書き込んでいるのである。

 記事本文のすぐ下では、滝田氏が「岸田ショック」という言葉を使っているのだ。

「Think! 多様な観点からニュースを考える」での滝田氏のコメント
「Think! 多様な観点からニュースを考える」での滝田氏のコメント

 しかし、この「Think! 多様な観点からニュースを考える」という欄には「※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません」との注釈がしっかり付されているのだった。フィナンシャル・タイムズに記事が出る前だと、たぶんこれが限界なのである。滝田氏が「Think!」に書き込むのが限界線なのだ。

 ところが、フィナンシャル・タイムズがいったん‘Kishida shock’と書けば、その翌日には日本経済新聞の記事タイトルや本文に「岸田ショック」という言葉が出現する。のらりくらりと発言を微妙に変化させながら、テーパリングを市場に徐々に織り込ませていくパウエル(FRB議長)かよ!と言いたくなるような、じつに細やかな段階的配慮がなされているではないか!

 まあ、フィナンシャル・タイムズは日本経済新聞社に買収され、2015年から日本経済新聞社の傘下にあるわけだから、純粋な海外紙というのとも違うという見方もある。そのことも一連の流れと関係あるのかもしれないが、そこには深入りしないでおきたい。

フィナンシャル・タイムズのネタ元は日本のツイッター民

 さて、フィナンシャル・タイムズが‘Kishida shock’と書いたネタ元はなんだろうか?

 それは実は日本のツイッター民だった。ツイッターを日々愛用する日本の投資クラスタの人たちだったのである。

 フィナンシャル・タイムズはそのことをこんなふうに書いていた。

 Within just 24 hours of his official appointment on Monday, the phrase “Kishida shokku” — Kishida shock — was trending on social media and on online investment sites.(月曜日の公式任命からわずか24時間以内に、「岸田ショック」というフレーズがソーシャルメディアやオンライン投資サイトで流行していた)

引用元:「Japan stocks suffer ‘Kishida shock’ as new leader suggests tax rise」

 「岸田ショック」という言葉はフィナンシャル・タイムズが考え出したわけではない。日本のネットで流行っているということをフィナンシャル・タイムズが書いたという流れだったのである。

 ここまでちょっと出し惜しみをしてきたが、このような一連の流れをうまくまとめたツイートがあった。商品アナリストの小菅努氏のツイートだ。

 結局、「岸田ショック」の震源地は日本のツイッターだったということである。

 ツイッターを遡って調べてみると、“岸田ショック”という言葉の前に「#」をつけ、「#岸田ショック」というハッシュタグがツイッター上で最初に流行ったのはどうも10月5日(火)のことだったようだ。

 以下のツイートを見ると、その結果、“岸田ショック”がツイッターのトレンド入りしたことがわかる。

 そして、たとえば、以下のような形で「#岸田ショック」というハッシュタグが使われていたのだった。

“岸田ショック”という言葉はなぜ、ツイッター上で流行るようになったのか?

 ここで、“岸田ショック”という言葉がなぜツイッター上で流行るようになったのか、無粋を承知でやや詳しく推測したことを書いてみよう。

 新首相の誕生は通常、まずまずおめでたいこととされるだろう。

 10月4日(月)、衆議院で行われた総理大臣指名選挙で上位2名は以下のような結果だった。

衆議院の総理大臣指名選挙 上位2名得票数
・ 自民党の岸田総裁…311票
・ 立憲民主党の枝野代表…124票

 また同日、参議院で行われた総理大臣指名選挙の上位2名は以下のとおりだ。

参議院の総理大臣指名選挙 上位2名得票数
・ 自民党の岸田総裁…141票
・ 立憲民主党の枝野代表…65票

 衆参両院で惜しくも次点となった立憲民主党の枝野代表は岸田新首相誕生におめでとうという気分ではないだろう。立憲民主党の支持者も同様の気持ちかもしれない。

 あるいは自民党総裁選で岸田氏に敗れ去った他候補やその支持者たちも岸田新首相誕生をおめでたいとは思っていないかもしれない。

 けれど、そういった人たちも存在するものの、新首相誕生はおおよそはおめでたいことと見なされていると思われる。だからこそ、「新政権が誕生すると、最初はご祝儀相場があるものだ」といった解説がなされたりするのである。

 ところが今回は、岸田新首相誕生の前後で、みるみる日経平均は下がっていった。それこそ、おもしろいように相場は下がりに下がったのだった。新首相誕生というある種の慶事に対して、相場展開はそれを真っ向から否定するようなものになった。

“岸田ショック”という言葉には、あまりにも真逆の事象が見事に組み合わさった側面があり、そのことがおもしろくて、ツイッター民はみんな、あれこれツイートしたのではないだろうか。みるみる下がるご祝儀相場って何だよ~???という投資家みんなの思いがあふれ出たのだ。

 「岸田ショックってネタで言ったてたのが事実のようになっちゃっただけ」

 ザイFX!でもおなじみの羊飼いさんは、そんなふうにツイートしていた。

 日本のツイッター民がある種、ネタとしてツイートしていた“岸田ショック”は、英国で天下のフィナンシャル・タイムズがそれを記事に書くと、瞬く間に日本のマスコミでも公認された言葉となった。

 ネタの新語は世界を駆け巡り、相場の歴史へすでに1つ、足跡を残したのだった。

岸田新首相による「金融所得課税の見直し」をトレーダーはどう評価した?

 “岸田ショック”に関連するといわれる岸田新首相の政策のなかで、まだ詳しく触れていないことがある。これが一番、注目の的かもしれない。いや、かもしれないではなく、間違いなくそうだろう。

 それは「金融所得課税の見直し」である。

 金融所得課税の「見直し」というか、基本的には金融所得課税の「増税」といった方がよさそうだ。

 金融取引に関しての増税ということになると、“岸田ショック”云々に関係なく、トレーダーや投資家には基本的に不評なようだ。金融取引で利益を上げている人にとっては自分の手取額が減ることになるから、ある種、当然のことだろうか(金融取引で損している人については税率アップは関係ない!)。

 ただ、そのような自己の利益額の増減だけを気にした利己的精神で批判するのではなく、日本の経済成長のためには金融所得課税の増税を今すべきではないとの意見も強いようだ。

 株で46億円の利益を上げたテスタさんについては以前、当サイトでも紹介したが…

【参考記事】
テスタさん(46億円稼いだ株トレーダー)はFXもやっていた!? 株とFXはどっちが儲かる? トレードに役立つFX会社のYouTube動画紹介!

 そのテスタさんを含め、著名トレーダー、著名投資家は金融所得課税の見直しについて、たとえば、以下のようなツイートをしていた。

岸田新首相が是正したいと言った「1億円の壁」とは何か?

 岸田文雄氏から、この金融所得課税の見直しについて、はっきりとした見解の表明があったのは、9月8日(水)に行われた記者会見のときだったようだ。

 岸田氏は中間層復活のための政策として、金融所得課税を見直し、「1億円の壁」を是正したいとこのとき発言したのだった。

9月8日の記者会見の模様を伝えるブルームバーグの記事
9月8日の記者会見の模様を伝えるブルームバーグの記事

 給与所得課税は累進課税となっており、所得税と住民税をあわせ、その最高税率は55%。一方、金融所得課税は所得額に関係なく、一律20%だ。

 そして、非常に高額の所得を得ている人は金融所得が多い傾向があるため、所得額と税率の関係は1億円までは所得が増えれば増えるほど税率が上がる累進的なものになっているのだが、税率は1億円のところで天井を打ち、その後は所得額が多い方が税率が下がっていっている。

 これが「1億円の壁」といわれているものだ。

 岸田氏はこれを是正したい、儲けている人からはもっと余分に税金をとって、それを国民に広く分配したいとの見解を持っているようだった。このような見解を岸田氏が持っているのは確かなことだ。

選挙の前に一生懸命、増税しようとするだろうか?

 ただ、もうすぐ衆院選が控えている。来年(2022年)夏には参院選も予定されている。選挙の前に一生懸命、増税しようとするだろうか。岸田新首相がたとえそのような構想を持っていたとしても、具体化するのはまだ先なのではないか──筆者は個人的にそのようなことも何となく思っていた。

 また、このことは筆者だけが勝手に思っていたことではないだろう。

 たとえば、10月4日(月)に放送されたテレビ東京の経済番組「Newsモーニングサテライト」では、ニッセイ基礎研究所のチーフエコノミスト・矢嶋康次氏が金融所得課税の見直しについて、次のように話していた。

 増税の話というのは、参院選以降、本当に岸田さんのカラーが出てきたあとの話になるんじゃないかなとは思っていますね。

引用元:「Newsモーニングサテライト」(2021年10月4日)

 ここに出てくる参院選は先ほど書いたとおり、2022年夏のこと。まだ、先の話だ。

岸田氏は新首相となってから、金融所得課税の見直し、金融所得課税の見直しと連呼しているのか?

 そもそも岸田氏は新首相となってから、金融所得課税の見直し、金融所得課税の見直しと連呼しているだろうか?

「岸田文雄 公式サイト」には「内閣総理大臣就任にあたっての決意」が掲載されているが、この中に「金融所得課税の見直し」という言葉はまったく出てこない。

「岸田文雄 公式サイト」の「内閣総理大臣就任にあたっての決意」
「岸田文雄 公式サイト」の「内閣総理大臣就任にあたっての決意」

 また、「首相官邸ホームページ」には「令和3年10月4日 岸田内閣総理大臣記者会見」が掲載されており、「岸田文雄 公式サイト」と似たような内容が載っているが、そのなかの「岸田総理冒頭発言」と記載された箇所には金融所得課税という言葉はどこにも出てきていないのだ。

「首相官邸ホームページ」の「令和3年10月4日 岸田内閣総理大臣記者会見」
「首相官邸ホームページ」の「令和3年10月4日 岸田内閣総理大臣記者会見」

 どうやら岸田新首相は首相になったのっけから、増税、増税と強調していたわけではないようなのだ。

「金融所得課税」という言葉は日本経済新聞の記者が質問して、はじめて出てきた

 異変が起きた(?)のは、岸田新首相の記者会見で記者との質疑応答が始まってからだ。「首相官邸ホームページ」には記者との質疑応答についても詳しく採録されているのだが、その中で「金融所得課税」という言葉が出てくるのは2箇所だけ。

日本経済新聞の秋山記者が「金融所得課税の見直し」という言葉を出して質問し、これに対して、岸田新首相が答えているのだ。

(内閣広報官)
 それでは、次、では、秋山さん。

(記者)
 日本経済新聞社の秋山です。
 新しい資本主義の関係なのですけれども、総裁選を通じても、金融所得課税の見直しというのは一つ訴えられていたかと思うのですけれども、1億円の壁という話もありますが、この辺の政策についてはどのようにお考えでしょうか。

(岸田総理)
 新しい資本主義を議論する際に、こうした成長と分配の好循環を実現する、分配を具体的に行う際には、様々な政策が求められます。その一つとして、いわゆる1億円の壁ということを念頭に金融所得課税についても考えてみる必要があるのではないか。様々な選択肢の一つとして挙げさせていただきました。当然、それだけではなくして、例えば民間企業において株主配当だけではなくして、従業員に対する給与を引き上げた場合に優遇税制を行うとか様々な政策、更には、サプライチェーンにおける大企業と中小企業の成長の果実の分配、適切に行われているのか、下請いじめというような状況があってはならない、こういったことについてもしっかり目を光らせていくなど、様々な政策が求められると考えています。御指摘の点もその一つの政策であると思っています。

引用元:「首相官邸ホームページ」の「令和3年10月4日 岸田内閣総理大臣記者会見」

 岸田新首相は金融所得課税を一律20%から30%へ値上げしてやるぞなどと具体的な数字などはまったく発言していない。当たり障りのないことを答えている感じで、“増税してやるぞ意識”がギラギラしているような感じもないように個人的には思える。

 これを受けて、10月5日(火)、日本経済新聞は「金融所得課税見直し『選択肢の一つ』 首相が検討明言」という記事を出している。

岸田文雄首相は4日の記者会見で、金融所得課税の見直しを検討する意向を示した。「選択肢の一つとして(自民党総裁選で)挙げさせてもらった」と述べた。一律20%の税率を引き上げて税収を増やし、中間層や低所得者に配分することなどを検討する。「新しい資本主義実現会議」を新設し、議論を進める考えを示した。

首相は「『成長と分配』の好循環を実現する。分配を具体的にする際には様々な政策が求められる」と強調。「その一つとして『1億円の壁』を念頭に金融所得課税についても考えていく必要があるのではないか」と言及した。

引用元:日本経済新聞「金融所得課税見直し『選択肢の一つ』 首相が検討明言」

 確かに首相は「明言」したといえるのかもしれない。ただ、この記事から受けるイメージほど、記者会見で首相は強調していただろうか? 自分からは進んで何も言わなかったのではないのか。そんな疑問もポッカリと浮かんでくる。

10月5日の日本経済新聞「金融所得課税見直し『選択肢の一つ』 首相が検討明言」
10月5日の日本経済新聞「金融所得課税見直し『選択肢の一つ』 首相が検討明言」

スピード展開! 政府は2022年度税制改正で早くも金融所得課税の見直しを行うのか?

 じつは筆者が驚かされたのは、このあと、岸田新首相とはやや関係が薄いところで出された、10月7日(木)の日本経済新聞の記事だった。「金融所得の税率上げ議論へ 政府、一律引き上げや累進案」と題されたその記事では冒頭で

 「政府は金融所得課税の見直しを年末の2022年度税制改正で議論する方針だ」

 といきなり断定していたのだ。

 「年末の2022年度税制改正で議論」とはずいぶん早い話ではないか!

 それはもうすぐ目の前のこと。筆者はのけぞって驚いた。

 この主語の「政府」とは何を指す言葉だろう? 岸田新首相なのか? それとも、それとは別の政府なのか?

10月7日の日本経済新聞「金融所得の税率上げ議論へ 政府、一律引き上げや累進案」
10月7日の日本経済新聞「金融所得の税率上げ議論へ 政府、一律引き上げや累進案」

 比較的漠然とした発言に終始した記者会見における岸田新首相の答えに比べ、この記事には妙に具体的すぎる増税案が記されている。引用すると、以下のとおりだ。

見直す手法は税率の一律の引き上げと、金融所得の額に応じて税率に差をつける案が考えられる。財務省内には仮に税率を一律5%引き上げた場合は数千億円の税収増になるとの見方がある。

一律の場合、首相が重視する中間層にも影響が及び分配の効果は薄れる。少額投資非課税制度(NISA)などがあり、財務省は個人投資家には影響が出にくいとみる。

引用元:日本経済新聞「金融所得の税率上げ議論へ 政府、一律引き上げや累進案」

 ここには税率の一律5%引き上げ案が記されている。そういうことをすれば、「1億円の壁」を是正する、つまり超高所得者からもっと税金をいただきましょうと言っていただけだったはずの岸田新首相の姿勢とは異なり、一般庶民の投資家をも、もろに直撃する事態となる。記事には「NISA」があるからいいじゃないかと、そのようなことに対するエクスキューズまで書かれている。

 そして、そのなかには「財務省」という言葉が出てくるのだ。

 先に紹介したとおり、この日本経済新聞の記事の冒頭には

 「政府は金融所得課税の見直しを年末の2022年度税制改正で議論する方針だ」

 と書かれていた。このアタマに書いてある「政府」というのはたぶん「財務省」のことなのだ。そして、財務省はこのような具体的な増税案を温めているということなのだろう。

 筆者は決して予断をもって本記事を書き始めたわけではないのだが、さまざまな事柄を調べていくと、金融所得課税の増税に乗り気なのは岸田新首相ではなく、どうやら財務省と日本経済新聞なのではないかとの印象を持つに至った(個人の感想です)。


【10月10日(日)追記】

岸田新首相は「当面は金融所得課税に触るということは考えていない」とフジテレビ番組で発言

 本記事公開後の10月10日(日)、岸田新首相はフジテレビ系列の番組「日曜報道THE PRIME」に出演し、「当面は金融所得課税に触るということは考えていない」と述べた。

 同番組で、岸田新首相はまずやるべき課題として、次のようなことを次々と挙げた。

10月10日(日)「日曜報道THE PRIME」で岸田新首相が示した課題
・ 民間の所得を引き上げていく
・ 大企業と中小企業の分配のありようについても、下請けいじめの実態についてしっかり考えていく
・ 公的な立場においても、看護・介護・保育といった国が主導して決められる賃金についても引き上げていく
・ さらには中間層の負担、教育費や住宅費に対してしっかりと支援していく

 そして、「金融所得課税の見直し」は選択肢の1つとして言及したが、上記のようなことをまずずう~っとやっていくのが大事であり、当面は金融所得課税に触ることは考えていないと述べたのである。

 さらに、上記に挙げたようなことだけでも、かなりの大作業であり、これをやらないで、総裁選のときに挙げた1つの選択肢(金融所得課税の見直し)ばかり注目されて、そこをすぐやるんじゃないかという誤解が拡がっているとの認識を岸田新首相は示したのだった。

 本記事で見てきたとおり、10月7日(木)の日本経済新聞記事の冒頭では、

 「政府は金融所得課税の見直しを年末の2022年度税制改正で議論する方針だ」と断言されていた。

 ここまで断言されて「誤解」と言われても国民としては困る。だが、上に書いたとおり、この文の主語として書かれている「政府」というあいまいな言葉が示すものが岸田新首相ではなく、財務省であると考えれば、この混乱もある程度、理解できるように思える。

 そうなると、岸田新首相と財務省の関係性が気になってくる。岸田新首相と財務省はある種の対立関係にあるのか? それとも裏では手を結んでいて、世論の様子を見ながら、マスコミもある程度、操りながら、相異なる情報を発信しつつ、すべてはシナリオどおりに事が運んでいるということなのか?

 そういったことを正確に推し測ることは難しいが、岸田新首相と財務省の関係性については、次項でもう一歩だけ踏み込んで、見ていきたい。


岸田新首相は財務省のポチなのか?

岸田新首相は財務省と関係が深いという見方があるようだ。

 岸田新首相が金融所得課税の増税に自らは積極的に乗り出さなくても、財務省がガンガンやることは容認し、いつの間にか、結局、増税が実現するという展開はあり得ることなのかもしれない。

 となると、岸田新首相が本当に財務省と関係が深いかどうかは気になるところだ。

 それが本当かどうか、今の筆者には何ともわからない。

 ただ、岸田新首相本人の言葉に耳を傾けることは一応できる。

 岸田氏は「岸田文雄」という自らのYouTube公式チャンネルの番組で、「財務省の犬、財務省のポチと言われているが…」という、岸田氏に寄せられた遠慮のない質問に対して、「正直言って何でだろうかなと自分自身は首をかしげている」と否定しているのだ。

岸田氏のYouTube公式チャンネルより抜粋
岸田氏のYouTube公式チャンネルより抜粋

 この「財務省の犬、財務省のポチ」という刺激的な言葉が入った巨大なテロップはザイFX!が作ったコラ画像ではない。岸田文雄 公式チャンネルでしっかり流れていたものだ。

 これはなかなか衝撃的である。

 ウソだと思うなら、YouTubeで実際に岸田氏の番組を見てみてほしい。

 筆者は岸田氏がこのようなざっくばらんなYouTubeチャンネルをやっていることに、個人的には好感を持った。ただ、岸田氏が今や日本国の第100代内閣総理大臣になったことを考えると、ざっくばらんすぎるような感じがしたのも確かだ。

 それは悪いことではないと思うが、たとえば、安倍晋三氏や菅義偉氏が「○○省の犬、○○省のポチ」と大きく書かれたテロップとともにYouTubeチャンネルに登場してしゃべっているシーンはなかなか想像しにくかった。

 フィナンシャル・タイムズから「ミスター現状維持」との異名をつけられてしまった岸田新首相だが、新首相はYouTuberが活躍する新時代にマッチした、意外と新しい感覚の持ち主なのかもしれない。

「金融所得課税の見直し」は株が念頭に置かれていることが多いが、FXの税率も上がる可能性はある

「金融所得課税の見直し」という言葉で念頭に置かれているのは、株の話が多いように思える。

 「金融所得課税の見直し」は岸田新首相の言葉を信じるならば、本来は「1億円の壁」から出てきたことである。そして、FXだろうが、株だろうが、一般のトレーダーで年間所得1億円といったら大変なことだ。

 けれど、親から相続したとか、起業してすごくうまくいったという人が、株ですごい所得を得ているというパターンはある。つまり、一般的なトレーダーではないけれど、株で大きな利益を上げている人は存在している。その性質上、FXではそのような一般的なトレーダー以外の存在は基本的に考えにくい。

 そのようなこともあるからか、「金融所得課税の見直し」は基本的には株の話として受け取られ、FX界では比較的話題になっていないように感じられる。しかし、「金融所得」といっているのだから、そこにFXが入ってくる可能性もあることになる。

「金融所得課税の見直し」によって、FXにかかる税金が上がる可能性もあるということだ。

 その点からも、FX情報サイト「ザイFX!」としては、今後も「金融所得課税の見直し」の話題には注意を払っていきたいと思う。

(文・ザイFX!編集長・井口稔 / 編集協力・ザイFX!編集部・藤本康文)

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