10月31日(木)に期限を迎える英国のEU(欧州連合)離脱(ブレグジット)。9月3日(火)に再開され、紛糾した英議会は、ボリス・ジョンソン首相の要請で10日(火)から約5週間に渡って閉会となりました。新たな会期は10月14日(月)に始まる予定ですが、直後にはEU首脳会議、そして、月末の離脱期限を控えており、さらに混迷の度合いを深めていきそうな印象です。いったいこれから、どうなるのか…?
今回は、元為替ディーラーで英国在住の松崎美子さんに、最新のブレグジット情勢と今後の注目ポイント、英ポンド相場の動向などについて、全2回に渡ってご寄稿いただきました(ザイFX!編集部)

7月24日(水)にメイ首相の後任として、首相に就任したボリス・ジョンソン前外相(以下、ボリス)。彼の人となりについては、前回の記事で紹介した。
【参考記事】
●新英首相ボリス・ジョンソンってどんな人?合意なき離脱を呼ぶ!? ナルシストの正体!(7月30日、松崎美子)
今回は、ボリスの首相就任後の様子を紹介し、ここからのブレグジットの行方や可能性について考えてみたい。
■英国中に衝撃が走ったYellowhammer作戦
8月18日(日)発売の英タイムス紙日曜版一面に、Yellowhammer(イエローハマー作戦、合意なき離脱準備作業)と呼ばれる政府の秘密文書を暴露する記事が載った。そこでは、合意なき離脱が実際に起きたときの状況が詳しく分析されていた。

「ガソリン・食料品・薬などが不足する事態が生じるようだ。特に、新鮮な野菜や果物は、供給が追いつかず、値段も高騰すると予想される。港は短くても3カ月はパニック状態となり、輸送用のトラックは、関税手続きで2~3日の足止めを食う。
南北アイルランド間にもハードボーダーが敷かれる。ロンドンとパリをつなぐユーロスターは、最悪85%が、運行遅延かキャンセル」
これはあくまでも合意なき離脱後の「普通のシナリオ」と書かれていたが、それなら最悪シナリオは、どのくらい酷い状態になるのか? 新聞を手に背筋が凍る思いだった。
私自身は、合意なき離脱に向け、備蓄などの準備をしていない。この記事が出た翌日に、興味本位でいつも行くスーパーの薬売り場の棚を覗いてみたが、カウンターで買える頭痛薬や風邪薬など、すべての棚が空であった。
このように、いらぬ不安を他人に押し付け、恐怖を煽る行為を英語で「Project Fear=恐怖を煽る計画」と呼ぶが、このYellowhammer作戦は、まさに典型的な「Project Fear」のひとつであろう。
ちなみに、昨日ふと思い出し、同じスーパーの棚を見たが、頭痛薬が2箱残っているだけで、風邪薬の棚は、またしても空となっていた。
■メルケル首相「30日間の時間制限」
フランスでのG7会合直前の8月22日(木)から、ボリスはドイツとフランスを訪問し、メルケル首相、マクロン大統領と会談を行なった。
メルケル首相は記者会見で、「(メイ前首相との間で交わしたブレグジット合意案では、2年間の移行期間の間に、バックストップの代替案を見つけるというシナリオであった。しかし、長期間に渡り、バックストップに縛られることを英国は望んでいない)そのため、バックストップを破棄し、代替案を見つけるという難問を、今後30日間で解くことができれば、我々は条件付きの離脱という正しい道に進めるだろう」と語り、知らぬうちに「30日間の時間制限」ができ上がってしまった。
英国のメディアは、「メルケル首相は、ボリスに対し、一切、否定的な発言をせず、30日間でバックストップの代替案を提示することを認めてくれた!」と非常に前向きな報道をしていたが、私の考えは違っていた。
今までのボリスは、「再交渉に対し、EUが非協力的であるため、英国政府としては2016年の国民投票結果を尊重する意味でも、形がどうであれ、離脱をしなければいけない」というスタンスを貫いていた。言い換えれば、合意なき離脱は、EUの柔軟性の欠如が原因と受け取れる見解である。
しかし、メルケル首相の「30日間の時間制限」発言により、EUは何もせずに英国からの提案を待ち、その案が気にいらなければ、「受け入れられない」と却下すればよいだけになった。つまり、合意なき離脱の責任は英国側にあると主張できる。
マクロン大統領もメルケル首相の意見に賛成していたが、これについて世界最大の政治リスクコンサル会社、ユーラシア・グループが、以下のような感想をTwitterに載せた。
「マクロン大統領は、メルケル首相の提案を受け、30日以内にバックストップの代替案を英国が提出するアイデアを認めた。英保守党ブレグジット強硬派にとっては、(マクロンさんが先に)妥協したと見られるだろう。しかし、実際はそうではない。
マクロン大統領はボリスに対し、『ボリス、君は30日以内に代替案を提出できると言ったね? 2年間かけても出てこなかった代替案をだよ』と告げている。
そしてEUは、WA(Withdrawal Agreement=離脱条件)の変更には応じないと釘を刺すことも忘れておらず、彼らの譲れない点はそのまま継続だ。そして、ボリスが常々語っていた『EUが交渉に応じないので、合意なき離脱しか英国には選択肢がない』という責任のなすり合いからうまい具合に逃げた。
エリゼ宮でのマクロン、ボリスの記者会見を見ればわかるが、マクロン大統領は自身の結婚式にでも出席するかのような服装をしていた。それと比較して、ボリスは、送迎リムジンの中で居眠りをしたところを起こされたような感じであった。
記者会見中ずっと、マクロン氏は相手(ボリス)のパフォーマンスを眺めながら、ほくそ笑んでいたに違いない」
内容には若干の差はあるが、私が言いたいことをうまくまとめてくれている。英国に大きな譲歩を与えたように見えた独仏の提案は、逆に英国の立場を弱くするものなのである。
■労働党コービン党首、素早い動き
英国中のメディアがメルケル首相の「30日間の時間制限」発言でどよめき立っていた時、コービン党首は密かに動いた。
野党連合として、是が非でも合意なき離脱を阻止するため、野党党首たちに8月27日(火)に自分のオフィスで集会を持ちたいという招待状を送っていたのだ。果たして、参加者がいるのかわからなかったが、いざ蓋を開けると全員参加となり、集会終了後、コービン党首は以下の発表をした。
「野党の党首が集まり、合意なき離脱を是が非でも阻止することで、合意した。9月3日(火)の議会再開を待ち、阻止を可能とする法案の提出に動く。
最近、ボリスが議会閉会を計画していると噂されているが、この企みをストップさせることを優先する。内閣不信任案動議の提出は、最後の最後まで保留となるだろう」
内閣不信任案の提出を見送るという発言にマーケットは飛びつき、英ポンドは値を戻した。この時点では、議会閉会について、市場はほとんど無関心を装っていたのである。
そして、この日の集会が発端となり、その後、ボリスがどれだけ自分の首を絞めることになるのか、誰も知る由はなかったのである。

(出所:TradingView)
7月24日(水)に保守党の党首就任演説で語ったとおり…
株主:株式会社ダイヤモンド社(100%)
加入協会:一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)