■「残留VS離脱」の選挙に
解散総選挙の発表直後に実施された世論調査によると、約6割の有権者が、今回の総選挙を「ブレグジット選挙」という認識で捉えていることがわかった。
各党のマニフェスト(公約)などに書かれているブレグジットのスタンスは、以下のとおりである。
★保守党
10月31日(木)に合意なき離脱ができなかったこともあり、「合意なき」という離脱形式からは距離を置き、「10月のEUサミットで合意したEU離脱協定案で、スムーズな離脱を目指す」ことを公約に揚げている。

選挙での見どころ→野垂れ死にしてでも10月31日(木)に離脱すると約束したボリスに対し、有権者はペナルティーを課すか?
★労働党
選挙に向けて、党内の意見調整にもっとも手こずっているのが、労働党である。
公約では、「議会で何度採決しても、離脱について決められなかった。そもそも、離脱することを決めたのは、国民。それなら、今度も国民の真意を聞き、決定することが最良であろう。よって、2度目の国民投票を実施する」という内容だ。

選挙での見どころ→公約では、「残留」と決定的な決め打ちをせず、「2度目の国民投票」という選択をした労働党。国民投票を実施するには、法律的に最低22週間(約半年)の時間がかかる。ということは、労働党政権となれば、再度、離脱期限の延期が必要となる。果たして、有権者はこれ以上の離脱期限延期を望んでいるのか?
★自由民主党
自由民主党は、「EU基本条約(リスボン条約)第50条の破棄」を選挙公約に掲げる。第50条の破棄とは、ブレグジットをなかったことにする、つまり、このまま残留するという意味である。
個人的には、2016年6月の国民投票で、僅差とはいえ離脱となったことを考えれば、「残留」を選ぶことには、非常に抵抗を感じる。
もう一点。選挙公約からは若干、話題が離れるが、自由民主党は今までずっと、SNPや緑の党、ウェールズのプライド・カムリ党(ウェールズ党)と連合を組み、残留支持候補を一人に絞り、統一候補を選出すると語っていた。
しかし先月(10月)、スウィンソン党首がいきなり、「SNPとは組まない!」 と発表。何があったのかわからないが、緑の党とプライド・カムリ党とは、引き続き、統一候補を立てて戦うようだ。

選挙での見どころ→今年(2019年)7月に、党首に就任したスウィンソン氏。若干39歳のスコットランド出身の女性党首である。彼女のスピーチを何度か聞いたが、政治家とは思えないヘタっぷり。説得力がないだけでなく、感情をむき出しにすることもある。個人的には、この人はこのままであれば、首相の器ではないと考えている。
★SNP
SNPも、自由民主党と同様、EU残留を希望している。そして、この党は今回の選挙で、「年内にスコットランド独立の是非を問う住民投票実施」を、公約に盛り込んだ。
問題は、スコットランドでの住民投票実施には、中央政府の承認が必要となる点である。
これについてボリスは、「2014年にスコットランドは、独立についての住民投票を実施した。あの時、住民投票は今後、一切やらないという約束だったので、中央政府も承認した。しかし、今度、またやりたいというのは、ルール違反であり、中央政府としても許可はできない」と返事をしている。

選挙での見どころ→総選挙の結果次第と言えるが、もし善戦した場合、いくら中央政府が認めなくても、スコットランド住民投票実施の気運が高まることは、間違いないだろう。その場合は、英連合王国の崩壊シナリオにならざるを得ず、英ポンドにとってはネガティブ。
■戦術的投票が総選挙のカギに!
今回の総選挙は、Tactical Vote(以下、戦術的投票)が結果を大きく左右すると言われている。最初に、戦術的投票とはどういうものなのかを説明したい。
【1】戦術的投票とは?
今回の総選挙は、「ブレグジット選挙」とも言えるので、それを例に説明したいと思う。
たとえば、私は残留支持のB党を支持している。しかし、私の選挙区ではB党は弱く、絶対に勝ち目がないことがわかった。
B党の支持者としては、離脱支持のA党には勝ってほしくない。
その場合、とにかくA党が勝たないようにすることが重要なので、今回の選挙ではA党の次に人気がある、残留支持のC党に票を入れることに決めた。
――これが、戦術的投票の基本的なイメージだ。
【2】嫌いな党を潰す道具
【1】の重複となってしまうが、自分が支持する政党は、どうしても勝てないようなので、自分がもっとも嫌っている政党をつぶすことを優先したい。こういった考えをベースにして投票する政党を選ぶことも、戦術的投票だ。
ネットで検索すると、「Tactical Vote」というタイトルがついたサイトをいくつも目にした。これらのページでは、自宅の郵便番号や選挙区を打ち込むと、どのように戦術的投票を実行すれば、もっとも効率的なのかを分析してくれる。

※出所:TACTICAL VOTE
【3】投票の交換
それ以外にも、「投票の交換」というページがあるらしい。
しくみとしては、ある選挙区ではB党が有利なので、C党支持者がB党に票を入れる。その代わり、C党が有利な選挙区では、B党支持者がC党に票を入れる。
こうして、とにかく憎きA党を徹底的に潰すため、戦略的に投票するやり方だ。
■どうして戦術的投票が必要なのか?
11月11日(月)、ブレグジット党のファラージ党首が、驚くべき決定を下した。
それは、「2017年の総選挙で保守党議員が当選した317の選挙区には、ブレグジット党は立候補者を立てない。それに加え、保守党が狙っている労働党基盤の43の選挙区についても、ブレグジット党からは立候補者を立てない」という内容である。
結局、立候補者締め切り日となった11月14日(木)の時点で、前述の317と39の選挙区に、ブレグジット党からの立候補者はいなかったことが判明。
つまり、保守党が2017年の総選挙で押さえた317議席に加え、労働党との票差が小さかった39選挙区ですべての議席を獲得したと仮定した場合、それだけで保守党の議席数は356となる。
英下院の過半数は326議席であるため、保守党は楽々、単独政権として政策運営が可能となり、ボリスの離脱協定案で英国はEU離脱となる。
あの頑固なファラージ党首が、あっさり負けを認めるような発言をしたことには、きちんとした理由があった。
ブレグジット党の最大政治献金者であり、ファラージ党首の親友ともいえるアーロン・バンクス氏が、「このまま保守党とブレグジット党が競ったら、離脱支持票を二分してしまう。そういう状況で、残留支持政党が同盟を組んだら、労働党のコービン首相誕生というシナリオがあるかもしれない。それを絶対に避けるため、ボリスとファラージさんは、協力するか、あるいは離脱支持票を二分しないような工夫をすべきである」と提案した。
ファラージ党首は早速、ボリスにラブコールを送ったが、ボリスは無視。その結果、しかたなく上記のような発表に至ったのである。
■戦術的投票で野党に過半数のチャンス!?
そして、私はこの発表が、ゲーム・チェンジャーになったと考えている。そのため、残留支持の有権者にとって、戦術的投票が、ますます重要度を増してきたと言えるだろう。
11月中旬の世論調査によると、4人に1人(25%)が戦術的投票を考えているらしい。以下の表は、30%の有権者が戦術的投票を実施した場合の、獲得議席数の予想を右端に表したものである。

※複数の報道をもとに筆者作成
黄緑でハイライトを入れた野党連合は、323議席となるが、ここに明記していない少数政党から2~3議席加わることも可能で、そうなると野党がギリギリで過半数(326)の議席を握ることもありそうだ。
いいことずくめに見える戦術的投票。しかし…
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