(「天才トルコ人・エミン氏に聞くトルコリラ(1) 11月総選挙がトルコリラの命運を左右する!」からつづく)
■トルコリラを左右する「田中角栄」
トルコリラの命運を握るのは11月の総選挙であり、エルドアン。今でこそ大統領職にあるため、AKP(公正発展党)から離れているエルドアンだけど、実質的な党首であることに変わりはない。
このエルドアン大統領、いったい、どんな人物なのだろうか?
「もともとはイスタンブールのスラム街で育ち、苦学しながら大学を卒業し、イスタンブール市長に上り詰めました。日本で言えば田中角栄さんですね。
市長時代にはイスラム教を賛美する詩を朗読した罪で服役もしています。そのため、AKP結党直後は被選挙権が制限されており、すぐには議員になれませんでした。
エルドアンが首相の座についたのは2003年。それから現在までトルコの実権を握り続けています」
貧困に生まれ、権力のトップへと上り詰めた様子は田中角栄と完全に一致する。
「首相に就いたエルドアンはトルコの近代化を進めました。高速鉄道や橋梁、道路、イスタンブール第三空港など大型のインフラ投資を次々と進めています。そのため、建設業界や不動産業などが主な支持基盤となっています」
このあたりも「日本列島改造論」をぶちあげた田中角栄とダブる。
「カリスマ性があり、非常にパワフルなところも田中角栄と似ています。農村部では根強い支持がありますね。でも、2011年の総選挙で50%以上の議席を獲得してから、エルドアンは様子が変わっています。
それまではEU加盟を推進するなど、非常にリベラルだったのですが、近年はメディアを規制するなど強権的な姿勢を強めてきているんです」
2014年に新築されたトルコの大統領公邸。部屋数は1150室もあり、その光り輝くその様子はまるで宮殿のようだ。これもエルドアン大統領が持つ大きな権力の表れか。しかし、この公邸は「ぜいたくすぎるのではないか」と野党などから批判を浴びている。 写真:Abaca/アフロ
■対クルド、対イスラム国の空爆開始! 影響は?
そんな強硬姿勢の現れのひとつが対クルド人勢力。トルコではクルド人の独立問題が長年、悩みのタネになっている。
6月の選挙前までクルド人勢力に対してエルドアンは平和的だったのだが7月以降、空爆を開始した。
「これも選挙が関係しているかもしれません。6月の総選挙ではクルド人政党のHDP(国民民主主義党)が13%を獲得しました。これを潰す目的があるとの見方です。
トルコでは少数政党の乱立を防ぐため、選挙の得票率が10%を越えないと1議席も獲得できません。6月は議席を獲得できたHDPですが、今度の総選挙で得票率が10%未満になってその議席がゼロになれば、AKPに有利になるとエルドアンは考えているのかもしれません」
エルドアン大統領は、11月の総選挙でHDP(国民民主主義党)の議席がゼロになれば、AKPにとって有利になると考えているのではないかと語るエミンさん
トルコは7月から対クルドと同時に、ISIS(イラク・シリア・イスラム国)への空爆にも参加している。ISISは報復としてイスタンブールでのテロを宣言していて、「戦闘の泥沼化→トルコリラの下落」を懸念する声もあるが…。
「ISISの最大の敵はクルド人。クルド人と敵対しているトルコ政府を、ISISは嫌いではないはずですから、あまり気にする必要はないでしょう。
空爆が始まっても、トルコの株式市場にはあまり影響は出ていません」
ISIS討伐に本気になっているのは米軍。クルド空爆を許可してもらう交換条件としてISISへの空爆に参加した、というのがエルドアンの本音のようだ。
■中国経済失速はトルコに影響を与えるのか?
さて、この夏以降、中国株の暴落、中国人民元の実質的切り下げなどで、世界の金融市場は荒れに荒れたが、中国経済の失速はトルコリラの今後にどう影響を及ぼすのだろうか?
地理的に近い東南アジア諸国はもちろん、遠く離れたブラジルや南アフリカにも中国経済失速の影響は及んでいる。中国の旺盛な需要に頼っていた産業が打撃を受けて、これらの国の通貨は急落。ブラジルレアルは史上最安値圏に沈んでいる。
トルコもまた新興国。中国の影響はさぞ大きいのでは…と想像されるが。
「ところが、トルコと中国はあまり関係がないんです。トルコと関係が深いのはロシアやイラク、それにドイツをはじめとしたヨーロッパ諸国」
トルコの輸出相手国を見ると、ドイツやイラク、イラン、イギリスなど中東、ヨーロッパの国々が並び、中国はわずか1.9%。ちなみに日本はさらに少なくて0.2%…。
これならば中国経済の影響が軽微なのも納得だ。
■トルコ経済には強固な屋台骨がある!
中国の影響はわずかとはいっても世界経済がスローダウンしてきたら影響は避けられない。これまで5%成長を続けてきたトルコ経済は大丈夫なのか。
「トルコはエネルギーのハブなんです。イラクの石油を世界に運ぶ既存のパイプラインのほか、現在建設されている巨大パイプラインが3つあります。
ロシアとヨーロッパをつなぐ天然ガスのパイプライン『ターキッシュ・ストリーム』、ロシアを避けてグルジアからトルコへとつなぐ『トランスアナトリアンパイプライン』、中東のイランからきている『ペルシャパイプライン』です。これら建設予定のものを含めたパイプラインは、ヨーロッパへとつながっています。
こうしたインフラはトルコ経済の安定した収益基盤となっています」
地図を見ると一目瞭然だが、トルコってユーラシア大陸の要衝。ヨーロッパや中東、アジア、アフリカをつなぐ結び目にあたる。
(出所:四季リサーチ)
■米国が利上げしたら、トルコリラに悪影響はないのか?
政局不安に中国の減速、対クルド人勢力と、いろいろ懸念のあるトルコだけど、アメリカの利上げも不安材料とされている。
アメリカが利上げしたら、新興国に回っていた資金がアメリカに戻り、それによって新興国通貨が下落するのでは、という見方だ。
「大丈夫。アメリカの利上げはかなりの程度織り込まれているし、利上げされてもトルコリラはそれほど影響はないと思います」
エミンさんは、アメリカの利上げはほぼ織り込まれているので、トルコリラへの影響はそれほどないとみているそうだ
「ただ、トルコは慢性的な経常赤字を海外からの直接投資でまかなっています。ですから、中長期的には直接投資の減少という形で利上げの影響も出てくるかもしれないですが、その一方で原油安ということもあります。
トルコは原油を輸入に頼っていますから、原油安により200億ドル以上の経常赤字削減効果があるのです」
(出所:米国FXCM)
利上げによる直接投資の減少を、原油価格の下落で相殺できるわけだ。それにもうひとつ、とても興味深い話が……。
■エルドアンと密接な関係にある超お金持ち!
「エルドアン政権の経済成長のバックには、実はオイルマネーがあります。エルドアンはアラブ資本、とくに湾岸諸国の資本と密接な関係にあります。
巨額のオイルマネーがトルコに投資されることで、エルドアンは経済成長を実現できたんです」
トルコリラ保有者には心強い話かも。オイルマネーがトルコへ積極的に投資してくれるなら、今後の経済成長に期待できそうだ。
「また、イランへの経済制裁解除に対する期待もあります。トルコリラがこれだけ下がっているのにトルコ株があまり下がっていないのは、『イランの制裁が解除されればトルコ企業が恩恵を受ける』との期待があるためです」
■トルコリラ投資は総選挙待ちが良さそう
「11月1日(日)の総選挙までトルコリラは大きく動かず、ボックス相場になると想定しています。
その後の動きは総選挙の結果次第。AKPが過半数を取れなければ、さらに下落するでしょうし、過半数を取れば、トルコリラ高となるのではないでしょうか」
前回の記事でも触れたが、AKPが過半数割れとなった場合のトルコリラの底値メドは対米ドルで3.50リラというのがエミンさんの見立て。そのときに1ドル=120円なら34円あたりとなる。
【参考記事】
●天才トルコ人・エミン氏に聞くトルコリラ(1) 11月総選挙がトルコリラの命運を左右する!
(出所:CQG)
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:トルコリラ/円 週足)
トルコリラを買おうと思っている人はひとまず11月まで様子を見たほうが良さそうだ。
2002年のワールドカップでは日本に苦杯をなめさせたトルコ。日本のFXトレーダーはトルコリラに苦い思いをさせられないよう、ぜひ、エミンさんの言葉に耳を傾けておこう。
(取材・文/ミドルマン・高城泰 撮影/和田佳久)
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