1月20日(金)、米大統領就任式が実施され、ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に就任しました。
そこで、ザイFX!では、2005年~2015年9月までニューヨークを拠点に活動し、現在、三井物産戦略研究所にて北米担当研究員を務める、安田佐和子さんに、米大統領就任式とトランプ新政権の政策、為替相場への影響などについて、ご寄稿いただきました(ザイFX!編集部)。
■トランプ氏は米ドル高を支持しない姿勢を浮き彫りに
「ドルは強過ぎる」――第45代米大統領に就任する1週間前、ドナルド・トランプ氏はこう吠えた。
経済金融専門の放送局CNBCが「トランプ、クリントン時代の“強いドル”政策を葬るサインを点灯(Trump just signaled the death of Clinton-era strong dollar)」とのヘッドラインを掲げたように、1月17日(火)の為替相場が色めき立ったのは周知のとおりだ。
おかげで、米ドル/円は112.60円台まで下落、約1カ月半ぶりの米ドル安・円高水準をつけた。
(出所:Bloomberg)
ムニューチン米財務長官候補は1月19日(木)に行われた指名公聴会で、「トランプ氏の発言は米ドルの短期的な動きに向けられた」と火消しに動いたが、1月20日(金)のトランプ米大統領就任演説では、米ドル高を支持しない姿勢が浮き彫りとなった。
米大統領就任式の演説では、トランプ氏の米ドル高を支持しない姿勢が浮き彫りとなった
(C)Drew Angerer/Getty Images
■米大統領就任演説で挙がった「ラストベルト」とは?
トランプ米大統領の演説でまず登場した地名は、かつて自動車メーカーのお膝元として名を馳せながら2013年には連邦破産法適用の申請を余儀なくされたミシガン州デトロイト。続いて、農業と製造業が基幹産業であるネブラスカ州が挙がった。
それには理由がある。
そもそもトランプ米大統領誕生を決定づけたのは少なくとも過去2回にわたり民主党候補に投票したラストベルト(※)4州(ペンシルベニア州、オハイオ州、ウィスコンシン州、ミシガン州)とアイオワ州、フロリダ州の計6州だ。
(※編集部注:「ラストベルト」とは、米国の中西部から東北部に位置する、自動車、鉄鋼、石炭といった主要産業が衰退した工業地帯のこと)
フロリダ州を除き、すべて全米より白人の比率が高く、世帯年収が全米以下にとどまるなど景気回復の恩恵にあずかれなかった地域である。
これは産業構造が色濃く影響しているため。州内総生産の産業別動向で、製造業はミシガン州の首位で20%、オハイオ州とウィスコンシン州では2位で、それぞれ17%と19%、ペンシルベニア州では3位ながら12%だ。
演説に挙がったネブラスカ州でもトップで13%に及び、トランプ支持層にはいかに製造業従事者が多いかがうかがえる。
ちなみに米国全体のGDP、産業別動向は1位が金融・保険・不動産で20.3%、2位に政府が入り13.0%、3位は専門サービス(IT、広告、法務など)で12.2%となり、1989年まで20%近くを占め、堂々首位だった製造業は直近で12.0%と4位へ追いやられている。
■トランプ氏の掲げる「米国第一」という発言にも注目
「米国第一」の発言の意味にも注目したい。米大統領選中のキャッチフレーズでもあるその言葉に続き、トランプ氏は「貿易、税制、移民、外交など一連の政策は米国の労働者や家族のために進められる」と宣言した。
「米国の製品を買い、米国市民を雇用せよ」という簡潔なルールに基づいて行動するとも宣言。
国内企業、並びに海外企業が米国製品を購入するにあたって米ドル安が有利に働くのは明白だ。
トランプ氏自身「複雑過ぎる」と批判した国境税(※)の導入や関税を賦課するまでもなく、製造業が競争力を高めるには通貨(米ドル)を引き下げればよい。
(※海外に移転した米企業からの輸入に関税を賦課する一方、輸出に税控除を与えるしくみ)
■米大統領就任式ではメラニア夫人も「米国製」をチョイス
米大統領就任式では、ファースト・レディの装いにも注目が集まる。
共和党全国大会の大舞台で、メラニア夫人は自身の母国スロベニアとかつて同じ国だったユーゴスラビア出身のデザイナー、ロクサンダ・イリンチックの純白スーツを着用し、話題となった。
第3回米大統領候補討論会では、女性蔑視発言で謝罪を余儀なくされたにも関わらず、“プッシー・ボウ”スタイルのグッチのブラウスで夫を後方支援してきた。
(※編集部注:「グッチ」は、1921年に創業したイタリアのファッションブランド。「プッシー・ボウ」とは、ブラウスやワンピースに同じ素材のリボンをあしらったファッションのこと)
しかし、米大統領就任式では米国を代表するラルフ・ローレンのセットアップをチョイス。さすがに「米国製品を買い、米国市民を雇用せよ」と提唱する米大統領夫人が海外ブランドで身を固めては、意味が薄れるというものだ。
米大統領就任式ではメラニア夫人も米国を代表するブランド、ラルフ ・ローレンをチョイス
(C)Drew Angerer/Getty Images
■トランプ氏が発表した6項目の最重要課題とは?
トランプ氏は米大統領就任演説後に6項目からなる最重要課題を発表したが、「インフラ投資」は「税制改革」「規制緩和」とは別項目に入った点にも留意したい。
6項目は(1)米国第一のエネルギー計画、(2)米国第一の外交政策、(3)職と成長の回復、(4)軍備増強案、(5)不法移民の強制送還を含めた治安の強化、(6)環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の離脱などを含む米国民のための貿易協定で構成される。
インフラ投資は(1)に、「税制改革」と「規制緩和」は(3)に集約されていることになる。
(1)米国第一エネルギー計画 |
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オバマ前政権が掲げた”気候行動計画(Climate Action Plan、二酸化炭素の排出量削減や米国内並びに世界で気候変動への対応を目指す)”、”米国水質法(Waters Of The U.S.、水質保全を目指しシェールガス生産に絡む水圧破砕を規制する) ”を不必要と指摘。シェールガスやクリーン石炭エネルギーの生産を支援へ。大気汚染などにも配慮、環境保護庁が注力する政策を再調整していく。 |
(2)米国第一外交政策 |
イスラム国(IS)の打倒が最優先課題で、必要とあれば軍による共同戦線を張る。同盟関係にある諸外国と協力し、テロリストへの資金源を断つよう努力すると共に、サイバー攻撃にも対応する。合わせて米軍も増強。 |
(3)雇用と成長の回復 |
向こう10年間で2500万人の雇用を創出、成長率は年間4%増を回復へ。減税と税区分の簡略化(選挙中は法人税を35%→15%、所得税を7区分→3区分へ縮小すると公約)、規制緩和を推進していく。 |
(4)米軍増強案 |
国防予算の強制削減を廃止し、米軍再構築を目指す予算案を提出へ。イランと北朝鮮からのミサイル攻撃を打破するため、最先端のミサイル防衛システムを開発する。サイバー攻撃にも対応。退役軍人の支援も強化する。 |
(5)治安の強化 |
米国50都市での殺人率は2015年に17%増加し、25年間で最悪を記録、米国全土では50%も増加したため、犯罪対策を強化していく。同時に不法移民の流入を抑制するため、国境間に壁を建設し、ギャング流入を阻止へ。犯罪歴のある不法移民は国外退去させる。 |
(6)米国民のための貿易協定 |
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)離脱、並びに北米自由貿易協定(NAFTA) の再交渉を目指す。また、貿易協定に違反し、米国に損失を与える各国を商務長官と協力して炙り出し、厳然たる措置を講じる。 |
出所:ホワイトハウスより三井物産戦略研究所作成
トランプノミクス(※)と言えば、米ドル高につながると期待されてきた。特に国境税をめぐって、ノーベル経済学賞を受賞したハーバード大学のフェルドシュタイン教授は米ドルを20~25%上昇させる可能性を示唆したものだ。
(※編集部注:「トランプノミクス」とは、ドナルド・トランプ氏とエコノミクス(経済学)を合わせた造語で、トランプ氏が掲げる経済政策のこと。「トランポノミクス」と呼ばれることもある)
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:米ドルVS世界の通貨 日足)
つまり、ここにインフラ投資が被されば、一段の米ドル高を招きかねない。トランプ政権は足元の米ドル高をにらみ、トランプノミクスを推進するタイミングを見計ろうとしても不思議ではない。
■オバマケア撤廃に注力する裏側にドル高沈静化の狙い?
米大統領就任式後、トランプ氏は医療保険制度改革(オバマケア)撤廃に向けた米大統領令第1号に署名した。こうした動きは、政権の最優先事項からトランプノミクスが後退した可能性を示す。
共和党が多数派を占める米下院では、米上院に続き、オバマケアの撤廃を容易にする予算決議案を可決した。
同案は“財政調整法”を活用し、審議時間を20時間までと規定するだけでなく、単純過半数で可決できるしくみだ。
2000万人以上と言われる加入者の受け皿は用意できていないが、米上院では閣僚候補の指名承認を控え、時間は限られる。オバマケア撤廃に注力する裏側に、米ドル高を沈静化させる狙いがあってもおかしくない。
オバマケア廃止という選挙公約の遵守にもつながり、トランプ政権としても悪い話ではないだろう。
トランプ氏は米大統領就任式後のパーティーで、メラニア夫人とのファースト・ダンスの音楽にフランク・シナトラの“マイ・ウェイ”を選んだ。
トランプ氏は米大統領就任式後のパーティーで、メラニア夫人とのファーストダンスにフランク・シナトラの「マイ・ウェイ」を選曲。その真意は… (C)Chip Somodevilla/Getty Images
慣習に捉われないトランプ氏は、題名どおり「我が心のままに」米ドル高のマントラを調整していくのだろう。
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