■市場の意表を突いたイエレンFRB議長の「時間感覚」
先週(3月17日~)の焦点は何と言ってもFOMC(米連邦公開市場委員会)だっだろう。イエレン新議長の船出は、結果として「失敗」だったのか、それとも「確信犯」だったのかはこれから明らかになるが、マーケットに強いインパクトを与え、またこれからも影響し続けることは確かだ。
FOMC後の記者会見で、イエレン議長は1時間も話したが、マーケットにとって重要かつ衝撃だったのは「6カ月」という単語のみだった。何しろ、バーナンキ元FRB(米連邦準備制度理事会)議長の路線を踏襲し、ハト派と見られていたイエレン新議長である。その「時間感覚」に市場関係者は意表を突かれたのだ。
FOMC声明文には
「予想されるインフレ率が2%の長期的な目標より低く留まり、長期のインフレ期待が十分に抑制されたまま留まるようなら、現在のFF(フェデラル・ファンド)金利の目標誘導レンジを資産購入プログラムが終了した後も相当な期間を維持することが適切」
という文言がある。
今回もその文言が書かれること自体はまったく予想どおりであったが、記者会見でこの「相当の期間」とはどれぐらいかと聞かれ、イエレン議長は何と「おそらく6カ月前後」と答えてしまった。
「相当の期間」に関して市場関係者の解釈はさまざまだったが、短くても1年程度ではないかというコンセンサスは、イエレン議長に完全に打破された。
■「イエレン・ショック」は楽観的なマーケットへの警鐘
6カ月程度を「相当の期間」と言うなら、来年(2015年)の年央に利上げが前倒しで実施される可能性が急浮上。これはマーケットが織り込んでいなかっただけに、米国債利回りの急上昇(国債下落)をもたらし、米ドル全体も急速に買われた。

(出所:CQG)

(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:米ドルvs世界の通貨 4時間足 ※米ドルの強さを見やすくするため、このチャートには以下のような“逆転通貨ペア”が含まれている。これにより、この一覧チャートでは、米ドルが上がるとすべてのチャートが上昇する形になっている)
ドルインデックスは2013年10月安値割れを回避することができ、トレンド修正の兆しを点灯した。
(出所:米国FXCM)
筆者はかねてから「イエレン・ショック」の可能性を指摘してきた。
【参考記事】
●2014年春にイエレン・ショックの可能性! 米ドル/円の上値目標は110円と控えめに(2013年12月27日、陳満咲杜)
イエレン女史の発言は単純に「失言」なのでこれから撤回されるだろう、といった観測もウォール街から出ているが、筆者からみれば、長年FRBに務め、副議長から議長に昇格したベテランが初記者会見にてこのような単純ミスを起こすはずがない。
「失言説」はウォール街の自己慰安か、投資家を安心させるための「邪推」か、あるいはその両方であるにすぎない。
言い換えれば、マーケットの「甘え」をイエレン議長があたかも「失言」したかのように「一喝」し、次のステップへの布石を打ったと言うほかあるまい。
リーマンショックから早くも5年がすぎ、たび重なる量的緩和がもたらした米国株バブルの終焉も、そろそろ見え始めたのではないかと思う。
もっとも、バブルというものは、終わってからでないとなかなかわからないという特性があり、今回も米国株がバブルかどうかについて、見方がわかれるところである。
しかしそれゆえ、現在の米国株高騰が正当化されればされるほどバブルの疑いは強まる。2009年の総悲観の真逆と言えるほど目下のセンチメントは総楽観だ。これがバブル破裂の引き金になりかねない。
イエレン議長はこういった市場心理を見抜いているためか、あえて「失言」し、マーケットに警鐘を鳴らしているとも考えられる。
■イエレン・ショックの本格化はまだこれから
いずれにせよ、「相当の期間」利上げなしと慢心していたマーケットはこれからイエレン議長の話を織り込んでいくだろう。いわゆる「イエレン・ショック」は、一気に効いてくるというよりも、これから徐々に鮮明になっていく公算が高い。
何しろ、ウクライナ危機でも本格的なリスクオフにならなかったから、市場関係者の大半はますます強気になり、まだまだイエレン議長の話を「失言」と一笑する余裕がある。
先週(3月17日~)の値動きでは織り込み済みとはとても考えられず、「イエレン・ショック」の本格化は、まだまだこれからである。
つまり、これからイエレン議長やFRB幹部が「発言撤回」、あるいは利上げ期待の高まりをきつく牽制してくれなければ、米長期金利は上昇トレンドに入る。
■新興国より先進国の株価下落を警戒すべき
この場合、よくありがちな分析は新興国通貨や株価が2013年来のように大幅に下落するといった事態を想定するものだが、筆者はむしろ先進国、特に米国株バブルの崩壊をメインシナリオとして警戒しなければならないとみる。

(出所:米国FXCM)
なぜなら、いくら正当化されても、現在の米国株の高騰は、たび重なる量的緩和や資産購入策の結果であることを否定できない以上、QE(量的緩和策)の終了に伴う早期利上げは、バブルを破裂させるもっとも有力な引き金であることも、それなりに可能性が高い。
「イエレン・ショック」の本質は、新議長のジレンマよりもマーケットの内部構造、つまりサイクル的な循環にあり、マーケットは再び頂点に立っている以上、これから下り坂に突っ込むのを避けられない。
「お開きなしの宴はない」という中国のことわざのように、米量的緩和で作られた米国株バブルの「宴」はすでにお開きになったか、これから終了するに違いない。
■リスクオフの本格化と「有事の米ドル買い」に注意
だから、これからマーケットの値動きを予想するには、2つのキーワードが重要になってくるだろう。
1つはリスクオフの本格化、もう1つはリスクオフに伴う「有事の米ドル買い」である。
こういったロジックでは、円高・株安のセットがこれからも続くと思われる。また、「有事の米ドル買い」でユーロ/米ドル、英ポンド/米ドルなど主要通貨ペアのトップアウトが想定されやすいから、結局、クロス円(米ドル以外の通貨と円との通貨ペア)における円高圧力が、再び高まることになる。
筆者がかねてより指摘してきたユーロ/円の20円を超える下落幅は、2014年2月初めからのリバウンドでいったん中断されているが、まもなく再開されるだろうか。

(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:ユーロ/円 日足)
もちろん、米ドル/円の100円の大台打診も、引き続き有力視している。リスクオフの動きが本格化されるなら、さらなる下値ターゲットも視野に入ってこよう。
■黒田日銀総裁と市場関係者の認識のズレにも要注意
日米金利差で米ドルが買われ、円が売られるのではといった予想は、性急というより単純すぎるだろう。金利差がレートを左右する環境は、リスクオンでなければならないから、「イエレン・ショック」にはあてはまらない。
それに、「躊躇なく緩和」を繰り返す日銀の黒田総裁に対する期待もほどほどにしたほうがよいと思う。なぜなら、日銀にとって、これは「最後のカード」になるから、「相当」な円高・株安なしでは切ってくれない公算が大きい。
「最後のカード」をいずれ切ってくれること自体は懸念材料ではないが、どれぐらいの円高・株安が「相当」にあたるかについて、もしかしたら黒田さんの考えと市場関係者の認識にも「相当」なズレがあるかもしれない。相当用心しないといけない問題である。市況はいかに。
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