今週の記事を書くのは気分がいいとは言えない。
というのは、英ポンド/米ドルは明らかに「教科書どおり」には動いておらず、「値動きがファンダメンタルズ上の材料に先行する」という筆者のロジックに照らして、先週述べた「QE3(量的緩和策第3弾)」自体の「不胎化」といったシナリオも危うくなっているからだ。
【参考記事】
●ポンド/ドルは今度こそ「教科書どおり」に反落する! ドル/円は引き続き上昇基調か(陳満咲杜、3月23日)
■「朝令暮改」ならぬ「昼令暮改」も時には必要
筆者のスタンス変更は「風見鶏」か「君子豹変」なのかに関するご判断は読者のみなさまにお任せするが、特に記しておきたいのは、筆者のスタンス転換は今、始まったわけではなく、先週金曜日(3月23日)の18:00前後に始まっていたことである。
その事実の証明として、「@ZAiFX 君子豹変!当方の見方がすでに変っているので、今回の記事はあまり参考になりません。お詫びを申し上げます」と、ザイFX!公式ツイッターに対してつぶやきの返事を書いたのは同日18:49。
先週金曜日(3月23日)の原稿は同日14:00に執筆したものであり、「風見鶏」にしろ「豹変」にしろ、多くの方は筆者のスタンス転換のスピードに驚いたのではないだろうか。
だが、10年以上相場とつき合い、多くの失敗と成功の事例を見てきた筆者は、このような「朝令暮改」ならぬ、「昼令暮改」も時には必要であり、相場で生き残る秘決の1つだと心得ている。
『FX市場を創った男たち』(小口幸伸著)という本の中で、伝説のディーラーとして最初に紹介されていた久保田伸也氏は「為替取引でもっとも大事なことは何か」という質問に対して、「朝令暮改」と答えたと書かれている。これは相場の真実の一側面を伝えていると思う。
■一葉落ちて天下の秋を知る
さて、「言い訳」はここまでにしよう。
では、なぜ先週金曜日(3月23日)にあんなに早く「豹変」したのか、なぜ英ポンド/米ドルが「教科書どおり」になれないことが先週の時点でわかったのか、そして、より重要なのはこれによって米ドル全体に関する見通しを180度修正していいか、といったご質問(筆者が勝手に推測)に対してお答えしよう。
まず下のチャートが示すように、前回記事にて提示した「三尊型」(※)が崩壊し、また教科書どおりになっていないことがはっきりとわかる。
(※編集部注:「三尊型」とはチャートパターンの1つで、左、中央、右と3つの山がある形。中央の山が一番高く、天井を示す典型的な形とされている。「ヘッド&ショルダー」「三尊天井」などとも呼ばれる)
(出所:米国FXCM)
注意しておきたいのは、「右肩」に相当する部分では、3月21日(水)の高値を更新しないと、同フォーメーションを完全崩壊させると判定できないのだが、英ポンドが同高値を更新したのは週明けの3月26日(月)だったことだ。
また、ザラ場で一時、3月23日(金)の安値をわずかに割り込んでいたこともあり、確信をもって同フォーメーションの崩壊を金曜日の時点で述べるのは性急と言える。原稿執筆4時間後のスタンス修正はどう考えても「クレージー」であった。
しかし、「一葉落ちて天下の秋を知る」という言葉のとおり、小さな値動きから相場全体の変化を察知、シナリオとストラテジーを合理的に建てられるかどうかは相場師の腕の見せどころである。
■ユーロ/米ドルに先んじて「三尊型」崩壊の兆し
実際に、英ポンド/米ドルではなく、ユーロ/米ドルにこのような兆しがしっかり出ていた。
(出所:米国FXCM)
上に図示したように、ユーロ/米ドルも「三尊型」のパターンを示していたので、3月23日(金)には「教科書どおり」なら、反落していくはずだった。
しかし、「右肩」の高値を早くも3月23日(金)18:00前後にブレイクしたので、同フォーメーションの崩壊が示唆されていた。
注意してほしいのは、同日18:00前後の時点では一時の高値更新に留まり、本格的に上昇したのは週明けの3月26日(月)だったことである。
この意味では、3月23日(金)の時点で、ユーロ/米ドルのわずかな高値更新で立場をドテンするのは、文字どおり、ひとつ落ちた葉から秋の到来を予測するようなものだった。
が、現実の世界でも、結局些細な動きを察知しないと、世の変化についていけないし、後手になるリスクが大きい。現実の世界より相場の世界なら、なおさらだ。
ユーロ/米ドルと英ポンド/米ドルにおける「三尊型」というフォーメーション成立の有無にここまでこだわってきたのは他ならぬ、米ドル全体のシナリオに大きな影響があるからだ。
■“ダマシ”がシグナルとなり、米ドル安トレンドへ
先週まで述べた米ドル全体に対する楽観論は実に前記の「三尊型」の崩壊によってすっかり消された。そう、筆者は米ドル安トレンドがこれから進むというふうに見方を改めている。
ちなみに年内、ドルインデックスは最大で72の節目に迫るのではないかというシナリオもあり得る。
(出所:米国FXCM)
テクニカル上の根拠と理由はまだいろいろと詳説したいところだが、もっともシンプルな理由はいわゆる「“ダマシ”こそ最強のシグナル」につきるのではないかと思う。
英ポンド/米ドルの「三尊型」の崩壊自体を“ダマシ”と見なした場合、その後の方向性はこの“ダマシ”の成立によって一層鮮明になっていることになるわけだ。
(出所:米国FXCM)
■米ドル安の材料としてQE3がついてくる
当然のように、テクニカルのみで納得できない方も多いと思うから、ファンダメンタルズ的に米ドル安を決定づける要素を明示しよう。
本日となっては、別に言わなくともみなさんはすでによくご存知だと思うが、それはバーナンキFRB議長がまだQE3の可能性を示唆していたからだ(※)。
「米ドル安がこれからも進むのであれば、QE3あり」といった判断は妥当であろう。
いつものように、筆者は米ドル安を先に言い、QE3を後で言っている。つまり、「QE3があるから米ドル安になる」のではなく、「米ドル安の材料としてQE3がついてくる」ことを強調しておきたい。
こんなロジックに納得できない?
では、先に示した英ポンド/米ドルとユーロ/米ドルのチャートをもう一度見てみよう。
(※編集部注:3月26日(月)にバーナンキFRB議長は「金融緩和は雇用の大幅拡大をもたらすために必要」などと発言した)
(出所:米国FXCM)
(出所:米国FXCM)
■バーナンキ発言より前に上値トライの値動きはあった
バーナンキ氏の発言があったのは3月26日(月)の夜だったが、上値をトライしようとする値動きはその前週の3月23日(金)にはっきり見られていた。
ちなみに、材料なしの動向について、大体「中東系、ロシア系筋の売買」とか、「プログラム取引」などの理由で片づけられることが多いが、その多くは単なる「記者」たちの怠慢であって、本当は材料なしの値動きこそホンモノのケースが多く、よく吟味すべきだ。
では、米景気回復の兆しがあったにも関らず、米ドル高を支えるファンダメンタルズの材料としてQE3や2014年までのゼロ金利政策継続をなお強く示唆するバーナンキ氏の根拠とは何か。
ウォール街の最新コンセンサスとして、おもに以下の4点に集約されていると思われる。
(1)雇用環境の改善自体が「偽り」の現象である可能性。3カ月連続20万人の新規雇用を創出しているものの、これからも堅調に運ぶ保証はない。実際、2010年には1カ月だけで約46万人の新規雇用を創出したことがあり、2011年初も現在と同じぐらいの実績があった。こういった教訓から、バーナンキ氏のこだわりに同意する声も多い。
(2)不動産市況の不調が続いていること。この点に関してはほぼ異議なしのようだ。
(3)FRBは原油価格の高騰によるインフレ傾向が長続きしないといった判断に傾いている。米長短債券のスプレットも縮まる傾向で、FRBの判断を証左しているように見える。言い換えれば、インフレターゲットに達しない可能性がある。
(4)前大統領(ブッシュ氏)が実施した減税案の終了に伴い、1兆ドルの強制債務カットが課された米政府には新たな財政拡大余地が残されておらず、財政が景気を牽引する力を発揮できない公算が高い。こういった懸念が強い中、残った道は引き続き金融政策頼みになるしかない。
まとめてみると、大統領選挙年であるだけに、政治圧力を無視できないが、FRBが目的をやり遂げるまでやる決心も無視できない。早ければ、4月末のFOMCにてQE3の骨子がリリースされるだろう。
最後に、ここまで書いても筆者はファンダメンタルズ上の理由はどうでもよいと思っている。米ドル高になれば、前述の理由をいくらでも崩せる。
風見鶏ならファンダメンタルズで、君子ならテクニカルで「臨機応変」にそれぞれを発揮したい、そう思っているところである。
(2012年3月30日 14:25執筆)
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