■トルコ中銀が金融政策の枠組み変更を決定!
トルコ中央銀行(TCMB)がまた利上げ!?
2018年5月23日(水)。普段どおりなら平穏なはずの東京市場早朝に、トルコリラ/円が突如として急落したと思ったら、その日のうちにトルコ中央銀行が緊急利上げを実施して急反発に転じるなど、トルコリラ相場があわただしい動きを演じたことは、先日、ザイFX!でもお伝えしたとおりです。
【参考記事】
●トルコ中銀の緊急利上げでトルコリラ急反発! 政策金利の事実上の上限金利は16.50%に
●【謎】トルコリラが半年間に2回も朝7時すぎ~7時10分すぎに急落したのはなぜか?
緊急利上げを受けて、トルコリラ/円の下落にはいったん歯止めがかかったかのように見えたため、トルコ中央銀行の行動は一定の効果を上げたかのように思えたのです。
ところが、この利上げからわずか5日後の5月28日(月)に、トルコ中央銀行はいきなり「金融政策運営の体制に関するアナウンス」と題したリリースを発表。
6月1日(金)から、金融政策を新たな枠組みで運営していくことを決定したと通知しました。
せっかく利上げしたばっかりなのに、金融政策そのものを変更するってどういうこと? しかし、発表された内容を見てみると、実質的な追加利上げのような形にもなっています…。
高金利通貨として日本人投資家からの人気も高いトルコリラですが、そもそも、伝わってくるニュースは米ドルやユーロなどと比べると少ないですし、ましてや金融政策などに関して詳しく知ることができる機会はそれほど多くありません。
そこで、今回は、トルコの政策金利の種類やその役割、トルコ中央銀行が6月から適用する金融政策の新たな枠組みなどについて、少し掘り下げてご紹介していきたいと思います。
■トルコの金融政策は3つの政策金利からなっていた
まず、これまでのトルコ中央銀行の金融政策のあらましを振り返っていきましょう。
トルコでは従来、3つの政策金利によって金融政策がコントロールされてきました。
そのうちの1つでメインとなる主要政策金利だったのが「1週間物レポ金利」です。これは、金融機関が1週間後に決済を行う条件で、中央銀行から資金を調達する際に適用される金利のことです。いっしょではありませんが、核となる金利という意味では、FRB(米連邦準備制度理事会)のFF(フェデラル・ファンド)レートと同じようなイメージです。
そして、その1週間物レポ金利の水準を挟むように、市場金利の事実上の上限となる「翌日物貸出金利」と、市場金利の事実上の下限となる「翌日物借入金利」が存在し、1週間物レポ金利、翌日物貸出金利、翌日物借入金利という3本柱の政策金利をコントロールすることで、金融政策を行ってきました。
この3つの政策金利の、ここ数年の推移を表したのが以下のグラフです。
※トルコ中央銀行のデータを基にザイFX!が作成
もう少し詳しく解説します。
翌日物貸出金利とは、金融機関が翌日に決済を行う条件で、中央銀行から資金を調達する際に適用される金利のこと。「貸出」というのは、中央銀行側から見た表現であり、中央銀行が金融機関にお金を貸し出すことを意味しています。
そして、銀行間の取引金利、要するに市場金利が翌日物貸出金利よりも高ければ、金融機関は市場で資金を調達するよりも中央銀行から借りたほうがお得になるわけですから、この翌日物貸出金利は、市場金利の事実上の上限金利ということになります。
一方の翌日物借入金利とは、金融機関が翌日に決済を行う条件で、余っている資金を中央銀行に預け入れる際に適用される金利のこと。「借入」というのは、中央銀行側から見た表現であり、形としては中央銀行が金融機関からお金を借り入れていることになります。
そして、市場金利がこの翌日物借入金利よりも低ければ、金融機関は市場で資金を運用するよりも中央銀行に預けておいたほうがお得になるわけですから、この翌日物借入金利は、市場金利の事実上の下限金利ということになるのです。
1週間物レポ金利を挟んで設定された、この事実上の上限金利(翌日物貸出金利)と事実上の下限金利(翌日物借入金利)の金利の幅(差)のことを、マーケットでは「金利コリドー」と呼びます。
コリドー(corridor)とは、日本語では回廊や通路といった意味。金利コリドーの幅は、拡大したり縮小することはあっても交わることはなく、グラフ上では帯や道路のように推移していることから、このように言われているんだそうです。
ちなみに金利コリドーを用いた金融政策を行っているのはトルコだけではありません。意外に思われる方もいるかもしれませんが、日本やユーロ圏もそうなのです。
日銀やECB(欧州中央銀行)がマイナス金利を導入しているというのはご存知の方が多いと思いますが、これは、どちらも金融機関が中央銀行に資金を預け入れる際に適用される金利、つまり金利コリドーの下限がマイナスという意味です。要するに、使わずに中央銀行に預け入れたらマイナスの金利を課すから、積極的に融資や投資を行ってお金の流れを良くしなさい!という意図があるのです(日本の場合、マイナス金利が実際に適用される部分はごく一部でしかありませんが…)。
■第4の政策金利とは?
話が少し逸れましたが、伝統的にトルコ中央銀行は、1週間物レポ金利、翌日物貸出金利、翌日物借入金利の3つの政策金利を上下動させることで、インフレや国外からの資金流入の量をコントロールしたり、景気を浮揚させてきました。
しかし、以下に先ほどのグラフを再掲載しますが、ここ数年、この3つの政策金利は、ほぼ横ばいで推移しています。
※トルコ中央銀行のデータを基にザイFX!が作成
トルコリラ安が進み、トルコのインフレが高止まりしているため、本来であれば政策金利を引き上げることで対応しなくてはいけないにもかかわらずです。
なぜなのか?
それは、独裁色の強いトルコのエルドアン大統領が、景気浮揚や自身の人気取りのために、政策金利の引き上げに反対してきたためで、トルコ中央銀行が思うように利上げできない状態が続いていたからです。
そこでトルコ中央銀行は2017年1月以降、1週間物レポ金利による資金供給を停止して、本来、金融機関の資金不足回避のための最終的な手段として例外的に導入していた、第4の政策金利である「後期流動性貸出金利(後期流動性ウィンドウ金利)」を実質的な上限金利として使用する政策へ転換しました。
【参考記事】
●トルコ中銀の緊急利上げでトルコリラ急反発! 政策金利の事実上の上限金利は16.50%に
これにより、多くの金融機関が後期流動性貸出金利を適用して資金調達を行っていると見られるようになり、後期流動性貸出金利がトルコの事実上の政策金利と見なされるようになったのです。
上の【参考記事】でもお伝えしましたが、2018年5月23日(水)のトルコ中央銀行による緊急利上げでは、この後期流動性貸出金利が一気に3%も引き上げられ、16.50%になったのです。
※トルコ中央銀行のデータを基にザイFX!が作成
しかし、利上げに反対するエルドアン大統領の意向をなんとかうまい具合にかわそうとする意図があったのかもしれませんが、皮肉にもこの複雑な金融政策が、政策の不透明さや先行きの予測をしづらくさせているといった指摘は多かったようです。このことも、トルコリラを下落させてきた一因だったのかもしれません。
そこで、最初の話に戻りますが、トルコ中央銀行は6月1日(金)から、金融政策の枠組みの簡素化を実施すると発表したのです。
■1週間物レポ金利が復活し、事実上の利上げを慣行!
トルコ中央銀行による新たな金融政策とは、
●メインとなる政策金利として1週間物レポ金利の使用を再開する
●1週間物レポ金利を後期流動性貸出金利に等しい16.50%に引き上げ
●翌日物貸出金利を1週間物レポ金利の+1.50%に設定(18.00%)
●翌日物借入金利を1週間物レポ金利の-1.50%に設定(15.00%)
という内容。
グラフで表すと、6月1日(金)からは以下のような感じになるわけです。
※金利の推移がわかりやすいように後期流動性貸出金利をグラフから除外し、6月1日(金)から適用される金利の水準をしばらく先延ばして表示
※トルコ中央銀行のデータを基にザイFX!が作成
1週間物レポ金利が現在の後期流動性貸出金利の水準と同じになるため、今後、後期流動性貸出金利は事実上、機能しなくなります。そのうえで、1週間物レポ金利を中心に、まずは3%の金利コリドーを適用して、柔軟な金融政策を行えるようにするということ。
金利コリドーの上限である翌日物貸出金利が18.00%ということは、市場金利の事実上の上限金利が18.00%という意味です。これまで、後期流動性貸出金利の16.50%が事実上の上限金利だったわけですから、実質的な利上げにもなります。
トルコ中央銀行は新たな枠組みが開始される6月1日(金)に、技術的な詳細もあわせて公表し、今後は情報を一般公開することも発表しています。
この発表を受けて、トルコリラは上昇し、トルコの10年債利回りは急落、トルコの主要株価指数は大きく上昇しました。
■6月にはトルコ大統領選もあるけれど…
本来、「通貨の番人」の役割を担う中央銀行は、政治的な干渉を受けることなく金融政策の決定を行う独立性が重視されるべき機関です。しかし、ことトルコにおいて気になるのは、6月の大統領選を控えて、再選を確実なものにしたいと考えているエルドアン大統領が、今回のトルコ中央銀行の決定にどんな見解を示すかです。
【参考記事】
●下落止まらぬトルコリラ相場を天才トルコ人ストラテジストが解説! 山場は6月大統領選
●トルコ人エミン氏がズバリ直言。シリアよ、落ち着け! その時トルコリラは逆に動き出す
これまで散々、トルコ中央銀行の利上げを牽制してきたわけですから、黙って見過ごすことは少し考えにくいような気もするのですが、もしかしたら、水面下でなにかしらのディールがあったのでしょうか…?
トルコリラ/円の日足チャートは、ひとまず下落が一服し、底打ちの足場固めを行っているように見えなくもありません。
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:トルコリラ/円 日足)
しかし、新しい金融政策の枠組みが実施される6月1日(金)以降、マーケットがこの金融政策をどのように評価していくかはまだわかりません。
まだまだ利上げの余地があるとして、機関投資家が利上げを催促するように、トルコリラ売りを仕掛けてくるようなこともあるかもしれません。
当面、トルコリラの相場から目の離せない展開が続きそうですね。
(ザイFX!編集部・堀之内智)
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