(「反黒田派!? 日高正裕記者の記事は日銀がリークしたものだったのか?」からつづく)
★謎2:(日銀)関係者って誰よ?
では、ブルームバーグ・日高正裕記者の記事「日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者」のなかに出てくる「関係者」とはいったい誰なのだろうか?
そのことについて、ズバリの回答にはたどりつけないとしても、ここから、あれこれと検討してみたいと思う。日高記者の記事にはあれこれ検討してみたくなるような、気になる点がいくつもあるのだ。
■「日銀関係者」という言葉は記事のどこにもない
少し細かい話になるが、まずは「関係者」にからんだ表現が元の記事ではどうなっているのか、事実を確認しておきたい。
日高記者による「日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者」という記事ではタイトルと本文であわせて3カ所に「関係者」という表現が使われている。
この記事ではタイトルと本文、あわせて3カ所に「関係者」という表現が使われている。
本文では2カ所使われており、そのいずれも「複数の関係者によると」という表現が使われている。何の関係者か対象を書かず、単に「関係者」と表現しているのはやや奇妙である。
日銀関係者に話を聞いたのなら、「複数の日銀関係者によると」とズバリ書けばよいのだ。前後の文脈から「日銀」という言葉を省いたとも解釈できるが、「複数の関係者」が仮に日銀関係者でなかったとしても、誤りとは言えないような書き方がわざわざしてある。
そして、もっとも目を引くのはタイトルである。「日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者」というタイトルがいかにも日銀から出てきた内部情報という雰囲気を醸し出している。
しかし、このタイトルの冒頭「日銀:」という部分はいったい文のどこまでにかかっているのだろうか。末尾の「関係者」という言葉は「-」によって、本文とは区切られている。「日銀:」という部分は「関係者」という言葉にまでは及んでいないとも受け取れるようなあいまいな書き方ではないだろうか。
そして、結局のところ、この記事の日本語版にはタイトルにも本文にも「日銀関係者」と連続して表現された言葉は1つも登場していないのである(だから、冒頭に掲載した「謎2」のお題は「(日銀)関係者って誰よ?」として、日銀の部分をカッコで括った)
■ゴールドマン・サックスのレポートと類似している?
ここで1つ気になる情報を紹介しておきたい。
それは4月22日(金)、問題の日高記者の記事が配信された当日に、本シリーズ記事の前回も引用した元ディーラーの志摩力男氏が配信する有料メルマガで、志摩氏が以下のように書いていたことである。
ブルームバーグが関係者として、「日銀、金融機関への貸し出しにマイナス金利適用を検討」と報じられドル円が110.19円まで上昇しました。
これは、昨日お伝えしました、ゴールドマン・サックス、馬場さんのレポートを、ブルームバーグ日高記者がそのままコピペしたものだと思います。
大胆にも日高記者の記事はゴールドマン・サックス・馬場氏のレポートをコピペしたものだと書かれているのだ。
4月26日(火)に公開された「ザイFX!」の連載「FXほっとLINEで作戦会議」のなかで、元ディーラーの松崎美子氏も以下のとおり、ブルームバーグの記事とゴールドマン・サックスのレポートの類似性を指摘している。
日銀については先週、4月22日(金)、ブルームバーグがマイナス金利拡大を予想する記事を配信し、円安が進みましたね。
ゴールドマン・サックスが出したレポートを焼き直したような記事でしたし、類似の政策は「TLTRO2(対象を絞った長期資金供給オペ)」としてECB(欧州中央銀行)がすでに取り入れています。
【参考記事】
●10時間で中銀イベント3連発! 米ドル/円は下値攻め3回失敗で114円程度へ調整も
馬場氏のレポートと日高記者の記事は本当に似ているのだろうか? 馬場氏のレポートの要旨をまとめると、以下のような感じになる。
・さまざまな理由から、日銀追加緩和の標準シナリオを6月会合から4月会合へ前倒しする。
・緩和手段として、マイナス金利幅の拡大は難しい。
・ETF買入れを7兆円程度に増額するのが中心ではないか。
・貸出支援スキームの金利を-0.1%へ引き下げる可能性もある。
・被災地金融機関を支援するための資金供給についても、金利を-0.1%へ引き下げる可能性がある。
・「日銀展望レポート」での2%物価目標の達成時期はおおむね据え置きとされるのではないか。
一方、日高記者の当初の記事の要旨を今一度まとめれば、以下のような感じになるだろうか。
・日銀当座預金の一部に適用している0.1%のマイナス金利を拡大する際は、貸出支援基金の貸出金利をマイナスにすることを検討する可能性がある。
・この政策は市場金利の一層の低下を促し、経済全体を押し上げる効果が見込まれるが、その一方、金融機関への補助金ではないかといった批判を招くなどのリスクがある。
・エコノミスト41人への調査では、56%が今回の日銀決定会合での追加緩和を予想。
・BNPパリバ証券・河野龍太郎チーフエコノミストのコメントを紹介。
これらを冷静に見比べると、日銀から金融機関への貸出金利をマイナスにするという、今回一番注目された点では内容が共通しているが、その他の点については違っており、「日高記者の記事は馬場氏のレポートのコピペ」というのはいささか表現が強すぎるのではないかと筆者は感じた。
とはいえ、馬場氏のレポートは4月20日(水)、日高記者の記事は4月22日(金)と接近した時期に出されており、馬場氏のレポートが日高記者の記事へ影響を与えたようなことはなかったのだろうか、と思わなくもない。
そして、少なくともこの時期、日高記者は馬場氏の見解に触れていたことは間違いないのだ。というのは、4月22日(金)に公開された、日高記者などが執筆した別の記事に馬場氏のコメントが登場しているからである。
■日銀OBは日銀関係者に入るのか?
その記事とは今回問題となっている「日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者」という記事が公開される3時間30分前、4月22日(金)10時00分にブルームーバーグで公開された「6割近くが追加緩和予想、ETF10兆円追加との見方も-日銀サーベイ」というものである。執筆者は日高正裕記者とジェームズ・メーガ記者の連名となっている。
これは日銀が4月の金融政策決定会合で追加緩和に踏み切るかどうか、ブルームバーグが行った調査の内容を紹介する記事だ。調査はエコノミスト41人を対象に4月15日(金)~21日(木)に行われている。
この調査対象にゴールドマン・サックスの馬場氏も入っており、記事ではそのコメントが紹介されているのである(ただし、そのなかでは貸出金利のマイナス化には触れられていない)。
そして、このようなことに関連して非常に気になるのは馬場氏の経歴である。なぜなら、馬場氏は日銀OBだからだ。
日銀OBは日銀関係者に入るのだろうか?
筆者の言語感覚では、日銀OBは日銀関係者に入らないと思う。しかし、ザイFX!編集部内では、日銀OBは日銀関係者に入るとの意見もあった。
前回紹介した日本経済新聞・清水功哉編集委員の記事では、「有力日銀OB」という言葉が使われていた。たとえば、これを「日銀関係者」と書いてしまったとしても、誤りではないということになるのだろうか?
【参考記事】
●反黒田派!? 日高正裕記者の記事は日銀がリークしたものだったのか?
しかし、もしもそう書けば、清水氏の記事はずいぶん、印象の違うものになっていたはずであり、その時点で市場は大騒ぎになっていた可能性が十分あるのだ。
なお、「6割近くが追加緩和予想、ETF10兆円追加との見方も-日銀サーベイ」というブルームバーグの記事には、野村総合研究所の井上哲也金融ITイノベーション研究部長も登場しているが、井上氏も日銀OBである。
■「日銀サーベイ」は日銀が調査したもの? そうでないもの?
やや余談になるが、この記事は記事タイトルも独特ということを指摘しておきたい。
「6割近くが追加緩和予想、ETF10兆円追加との見方も-日銀サーベイ」
上のような記事タイトルを見た読者はどう思うだろうか?
「日銀サーベイ」という言葉は、「日銀短観」のように、いかにも日銀が調査したと受け取れるような言葉ではないだろうか? しかし、実際には「日銀が追加緩和するかどうか、その予想をエコノミストなどにブルームバーグが調査した」結果を紹介しているのがこの記事の内容である。
ブルームバーグでは、どうも同種の調査を「日銀サーベイ」と呼ぶ場合があるようだ。ほかにもこの記事と同じ意味で「日銀サーベイ」という言葉が使われている例がいくつかあった(単に「サーベイ」と書かれている場合、もしくは単に「調査」と書かれている場合もあった)。
ブルームバーグ記事のヘッドラインを見るときには、このような“ブルームバーグ語”に注意が必要なのかもしれない。
ブルームバーグの記事を読むときは、独特な言葉遣いに注意が必要なのかも?
■「日銀サーベイ」はブルームバーグとロイターで意味が違う
しかし、それは、筆者が金融市場の用語に慣れていないだけだと批判する人もいるかもしれないが、そのような人は以下のタイトルを見てほしい。
債券市場の機能度、「さほど改善せず」が8割=日銀サーベイ
債券市場の機能度が大幅悪化、マイナス金利で不透明感=日銀調査
ここでは「日銀サーベイ」、「日銀調査」といった言葉が使われているが、この2つの記事は、いずれも日銀が調査した内容を報じているのである。これなら筆者の言語感覚でも、自然に感じられる言葉の使い方だ。そして、この2つはともにロイターの記事なのだ(ロイターには、同様の意味で「日銀サーベイ」という言葉を使っている記事がほかにもたくさんある)。
では、ブルームバーグがタイトルに「日銀サーベイ」という言葉を使って表現した、「4月の日銀金融政策決定会合で、追加緩和が行われるかどうか、エコノミストなどに調査した記事」にロイターはどのようなタイトルをつけているだろうか? 以下がそういった記事につけられたタイトルである。
ロイター調査:追加緩和4月予想が3割、2%達成の可能性は高まらず
日銀会合、エコノミスト10人中7人が資金供給量・金利据え置き予想
ここには「日銀サーベイ」という言葉は使われていない。その一方、記事の1つでは「ロイター調査」という言葉が使われている。調査したのはロイターなのだから、それが自然というものだろう。
本項では「(日銀)関係者って誰よ?」というお題を立てたが、その直接的な回答は得られず、結局、もやもやしたままで終わってしまった。しかし、一口に「日銀関係者」といっても、そこにはもやもやした論点がいろいろあるということはお伝えしておきたいと思う。
(「BOJ Officials Saidの謎:ブルームバーグの英文タイトルはあとから改変されていた!?」へつづく)
(取材・文/ザイFX!編集長・井口稔 取材協力/ザイFX!編集部・庄司正高)
株主:株式会社ダイヤモンド社(100%)
加入協会:一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)