果たしてギリシャはユーロを離脱するのだろうか。6月17日(日)に予定されているギリシャ再選挙を前に、ユーロ圏債務問題は相変わらず混迷している。
先週(5月28日~6月1日)はユーロ安が一層進み、ユーロ/円は100円を割れて、一時は95円台という11年半ぶりの安値水準まで沈んでしまった。
これからギリシャはどうなってしまうのか? ユーロ圏債務危機はどうなるのか? ユーロ相場はどうなるのか?
今回は長年、債券のアナリスト/ストラテジストとして活躍してきた、ソシエテ ジェネラル証券 東京支店の支店長 兼 調査本部長・島本幸治さんに話を聞いた。
■欧州債務危機は日本人が一番よく理解できるはず
もめにもめていて、何だかわかりにくいと感じる欧州情勢。けれど、島本さんは「今、欧州で起こっていることは、実は日本人が一番よくわかるはず」と話す。
「欧州で起こっているのは、日本が経験したこととすごく似ているんです。バブルが発生し、それが崩壊すると起こることは大体同じ。
金融仲介機能を持つ金融機関の資産が劣化して、その体力が衰え、貸出機能が衰えます。すると、景気が悪化して、結局、国の財政も悪化し、その結果、政治不信が起こる。こういう流れです。
ただ、バブルの対象が違っていて、日本ではそれがおもに不動産だったのに対し、欧州では国債だったということです」
「ほんの2年前まで、欧州では信用力のある国もない国も、国債が同じように買われ、同じような利回りになっていました。欧州では国債バブルが起こっていたのです。
常識的に考えれば、よく働き、信用力のある人には低い金利で貸してもいいですが、あまりまじめに働かないからちょっと危ないなと思う人には、高い金利で貸しますよね。
そういった信用力と金利の正常な関係が崩れ、ドイツ国債もギリシャ国債も同じように買われて、同じような利回りとなり、異常な状態となっていたんです。これが国債のバブルということです。
そして、今はそれが正常化に向かっている過程と言えます。
また、バブルのピークでは、価格が上がりすぎるものですが、一転して値崩れしたときは逆に安くなりすぎる現象が起こります。そして、その後は適正水準を探っていく動きになります。
南欧などユーロ圏周辺国の国債も今は売られすぎていると思います。ただ、それが適正水準に戻るには、それ相応の時間がかかると考えています」
■今の欧州は日本の1998年ごろと似ている
日本では1990年代に不動産バブルが崩壊し、1990年代後半に入ると、それが金融機関の不良債権問題として、徐々に表面化してきた。1997年には山一證券、北海道拓殖銀行などが破綻、1998年には日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が破綻している。
「そんな日本の1998年ごろに今の欧州は似ている」と島本さんは指摘する。
「バブルが崩壊して損失が出た場合、早く立て直そうと思ったら、公的資金などでその損失を早く埋めた方がいいんです。そうすると、お金がぐるぐる回るようになるので、景気も早く回復する。
ドイツはユーロが安くなったことで輸出企業が儲かっています。企業収益が安定しているので税収も安定しています。一方、ギリシャの経済規模はユーロ圏のたかだか3%。だから、ドイツが儲けたお金をギリシャの穴埋めに使えば事態が改善するんですが、世論はそれを認めない。
日本でも1990年代後半には住専国会などがあって、『高級取りの銀行になんで公的資金を入れるんだ? 公的資金注入反対!』といった動きがありましたよね。
今の欧州では『働かないギリシャ人救済のために自国の税金を使うのはイヤだ!』といった動きがドイツで起きています。日本と同じような動きになっているんです。
結局、バブル崩壊後は痛んだところへ公的資金を注入した方がいいんだけれど、国民がそれでは納得しないんですね。だからバブル崩壊の後始末は結局、『政治問題』ということになるんです」
■ユーロ離脱はギリシャにとってまったく賢い選択ではない
ギリシャは5月6日(日)の選挙で財政緊縮策に反対する野党の急進左派連合(SYRIZA)が第2党へ大躍進。従来の与党で、財政緊縮策を容認する第1党の新民主主義党(ND)は連立内閣樹立に失敗し、結局、6月17日(日)に再選挙が行われることとなった。
急進左派連合のツィプラス党首は「ユーロ離脱も辞さず」といった過激な発言をしているため、6月17日(日)に行われる再選挙の結果によっては、ユーロ圏に大激震が起こるのではないかという見方もあるようだ。
そのあたりについて、島本さんはどう考えているのか?
「ギリシャは再選挙があり、さらに6月末までにギリシャ国債の償還も控えていますから、その間に政治的リスクが極限まで高まる可能性はあると思います。その意味で、ユーロ問題は予断を許さない状況にあるとは言えるでしょう。
とはいえ、ユーロを離脱するのはギリシャにとってまったく賢い選択ではありません。通貨をドラクマ(※)に戻したら、ドラクマの価値は大幅に下がり、ギリシャは債務を返せなくなるでしょう。ギリシャにとって、ユーロ離脱のメリットはありません。
ギリシャ国民に『ユーロに残りますか? ドラクマに戻りますか?』と聞くと、圧倒的にユーロに残るという回答が多いのです」
(※編集部注:「ドラクマ」はユーロ導入以前にギリシャで使われていた通貨。もしも、ギリシャがユーロから離脱すれば、ギリシャではドラクマが使われるようになるはずだ)
■ギリシャのユーロ離脱の確率はせいぜい10%もない
記者などは「財政緊縮はやらない。ユーロ圏には残りたい」というギリシャ人はずいぶんムシがいいと感じてしまう。それはあたかも「ちょっとしか働きたくない。でも、高い給料は欲しい」とダダをこねる日本の一部サラリーマンのようだ。
余談はさておき、ギリシャのユーロ離脱の確率はどれぐらいあると島本さんはみているのか?
この質問を島本さんにぶつけると、しばらく悩んだあと、「せいぜい10%もない」という答えが返ってきた。
「本当にギリシャがユーロを離脱する確率が50%以上あるのだったら、今ごろギリシャの銀行では取り付け騒ぎが起こっていますよ。
ギリシャの銀行から預金が流出しているという報道もありますが、預金全体から見れば、それはまだごく一部。
ギリシャに実際行った人に聞いてみると、『土日に公共施設へ入れないようなこともあったけれど、いたって普通だったよ』と話していました。
報道のカメラはデモの場面など、センセーショナルなところを撮りに行きますからね。どうしてもそういうものが目立ってしまうのですが、それはギリシャの一部であり、今現在、ギリシャでものすごいパニックが起きているわけではありません。
結局、ギリシャが『ユーロ離脱』というメリットのない決断を下す確率はせいぜい10%もないと言えるでしょう」
(「ソシエテ ジェネラル島本幸治さんに聞く(2)ユーロ圏全体の財政は実はあまり悪くない」へつづく)
(取材・文/ザイFX!編集部・井口稔 撮影/和田佳久)
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