以下のとおり、本記事を英訳したものも公開しています。こちらもご覧ください(ザイFX!編集部)。
当サイト「ザイFX!」では、金融市場を動揺させたブルームバーグ・日高正裕記者の記事について、以下のとおり、4回シリーズで検証してきた。
【参考記事】
(1)市場を大騒ぎさせたブルームバーグ・日高正裕記者の記事。その謎に迫る!
(2)反黒田派!? 日高正裕記者の記事は日銀がリークしたものだったのか?
(3)ブルームバーグ・日高正裕記者の記事に出てくる(日銀)関係者って誰よ?
(4)BOJ Officials Saidの謎:ブルームバーグの英文タイトルはあとから改変されていた!?
以下の記事はおもに、(4)の記事の中から、日高正裕記者の英語版記事に関する部分をまとめた「要約版」である。
2016年4月28日、日本銀行による追加緩和の見送りは、市場に深い失望をもたらした。見送り発表後、金融市場では急速に株安・円高が進行した。
しかし、この激しい展開は、おそらく、単に日銀発表によって引き起こされたものではない。それ以前に、4月22日に公開されたブルームバーグ日高正裕記者の記事「日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者(BOJ Officials Are Said to Eye Possible Negative Rate on Loans)」によって追加緩和への期待が膨れあがり、その反動もあって市場は激しく動いたのではないだろうか。当サイト「ザイFX!」では、そのような点を念頭に置いて、同記事についての疑問点を複数回にわたって検証してきた。
この問題の記事は英文でも公開されている。市場に与えた影響という点ではむしろ、英文記事の方が重要かもしれない。そして、この英文記事には奇妙な点があるのだ。
本稿では、この英文記事について検証してみたい。
■情報ソースには「日銀ウォッチャー」も入るのか
オリジナルの日本語版の記事には、「複数の関係者(kankei-sha)によると」という記述が2カ所出てくる。英語版の記事は日本語版とはやや構成が異なるのだが、「関係者」という表現はやはり複数の箇所に出てくる。そして、この「関係者」の翻訳に別々の表現が使われているのだ。1カ所は、「The officials said」である。ところが、もう1カ所、「according to people familiar with talks at the BOJ」という表現になっているところがあるのだ。この2つの表現が、実質的に同じ意味を表しているということはあるのだろうか。後者の表現は、「日銀に所属する人」とはだいぶ異なる印象を与えるのではないだろうか。
筆者は日頃から金融市場のニュースに慣れ親しんでいて、英語を日常的に使う環境で何年も過ごしてきた経験がある2人の日本人に、念のため、2つの表現のニュアンスは同じようなことなのか、異なることなのか、聞いてみた。
すると、2人から共に「明確にこの2つの表現は区別される」という答えが返ってきた。
すなわち、「BOJ officials」とは日銀内部の人のことであり、一方、「people familiar with talks at the BOJ」には、日銀内部だけでなく、日銀の動向や内部関係者の発言に常に関心を注いでいる、いわゆる「日銀ウォッチャー」のような人も含まれるというのだ。
問題の日高正裕記者の記事に当初公開時点からコメントが載っていた専門家はBNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストだけである。そして、河野氏は日銀ウォッチャーの1人。
つまり、河野氏は「people familiar with talks at the BOJ」(日銀での議論をよく知る人々)に入るわけで、たとえばの話だが、日高記者が河野氏から話を聞いて、問題の記事を書いたとしても、「people familiar with talks at the BOJ」と表現されている部分に関しては、記事内容に間違いはないことになってしまうのだ(あくまで「たとえば」の話だが…)。
■タイトルが修正されている?
さらに、本記事の英語版でもっとも奇妙に思われる点は、タイトルにある。ブルームバーグ・日高正裕記者の記事に関する最大の問題はここにあると言ってもいいかもしれない。
冒頭で紹介した「日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者(BOJ Officials Are Said to Eye Possible Negative Rate on Loans)」というタイトルは、現状ブルームバーグのウェブサイトで見られるタイトルである。
まず、上述の疑問との関連で、ここでは明確にBOJ Officialsという言葉が使われていることを指摘しておきたい。和文・英文を通じて、「日銀内部の人」を明確に示すこの表現が使われているのは、このタイトルだけである。
ところで、奇妙なことに、この英文記事のタイトルは、最初に公開されたものから変更されている形跡があるのだ。
現状では、ご覧のように「Are said to」という受け身の表現が使われている。先ほども登場した、この分野の英語に堪能な日本人に確認したところ、複数の解釈はあったものの、記事本文の内容との対応も考えれば、これは「『日銀関係者は貸出金利をマイナスにする可能性を視野に入れている』とされている」(It is said that BOJ officials are eyeing possible negative rate on loans.)というような、あいまいな表現だとのことである。
つまり、「日銀関係者が……と言った」というダイレクトな表現になっていないことは確かだ。
ところが、この記事について調べていくうちに、実はこの記事のタイトルには、あとから単語が1つ付け加えられた可能性が浮上してきた。つまり、この記事の最初の英語版タイトルは「BOJ Officials Said to Eye Possible Negative Rate on Loans」というものだったと思われるのだ。
現在ウェブで見られるタイトルとの違いは1つ。「Are」という単語があるか、ないかだ。
そして、この元のタイトル「BOJ Officials Said…」であれば、ウワサや伝聞ではなく、日銀関係者の現実の発言として解釈される可能性が高まってくる。
その後の相場の動きを見ても、このダイレクトな表現を見た海外投機筋が「米ドル/円、売り過ぎていた! 早く買い戻さなくては~~!!」とあわてて、米ドル買い・円売りに走ったことが目に浮かぶ。
■タイトル改変の証拠
英語版のタイトルが改変されているという証拠をいくつか挙げてみよう。
日本語のブルームバーグの記事がYahoo!ファイナンスに配信されていたように、英語のブルームバーグの記事も他のサイトに配信されることがあるようだ。
そして、たとえば、湾岸諸国の「GulfNews」やシンガポールの「THE BUSINESS TIMES」に掲載されているこの記事のタイトルには以下のように「Are」が入っておらず、「BOJ officials said to ~」というものになっている。こちらが最初に配信されたタイトルだと思われるのだ。
こちらの記事タイトルには「Are」が入っておらず、「BOJ officials said to eye possible negative rate on loans」となっていることがわかる
こちらの記事タイトルには「Are」が入っておらず、「BOJ officials said to eye possible negative rate on loan program」となっていることがわかる(末尾がloansではなく、loan programとなっているのも異なる点)
■URLに残されていた元のタイトル
では、ブルームバーグのサイト本体、もしくはそれに準ずる場所にタイトル改変の証拠は残っていないだろうか? 筆者はいろいろ調べていった結果、ついに2つの証拠を発見した。
1つはURLである。
ブルームバーグのサイトはおもしろくて、当該記事のURLに当初公開したタイトルそのものが入れ込まれているようなのだ(ただし、これはいつも完全にそのとおりではない模様。筆者はその法則を完全にはつかめていない)。
現在、「BOJ Officials Are Said to Eye Possible Negative Rate on Loans」というタイトルになっている問題の記事のURLはどうなっているだろうか? 以下がそのURLである。
http://www.bloomberg.com/news/articles/2016-04-22/boj-officials-said-to-eye-possible-negative-rate-on-loan-program
URLの後半に注目してほしい。「boj-officials-said-to-eye-possible-negative-rate-on-loan-program」となっている。「are」という文字はここに入っていない。これが最初に配信された記事タイトルだと思われるのだ。
■グーグルのキャッシュに元のタイトルを発見!
そして、もう1つの痕跡はグーグルのサーバーの片隅にあった。以下のとおり、検索方法を工夫すると、本記事の1単語だけ異なる新旧2つの記事タイトルをグーグルは2つとも検索結果に表示(※)したのである(2つのタイトルとも検索結果上に表示されている記事URLはブルームバーグ(bloomberg)のもの)。
(※執筆者注:グーグルがこのような検索結果を表示することは、時間が経過すると、変化する可能性がある)
どちらの検索結果をクリックしても、今現在は新記事タイトルがついたブルームバーグのページに飛んでしまうが、グーグルにはキャッシュというものがある。クローラーと呼ばれるグーグルのプログラムがそのページを見に行った時点でのそのページの内容を、そのままグーグルのサーバーが保存してくれているものだ。
グーグルのキャッシュを見れば、少し前の時期の当該ページがどのようになっていたのかがわかるのである。
それが以下のキャプチャ画像だ。
グーグルのキャッシュに残っていた当初の英文記事タイトルには「Are」が入っておらず、「BOJ officials said to eye possible negative rate on loans」となっていることがわかる
鮮やかな青色で彩られたブルームバーグのサイト内にある当該記事タイトルにはたしかに「Are」の文字はなく、「BOJ Officials Said…」となっていることが見てとれる。
■タイトル改変には前歴がある
もちろん、ウェブメディアでは、記事タイトルや本文の誤字などを公開後に更新することは珍しくないことだろう。当サイト「ザイFX!」でもそのようなことはある。ブルームバーグのサイトでは、わざわざ更新日時を明示しているぐらいだ。
いったん公開したタイトルを改変することが一律に悪いわけではない。
しかし、今回のケースでは故意に「BOJ Officials Said…」と煽情的なタイトルをつけておいて、あとで記事作成過程の実態に近づけるために、タイトルを微妙に変えたということはないだろうか。
それはうがった見方すぎるだろうか。
単なるケアレスミスを修正しただけなのだろうか。
実はこのような修正は今回が初めてではないと思われる。以前もまったく同じような修正が行われていたと思われるのだ。
それは本シリーズ記事の2回目で取り上げた、2015年2月12日公開の「日銀の追加緩和は逆効果、10月緩和は消費者マインドに悪影響(BOJ Is Said to See Extra Stimulus Counterproductive for Now)」という日高記者の記事である。これもやはり、現在ウェブサイトで見られる英語版記事のタイトルだ。
しかし、長くなるので詳細は省くが、いくつかの証拠から、このタイトルには当初「Is」が入っておらず、さらに「any」も入っており、「BOJ Said to See any Extra Stimulus Counterproductive for Now」となっていたのではないかと思われるのだ。
海外FXフォーラム「Forex Factory」に残されていたもの。「BOJ Said to See any Extra Stimulus Counterproductive for Now」と書かれており、「Is」が入っていない。さらに「any」が入っている。
当初のタイトルは「BOJ Said…」と、日銀みずからの見解と受け取られやすい表現となっていたのである。
日高記者の記事では、いったん公開した記事タイトルに、あとからbe動詞をつけ加えて改変するということがどうも複数回行われているようなのだ。
長々と英文についてあれこれ詮索し、「ザイFX!」としては異例の内容の記事になってしまった。
しかし、たかがbe動詞1つと思わないでほしい。その有無によって、米ドル/円相場の動きは結構違ったものになった可能性がある。故意に操作された可能性も考えれば、be動詞1つの有無は問題なのだ。
(取材・文/ザイFX!編集長・井口稔 取材協力/ザイFX!編集部・庄司正高 編集協力/エァクレーレン)
以下のとおり、本記事を英訳したものも公開しています。こちらもご覧ください(ザイFX!編集部)。
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