2002年ワールドカップ 日本対トルコ@宮城スタジアム
日本で初めて開催された2002年のサッカーワールドカップ。日本はワールドカップ初勝利を飾るとともに、グループリーグを突破した。しかし、決勝トーナメントでは1回戦で敗退。このときの対戦相手がトルコだった。
宮城スタジアムで行なわれた日本対トルコの一戦。観衆の目を集めたのは、中田英寿や稲本潤一、イルハン・マンスズだったろうが、今のザイFX!読者が大注目すべき、2人の人物が、その一戦を観戦していた。
ひとりは、当時、AKP(公正発展党)党首だったエルドアン氏(現大統領)。このとき、来日して、ワールドカップを観戦していたのだ。
この1、2年、トルコリラを取り扱うFX会社が続々と出てきている。7.50%の政策金利にひかれてトルコリラを買った人だって少なくないはず。
【参考コンテンツ】
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ところが今年(2015年)の夏以降、トルコリラの様子がおかしい。8月半ば以降、5円以上も急落している。
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:トルコリラ/円 日足)
トルコリラ/円は、多くの投資家が防波堤と見ていた2011年10月の安値40.20円が決壊。一時、40円の大台も割れて、底なし感も出てきている。
(出所:ヒロセ通商)
このトルコリラの行方をガッチリと握っているのが、とても個性的なトルコのエルドアン大統領だ。
一般入試で東大合格した天才トルコ人
そしてもうひとり、2002年ワールドカップの熱戦を見つめていたのが、当時、まだ大学生だったエミン・ユルマズさん。トルコ最大の都市・イスタンブールから来日して19年。突っ込みどころには事欠かない変わり種であり、日本における屈指のトルコ通だ。
「16歳の時、国際生物学オリンピックで金メダルを取りました。そのご褒美で留学できることになったのですが、トルコでは欧米に留学するのが普通。そこで、誰もやっていないことをやってみたいと思って考えたのが日本への留学でした。
トルコは親日国家なのに、戦後目覚ましい発展を遂げた日本の専門家がいない。『だったら自分が』と思ったんです」
ちなみに、エミンさんの会話はすべて日本語。日本人よりも流暢なくらい、日本語で完璧なコミュニケーションができる。それもそのはず、エミンさんは日本人と同様の試験を受けて東京大学に合格した才人。日本語なんてお茶の子サイサイなのだ。
「東京大学では大学院まで行きました。専攻はバイオだったのですが、性格があまり実験向きではなかったんです(笑)。
だから、以前から興味が合った野村證券に就職しました。最初はM&A関連の部署に3年、そのあと、機関投資家営業の仕事を5年。営業は特徴がある人のほうが有利ですよね。覚えてもらえますから。僕も『あのトルコ人か』って、おもしろがってもらいました」
トルコ政府にも経済レポートを提出する
証券会社勤務時代、厳しいコンプラをクリアして自分でも株を買っていたそう。このときに出会ったのが、現在の勤務先である四季リサーチの代表の渡部清二さんであり、会社四季報だった。
「当時、私の上席である渡部から会社四季報を全部読破しろと最初に言われたのが2009年。それから毎号、すべて読破しています。最初に選んだ株はウェストホールディングスでした。100円ほどだったのが20倍に。株のおもしろさに目覚めました(笑)」
トルコ人ながら会社四季報を完全読破しているエミン氏。初めて買った株が20倍になったという逸話を持っている
エミンさんの会社の本棚には歴代の会社四季報がズラリ。最新号にはエミンさんがチェックした証であるフセンが恐ろしい数、貼られている。
エミンさんがチェックしている会社四季報には、フセンがビッシリ! それにしてもスゴい数だ…
「昨日はフェイスブックに『グノシーが安い』と書いたのですが、今日は20%ほど上がりましたね」(※)
(※編集部注:この取材は2015年9月28日(月)に行っている)
エミンさんの四季報分析の腕前もとても気になるところだが、今回の本題はトルコリラ。トルコ出身だからというだけでなく、エミンさんは世界のマクロ経済についても精通している。
「野村證券では2年間、アメリカ株のセールスもやっていましたし、今はトルコの政府機関にエコノミックレポートを定期的に提出しています。
最近はオイルマネーが市場に与える影響も大きいですが、それも私の専門です」
エミンさんって単なる「オモシロ外人」では決してない。オモシロだし、外国人なのは確かだけれど、証券会社のエコノミスト顔負けの経済・金融に関するプロなのだ。
トルコリラは経済よりも政治で動く
前置きが長くなったが、本稿のテーマはトルコリラの今後。エミンさんはどう見ているのだろうか。
「トルコリラは経済よりも政局と深い関係があります。トルコ共和国が成立した1923年以降、トルコでは10回の通貨切り下げがありました」
トルコ共和国が成立した1923年以降、10回の通貨切り下げが行なわれた。トルコの紙幣には、建国の父であり初代大統領のムスタファ・ケマル・アタテュルク氏の肖像が描かれている。
写真:ロイター/アフロ
通貨切り下げって最近だと中国がやったばかり。変動相場制ではない国が自国通貨安へと為替レートを変更することだ。
【参考記事】
●中国人民銀行はなぜ人民元安に誘導したのか? 人民元を取引できるFX会社はどこ?
「トルコでは通貨切り下げの直後に必ず政権交代が起きています。10回中10回すべてです。トルコリラが変動相場制に移行したのは2001年ですが、その後も政局の不安が起きる前後にトルコリラは急落しています」
トルコ政治を15年間牛耳ってきた政党の危機!
円を見る時に米ドル/円が基本となるように、トルコリラも基本は対米ドル。上の米ドル/トルコリラのチャートを見ると、政権交代や総選挙、反政府デモなど、政局が混迷を深めるとトルコリラ安が進んでいる(上のチャートは米ドル/トルコリラなので、トルコリラ安ならチャートは上昇)。
「変動相場制への移行は事実上の通貨切り下げでしたが、直後に政権を握ったのがAKP。
それ以来、13年間政権を握っています。銀行危機などを切り抜け、リベラル派としてこれまでトルコを成長させてきたのですが、2011年の総選挙以降は、メディアへの規制など、強権的な姿勢が目立ち始めています」
そうした不満がゲジ公園での大規模な反政府デモとして噴出。今年(2015年)6月の総選挙でのAKP過半数割れへつながったようだ。
【参考記事】
●トルコ総選挙は与党が初の過半数割れ! トルコリラ/円は大窓開け、約2円の急落!
「ゲジ公園でのデモが始まったのは2013年。その直後からトルコリラの大幅な下落が始まっています。過去の例から言えば、政権交代が近いかもしれません。その意味で非常に注目されるのが11月の総選挙なんです」
11月の総選挙がすべてを決める!
トルコでは今年(2015年)6月にも総選挙があったばかり。そのときはエルドアン大統領率いる与党AKPが過半数割れ、連立政権協議も不調となり、11月に再選挙が行なわれることになった。
「エルドアンには他党と連立を組む気は一切なく、最初から再選挙に持ち込み、過半数を狙うつもりだったようです」
2015年6月の総選挙で過半数割れとなった与党・AKP。ただ、エルドアン大統領には連立を組む気はなかったのではないかと指摘するエミンさん
そうしたら野党が連立すればと思うのだが、そうもいかないようだ。
「クルド人政党のHDP(国民民主主義党)と、民族主義的なMHP(民族主義者行動党)は犬と猫の関係。MHPは『絶対にHDPと連立は組まない』と公言しています」
この2党が組まない限り、野党が過半数を得るのは無理。かといって、AKPに連立を組む気もない。となると、政権は成立しない。エミンさんは11月の総選挙をどう予想しているのだろうか。
「結果は基本的には6月と大きく変わらず、AKPはやはり過半数を取れないのでは…と思っています。再々選挙となるかもしれませんし、そうなればトルコリラ安でしょう」
トルコリラ底打ちの条件はAKPの過半数獲得
AKPも野党も過半数を取れずに連立政権が成立しなければ、「じゃあ、もう1回!」と永遠に総選挙がループされる可能性もあるそう。そんな国には誰も投資したくないから、トルコリラ安になるはず。
「11月の総選挙の結果は2つ。AKPが過半数を取れるのか、取れないか、です。
AKPが過半数を握れば政局の安定化でトルコリラは底打ちするでしょうし、過半数を取れなければ、政局不安が高まり、トルコリラはさらに下落する」
トルコリラは34円までの下落も覚悟を!
ではエミンさんが予想するように、11月の総選挙でもAKPが過半数を取れなかった場合、トルコリラはどこまで下がるのだろうか。
「トルコのエコノミストの予想だと、米ドル/トルコリラは3.50リラをターゲットとする人が多いですね。そのくらいまではトルコリラ安が進むことを覚悟しておいたほうがいいでしょう」
(出所:CQG)
2013年に1.77リラだった対米ドルのレートは現在2.99リラ。2年9カ月で70%近く米ドル高・トルコリラ安が進んでいるが、もう一段のトルコリラ安に備えておいたほうが良さそう。
日本人が気になるのはトルコリラ/円のレートだけど、これは米ドル/円と米ドル/トルコリラのレートの割り算から計算できる。米ドル/トルコリラが3.50リラになったとき、1ドル=120円だったとしたら、トルコリラ/円は……34.28円!
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:トルコリラ/円 週足)
トルコリラ/円を買っている人はまだまだ警戒する必要がありそうだ。
(「天才トルコ人・エミン氏に聞くトルコリラ(2) トルコリラの行方は『田中角栄』が握る!?」へつづく)
(取材・文/ミドルマン・高城泰 撮影/和田佳久)
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