(「田代尚機氏に聞く中国経済(1) 上海株の暴落は中国経済減速が原因ではない!」からつづく)
■世界同時株安の主犯は米国債の暴落懸念
上海株式市場の急落があまりに大きかったので世界の金融市場も影響を受けたが、今回の世界同時株安の背景にあるのは中国とアメリカの政治的な関係だという。特に米国債の暴落懸念が大きな要因だと田代さんは指摘する。
「中国は日本と並ぶ米国債の大量保有国なのですが、昨年(2014年)あたりから大規模な売りを仕掛けています。
QE(金融緩和政策)の影響で米国債は品薄になっており、価格を安定させるのが難しくなっています。こうした状況の中、中国が一方的に米国債の売りを仕掛けるようなことがあれば、米国債価格は暴落(金利は暴騰)しかねません」
(出所:CQG)
米国債は世界の金融市場の要と言えるもの。これが暴落ということになれば世界経済は間違いなく大混乱する。
「中国が米国債を大量売りするのではないかという懸念が高まり、その不安感から世界中で株が売られることになったと私は見ています」
これが今回の世界同時株安の主因なのだが、米国債暴落の危機などと騒ぎ立てるとあまりに不安が広がりすぎるので、中国の景気減速のせいにしているのではないかというのが田代さんの見解だ。
■中国人民元安になると、アメリカには都合が悪い
中国人民元の為替動向も注目すべきところ。田代さんは「中国が人民元安誘導を行うとアメリカは非常に困ったことになる」という。
対米ドルで中国人民元安が進めば、アメリカでは中国からの輸入が増え、中国への輸出が減り、貿易赤字がさらに拡大することになる。
(出所:CQG)
「中国から大量に安価な製品が輸入されれば、アメリカの国内需要を侵食し、特に零細企業は打撃を受けるでしょう。
そうなると雇用がやられます。雇用が不振となれば景気悪化懸念につながり、アメリカの株価を下落させる要因となります」
昨年(2014年)秋に金融緩和を終了したアメリカは現在、政策金利引き上げのタイミングをうかがっている状況だが、政策金利を引き上げる前に景気が悪くなり、株価が下落するのは非常に都合が悪い。
アメリカが景気をコントロールする手段を失うという懸念が広がるだけでも、金融緩和で割高となっている株、債券は暴落しかねないという。
「中国の景気減速でアメリカの対中輸出が多少減る程度なら大したことはないが、人民元安で中国からの輸入が増えるのは勘弁してほしいというのがアメリカの本音でしょう」と田代さん。
田代さんは、中国人民元安で中国からの輸入が増えるのは勘弁してほしいというのがアメリカの本音ではないかとみている
■基準値の算出方法変更で中国人民元安を誘導
アメリカ経済の足を引っ張る要因となる「中国人民元安誘導」はアメリカがもっとも嫌がることとも言えるが、中国は8月11日(火)に中国人民元を約3年ぶりの安値水準に誘導した。
【参考記事】
●中国人民銀行はなぜ人民元安に誘導したのか? 人民元を取引できるFX会社はどこ?
中国人民元は米ドルやユーロ、円のような自由変動相場制でなく、管理変動相場制となっており、中国人民元取引の基礎となる中間レート(基準値)は中国人民銀行[中国の中央銀行]が決めている。
8月10日(月)までは、中国人民銀行が早朝に市場参加者から需給状況をヒアリングし、そうした情報などをもとに、中間レートを決定するといった方法を採っていた。
それが8月11日(火)からは、「前日の終値を参考として、外貨の需給状況、国際主要為替市場の変化を総合的に考慮して中間レートを算出する」と変更された。
中国人民元は8月11日(火)からわずか3日間で、4.6%実質的に切り下げられることとなった。
(出所:CQG)
より市場のメカニズムに近い形となったわけだが、田代さんによると「必ずしも前日終値とぴったり連動しているわけではなく、当局がコントロールする余地は残していると思います」という。
■中国人民元安がどこまで進むかは政治的要因が絡む
今回の中間レート決定メカニズム変更の理由としては、「自国通貨を切り下げて輸出を有利にするため」という説や、「SDR(特別引出権)採用通貨入りを有利に進めるため」などの説がある。
SDRは、加盟国の準備資産を補完する手段として、IMF(国際通貨基金)が1969年に創設した国際準備資産。現在は米ドル、ユーロ、円、英ポンドの4つの通貨で構成されているが、中国は人民元もそこに採用されることを望んでいるのだ。
SDRの構成通貨は5年ごとに見直され、2015年はその年に当たっていたが、構成通貨決定は来年(2016年)に延期されている。
「中国は人民元を世界の主要通貨として認めてもらいたいと考えています。国際通貨として信任されることで、わざわざ米ドル建てにしなくても中国人民元建てで決済できるような形に持っていきたいのです。
SDRに採用されるには、中国人民元のレート決定メカニズムが市場に近いほうがいいので、中間レートの算出方法の変更にはそういう狙いもあると思います」
■中国の人民元安誘導は米国への牽制との思惑も
さらに田代さんは水面下で米中関係の緊張が高まっているかもしれないとも指摘する。
「変更前の制度でもやろうと思えば、簡単に中国人民元安誘導はできたのです。中国はこのところずっと景気が悪いわけですから、日本やヨーロッパが行ったように、自国通貨を安くして輸出促進を狙いたい気持ちは大いにあるでしょう。
あえてそれをせず、米ドルとのペッグを維持してきたのは政治的な要因が大きいと思います。2016年にはアメリカの大統領選挙が行われますが、中国に対して比較的厳しい姿勢で臨む候補者が多いように思います。
人民元安誘導は中国に対して、アメリカが強硬策をとりにくいように牽制しておくというような思惑があるのかもしれません」
田代さんは、アメリカの大統領選挙で、中国に大して比較的厳しい姿勢で臨む候補者が多い中、人民元安誘導は中国に対して強硬策をとりにくいように牽制する思惑があるかもしれないと指摘する
■米中関係が世界経済に大きな影響を及ぼす
気になる今後の動向についてだが、上海株式市場はもう一段下げる可能性があるという。
「上海総合指数は現在の水準で持ちこたえるかもしれませんが、直近安値となる2800ポイントあたりを割り込めば2300~2400ポイントくらいまで下落する可能性もあります」
(出所:CQG)
「そこまで下がればかなり割安となるので買い場となるかもしれません。ただし、上海株が大幅下落となると世界の株式市場も反応し、今回のように世界同時株安となるリスクはあります。そこは念頭に置いた方が良いですね」
田代さんによると、今後の世界経済のキーワードとなりそうなのが米中関係。これが悪化するようなことがあればリスクは高まる。
「中国はできれば人民元安に誘導したいと思っています。需給面から見ても当局が調整しなければ自然と人民元安が進む状況なのですが、現在はアメリカの圧力で4%程度の人民元安で留めています。
もし、米中関係が悪化すれば中国は人民元安が進むように誘導するでしょう。また大量に保有する米国債を売却するというカードをちらつかせることもできます」
アメリカは中国に対して、中国人民元安にならないよう、圧力をかけるとともに、政治的には譲歩せざるを得ない局面も出てくるかもしれない。
このあたりがうまく機能しないと中国は強硬手段に出る可能性もある。急激な中国人民元安に米国債の暴落となれば、世界経済が深刻な状況に陥るのは間違いない。上海株の下落に引きずられた株安程度では済まなくなるだろう。
「ニュースを読んで、米中関係が今どうなっているのか、しっかり把握しておくことが重要です」
と田代さんはアドバイスする。相場の荒波を察知して、うまく乗り切るには、米中関係から目を離さないことがポイントとなりそうだ。
(取材・文/佐乃美歩絵 撮影/和田佳久)
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