日経平均先物はわずか6分ほどで960円の急落、米ドル/円も約3分で約3円の急落──2016年4月28日(木)、日本銀行(日銀、Bank of Japan、BOJ)が追加緩和を見送ったことは市場に深い失望をもたらした。日銀発表後、金融市場では激しい株安・円高相場が展開されたのだ。
【参考記事】
●日銀追加緩和見送りで円全面高に! ドル/円は一時、108円台後半まで急落!
(出所:CQG)
(出所:CQG)
■ブルームバーグ・日高正裕記者の記事で市場は大騒ぎ!
ただし、日銀発表だけを見ているのでは、この相場展開の全貌を理解するには不十分だろう。日銀発表の6日前、4月22日(金)にこの相場の第一幕はすでに開いていた。
その幕を開けたのは4月22日(金)に公開されたブルームバーグ(Bloomberg)・日高正裕記者の記事。これをきっかけに、市場の日銀追加緩和期待は膨れあがり、一気に株高・円安が進んだのだ。日銀発表後の急落がすさまじくなったのは、その前段に“ブルームバーグ相場”があり、そのために反動がきつくなったという側面が間違いなくあったと思う。
市場を大騒ぎさせた、その記事のタイトルは「日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者」というもの。
ざっくり言えば、条件を満たした場合、金融機関が融資するための資金を日銀から借りて、利息までもらえてしまうという策を日銀が検討しているというのがその記事の中心的な内容だ。
■通常は伝達役に過ぎない報道記事自体が主役に
上下に激しく揺れ動いたこの間の相場を解説する記事では、「一部報道によると…」とか「一部メディアによると…」とか「一部通信社によると…」といった表現で、ブルームバーグの記事のことがあいまいにぼかされていることがよくあった。
そこには記事を掲載するメディアの事情もあるとは思うが、しかし、今回はそのブルームバーグ・日高正裕記者の記事、まさにそれ自体が相場の大きな材料となっており、そんな重要なことをあいまいに表現しているのはおかしいとザイFX!では考えている。
世の中で起きている諸々の出来事を報道記事は伝え、それによって相場は動く。その際、報道記事はきっかけに過ぎず、重要なのは世の中で起きている諸々の出来事の方である。それが普通だ。
しかし、今回の相場第一幕は、通常は伝達役に過ぎない報道記事自体が主役となっているように思えた。ならば、そこを深掘りする価値がある。
■数々の謎を秘めたブルームバーグ・日高正裕記者の記事
しかも、次のようにこの記事にはいくつもの謎が秘められているのだ。
★謎1:日高記者の記事は日銀がリークしたものだったのか?
★謎2:(日銀)関係者って誰よ?
★謎3:日高記者の英文記事はあとから改変されている!?
★謎4:日銀は貸し出しへのマイナス金利適用を検討していなかったのか?
本記事シリーズではこれらの謎にできる限り迫っていきたいと思うが、残念ながら、すべての謎が完全に解明できているわけではない。どうしても事実をお伝えできる部分と、推測交じりのことをお伝えしなければならない部分が出てくる。
しかし、ここまでは事実で、ここからは推測ということをしっかり書き分けた上で、本記事シリーズではギリギリのところまで情報をお伝えしたいと考えている。そうすることが、ザイFX!読者の今後のトレードに役立つだろうと考えているからだ。
また、場合によっては、重箱の隅をつつくように文章の細かい部分を論じることもあるが、それは本件においては、「重箱の隅が重要」だと考えているからである。
■ブルームバーグ記事公開後、大きく株高・円安が進行
では、さっそく数々の謎に迫っていこう!と進めていきたいところだが、その前に、まずは今回の経緯を時系列に沿って、整理しておきたい。
2016年4月22日(金)13時30分、ブルームバーグ・日高正裕記者による「日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者」という記事がブルームバーグのウェブサイト上およびブルームバーグ端末で公開された。
記事発表前は1万7320円付近にあった日経平均は大引けまでの1時間半で約250円ほども上昇し、その日は1万7572円の高値引けとなった。
(出所:CQG)
また、米ドル/円は記事発表前は109.40円近辺で推移していたが、その日のNY時間には111.80円台をつけるまで上昇した。約240pipsもの上昇幅である。
(出所:CQG)
この日高正裕記者の記事では「複数の関係者」を情報ソースとして、日銀が当座預金に適用している0.1%のマイナス金利を拡大する際は、金融機関への貸出支援基金の貸出金利をマイナスにする案が浮上していると伝えていた。これが市場がもっとも注目したこの記事の中核的内容である。そして、この記事ではその政策の効果やリスクにも言及されていた。
その他、この記事には4月27日(水)~28日(木)に行われる日銀金融政策決定会合で追加緩和が行われるかどうかについてのエコノミスト予想、BNPパリバ証券・河野龍太郎チーフエコノミストのコメントなども盛り込まれていた。
■現在は2名の連名になっているが最初の記事執筆者は1名
現在、ブルームバーグのウェブサイトで見られる当該記事は4月22日(金)13時30分に公開されたあと、同日18時16分に更新されており、この「ブルームバーグ版」では執筆者は日高正裕記者、藤岡徹記者の連名となっている。
一方、Yahoo!ファイナンスにブルームバーグが配信している当該記事は公開時の内容のまま、更新されていないようで、記者としての署名は日高正裕記者だけとなっている(他に3名のエディターの名前は記載されている)。
「Yahoo!ファイナンス版」と「ブルームバーグ版」を比べると、18時16分に更新されて、追記された部分がわかる。追記されたのは、記事公開後の当日の相場の動きと何人かのエコノミストのコメント、もしくはリポートからの引用だった。藤岡徹記者はこの追記された部分の執筆を担当したのだと考えられる。
結局、「日銀が貸出金利にマイナス金利を適用する案を検討している」というこの記事の中核部分は日高正裕記者が執筆したことがわかる。
以上、「中核部分は日高正裕記者が執筆」ということについて、「Yahoo!ファイナンス版」と「ブルームバーグ版」の比較を中心に記したが、これは当初の「ブルームバーグ版」を見た筆者の記憶とも一致しているし、ネットの一部に記録されている当初の「ブルームバーグ版」のキャプチャ画像とも一致している。
なお、この記事の英語版は現在、「BOJ Officials Are Said to Eye Possible Negative Rate on Loans」というタイトルになっており、ここでは「BOJ Officials」(日銀関係者)という言葉が使われている(このタイトルは重要なポイントとなっているので、次回以降に詳しく触れたい)。
そして、この英文記事は海外の投資家にも非常に大きなインパクトを与えたのではないかと思われる。
■追加緩和ムードが高まるが緩和見送り、相場は暴落!
このブルームバーグの記事を受けた相場の動き、ネット上の個人トレーダーの反応などを見ていると、今回は「日銀は追加緩和するんだろう」という熱気がムンムンと高まっていることが感じられた。
筆者自身も当該記事を見た当初は追加緩和はあるだろうと考えるようになっていた。この記事は日銀内部からのリークによって書かれたものであり、新政策に対する市場の反応を見るために、日銀が打ち上げた観測気球だろうと当初は考えていたからだ(この点については次回以降に詳しく触れる)。であれば、日銀はおそらく今回の金融政策決定会合で追加緩和をやるだろうという筋書きである。
ブルームバーグの記事は金曜日に公開されたが、土日を挟んだ翌週、25日(月)~27日(水)の相場は、米ドル/円も日経平均もさらに上がり続けるというふうではなく、調整的な動きとなった。
そして、迎えたのが28日(木)、日銀金融政策決定会合の結果発表だ。
当日は朝から再びリスクオンムードとなり、米ドル/円も日経平均も上昇していた。しかし、12時1分に日銀から発表された内容は現状維持、追加緩和見送りというもの。そこから、金融市場が失望売りとなったのは本記事冒頭でお伝えしたとおりだ。
発表のあった12時1分は株式市場が昼休みの時間帯で取引は行われていなかった。そこで、お昼の時間帯も動き続ける大阪取引所の日経平均先物の1分足チャートを見てみると、まるで断崖絶壁から飛び降りたかのような、壮絶な大陰線が刻まれている。12時1分時点の価格1万7560円から安値1万6600円まで960円もの暴落はわずか6分程度で起きた出来事だった。
(出所:CQG)
米ドル/円でも同じような大陰線が刻まれた。米ドル/円は111.60円台から108.70円台の安値をつけるまで急落。約3円の暴落だ。その間、わずか3分程度だった。
(出所:CQG)
■黒田総裁は議論を否定。“日高ショック”を連呼する人も
その後、同日15時30分からは黒田日銀総裁の記者会見が行われた。
その中でNHKの記者から出た質問のなかに「金融機関への貸出金利をマイナスにするという報道があったが、今回の会合でそれを検討したり、そのことについて委員から意見が出たりしたのか」というものが含まれていた。
これに対し、黒田総裁は「ご案内のとおり、ECB(欧州中央銀行)が最近3月に採用した緩和措置の中に含まれているものでありますけれども、今回、こういったことについて議論したということはありません」と、決定会合では議論していないとあっさり答えたのだった。
また、その後、ロイターの記者からも「マイナス金利での貸出については今回の会合で議論されなかったということだが、今後メリット、デメリットなどを踏まえて導入される可能性はないか」という質問が重ねて出た。
これに対し、黒田総裁は「マイナス金利での貸し出し云々ということにつきましては、先ほど申し上げたように、ECBが導入されたということはよく存じ上げておりますけれども、ECBにはECBの事情があるわけでありまして、現時点で私どもがそういうことを考えているということはありません。今回の会合でも議論になったことはありません」と答えた。
黒田総裁は今回の会合で議論があったことを重ねて否定するとともに、現時点でそのようなことを日銀が考えていることはないと発言したのである。
4月28日(木)、記者会見で記者たちと対峙する黒田日銀総裁。今回の金融政策決定会合でマイナス金利での貸し出しは議論していない、と記者の質問に答えた。 写真:AFP=時事
ブルームバーグ・日高正裕記者の記事では、貸出金利をマイナスにすることを日銀が検討しているかのように書かれていたが、黒田総裁は一見、そうではないかのように発言した。
日高記者の記事と黒田総裁の発言は矛盾しているのだろうか? それについての詳しい検証は次回以降に行いたい。
黒田総裁発言後の相場の動きだが、米ドル/円相場はすでにずいぶん下がってしまっていたからか、この発言を受けても、すぐにはあまり下がらなかった。むしろ、しばらくは若干反発したのである。
しかし、ゴールデンウィークが始まり、日本が祝日となる翌29日(金)に日付が変わると、米ドル/円は再び下落を開始。106円台に突入した。横ばい局面なども挟みながら、さらに下落は続き、これも日本が祝日の5月3日(火)にはとうとう105.50円台の安値をつけるに至った。
日銀発表前から計算すると、米ドル/円は実に約610pipsも下落したことになる。
(出所:CQG)
日経平均先物も下落傾向が続き、5月2日(月)には1万5940円の安値をつけた。こちらも日銀発表前から計算すれば、1620円もの下落幅となる。
(出所:CQG)
この大暴落は「日銀ショック」と呼ばれたりしているが、その前に公開された日高正裕記者の記事が相場暴落を増幅した面もあるとみる向きからは、“日高ショック”という呼び方もネット上では使われたりしているようだ。
なかには相当狼狽しているのか、“日高ショック”をただひたすらに連呼し続けるツイートをするような、個人トレーダーのツイッターアカウントもあった。
以上、まずはブルームバーグの記事公開以降に起こった出来事と相場の動きを振り返ってみた。
(「反黒田派!? 日高正裕記者の記事は日銀がリークしたものだったのか?」へつづく)
(取材・文/ザイFX!編集長・井口稔 取材協力/ザイFX!編集部・庄司正高)
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