■12月18日(金)の日銀の金融緩和「補完措置」の評価は?
2015年12月18日(金)、日銀は金融緩和の「補完措置」を導入することを決定した。この会合で日銀が動くこと自体が予想外だったので、「また黒田流のサプライズ緩和か!?」とマーケットは直後に急騰したが、その後に暴落…。
【参考記事】
●円安・株高の急上昇から一転急落へ!市場を失望させた日銀の「補完措置」とは?
今回の「補完措置」とは何だったのか、今後、追加金融緩和はあるのか、そして、米ドル/円はどう動いていくのか――。日銀の金融政策に詳しいソシエテ ジェネラル証券のチーフエコノミスト・会田卓司さんに聞いた(取材日は1月8日(金))。
まず、今回の日銀の補完措置についてはどう評価したら良いのか。
会田さんは、「追加緩和をしたい黒田総裁と緩和に慎重な政策委員の妥協の産物と考えられ、総じてみれば政策は現状維持で、追加金融緩和と呼べるものではありません」という。
今回の補完措置の主な内容は以下にまとめたとおりで、規模としては、「マネタリーベースを年間約80兆円増加」と現状維持の内容となっている。
<12月18日(金)決定の緩和補完措置の主な内容>
【1】 ETF(上場投資信託)の買い入れについて、現在の年間約3兆円の買入れに加え、新たに年間約3000億円の枠を設け、「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業」の株式を対象とするETFを買い入れる。新たな枠によるETF買い入れは、日本銀行が買い入れた銀行保有株式の売却開始に伴う市場への影響を打ち消す観点から、2016年4月より開始する
【2】 長期国債の買入れオペの平均残存期間を、現在の7年-10年程度から、7年-12年程度に長期化する
【3】 J-REIT(不動産投資信託)の銘柄別買い入れ限度額を5%以内から10%以内に引き上げる
【4】 貸出の増加や成長分野への支援などの条件を満たした金融機関に、政策金利(0.1%)の固定で4年間資金供給を続ける枠組みを2017年3月まで受付期間を1年間延長する
日銀の発表直後はこの内容がよく市場参加者に伝わらず、追加金融緩和だと勘違いして株価や米ドル/円相場が、一時急騰してしまったということのようだ。
しかし、その後、正しい内容が伝わるにつれて市場参加者が失望して、株価と米ドル/円が急落していった…というのが一連の動きだ。
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:米ドル/円 日足)
■追加金融緩和の余地は高まったけれど…
今回の補完措置導入については、「今後、追加緩和を行うための地ならしという説」と、「追加緩和の限界を示すものという説」がある。いったい、今回の補完措置によって金融緩和の可能性は高まったのか、低くなったのか。
会田さんは、「金融政策の技術的な面と背景的な面、それぞれの面から解釈が異なります」という。
まず、技術的な面では、「日銀が大規模な金融緩和を行い、国債の大量購入を続けているので、このままでは市場から買い入れ可能な国債が枯渇してしまうのではないか」という技術的な限界への不安が市場参加者の間で高まっていた。
「日銀は今回の補完措置によって買い入れられる国債の対象を広げることで、そうした市場の不安に対して、必要なら、さらなる金融緩和をすることもできますよ、というメッセージを送りました。
このように、今後の日銀の緩和のキャパシティを増やしたという意味では、金融緩和の可能性を高めたと考えられます」(会田さん)。
■当面の追加緩和の可能性は、かえって下がってしまった
しかし、会田さんは、「今回の補完措置が決まった背景を考えると、当面、追加金融緩和が行われる可能性は低くなった」と言う。どうしてなのか?
「これに関しては、2015年10月30日(金)の金融政策決定会合で追加金融緩和を行わなかったことが尾を引いています。この時、日銀は物価、成長率の見通しを大きく引き下げましたが、それにもかかわらず、追加金融緩和をしませんでした。
10月にかけては株式市場や為替市場も荒れていて、日経平均は一時、1万6000円台に、米ドル/円相場は118円台あたりまで下落しました。
このように、物価・GDP成長率の見通しの引き下げやマーケットの混乱にも関わらず追加金融緩和をしなかったということは、今後、追加金融緩和を行う時に、それ以上のロジックが求められることになります。
おそらく、黒田総裁は追加金融緩和をしたかったのだと思います。黒田さんは、『できるだけ早期に物価上昇率2%』というコミットメントへの思い入れが強いからです」(会田さん)
2015年10月の日銀金融政策決定会合で「黒田総裁は追加金融緩和をしたかったのだと思う」と語る会田さん
■「補完措置」は妥協の産物だった…
「しかし、日銀の金融政策を決定する政策委員会は合議制なので、9票のうち5票とらないと総裁提案が通りません。黒田総裁と2人の副総裁の3人が票を入れても、残り6票のうち、2票が必要です。
残り6票のうち、石田浩二さん、佐藤健裕さん、木内登英さんの3人の委員は、今の金融緩和の枠組みに懐疑的で、追加金融緩和にはノーの姿勢です。実際、12月の補完策の決議でも反対票を入れています。
残り3人のうち、原田泰さん、白井さゆりさんは黒田総裁の考えに近くて、現在の金融緩和策を積極的にサポートするスタンスですし、布野幸利さんもそれに近い立場のようです。ですが、原田さんの最近の発言内容を聞いていると、『できるだけ早期に』という点にはあまり思い入れがなさそうです。
原田さんの考えとしては、今の政策を続けて雇用環境の改善が続いていけば、いずれ賃金上昇を伴って2%の物価上昇を達成するので、今の緩和を粘り強く継続していくべきだというスタンスのようです。
特に、2015年10-12月期は雇用環境がさらに良くなっているので、今は追加金融緩和をする必要はないという考えのようで、白井さん、布野さんも、ほぼ同様のスタンスのようです」(会田さん)
政策委員会の中で、意見が割れていた。 日銀が決定した「補完措置」は、意見が異なる政策委員の妥協の産物だったとは…
「以上のような状況から、黒田さんをはじめとした執行部は、追加金融緩和の提案に5票を集める見通しが立てられなかったのだと思います。そして、こうした意見が異なる政策委員の妥協の産物として今回の補完措置が決定されたということになります。
このような背景を考えると、今後の追加金融緩和の可能性はむしろ下がった、と考えられます」(会田さん)
(「ソシエテ ジェネラル・会田卓司氏に聞く(2)サプライズ的な日銀追加緩和はあるのか?」へつづく)
(取材・文/小泉秀希 撮影/和田佳久)
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