■ベネズエラが10万分の1のデノミを実施!
世界一の石油埋蔵量(推定)を誇り、かつては南米で屈指のお金持ち国家だった歴史を持つ、南アメリカ北部の連邦共和制国家、ベネズエラ(正式名称「ベネズエラ・ボリバル共和国」)。
(出所:Google)
ベネズエラがとんでもないハイパーインフレに見舞われ、デフォルト(債務不履行)の危機が迫る中、原油価格に連動した国家が主導する世界初の仮想通貨「ペトロ(petro)」を発行して注目を集めたことは、ザイFX!でもご紹介したことがありました。
【参考記事】
●インフレ率2616%、通貨暴落のベネズエラ。仮想通貨ペトロを政府が発行して危機脱却!?
ただ、2018年2月に正式発行されたペトロのその後の動向はあまり聞くことがなく、伝わってくるのはベネズエラのインフレ上昇が止まらず、経済の混乱が一段と悪化しているといった悪いニュースばかりでした…。
こうした中、ベネズエラ政府は2018年8月20日(月)に、通貨単位の表記を10万分の1に切り下げるデノミ(デノミネーション)を実施しました。これは、信じられないようなインフレの進行でトイレットペーパーを買うにも大量の札束を持ち歩かないといけなくなるなどといった利便性の悪さにも対応するための措置です。
これまで流通していたボリバルフエルテという通貨の単位からゼロを5つも取っ払った、新たな通貨「ボリバルソベラノ」を発行して、ボリバルフエルテ10万通貨分と、1ボリバルソベラノを交換するということなのです。
本来は6月に1000分の1のデノミを実施する予定だったようなのですが、準備が追いつかず、その間にインフレが猛烈なペースで進んでしまったために、10万分の1のデノミに踏み切ったんだそうです…。
■米ドルに対し、96%もの大幅な通貨切り下げ!
そして、これと同時に米ドルに対するボリバルフエルテの公式為替レートを96%も切り下げるという政策も実施しました。96%ということは、日本だと1万円が400円の価値しかもたなくなってしまうということです!(なぜ、96%もの大幅な切り下げを行ったのかについて、詳しくは後述します)
このような大規模な政策を実施するため、一時的な送金や決済システムの停止が必要となり、ベネズエラは20日(月)を休日にして対応を進めたようです。
■これで経済が安定するってホント?
野党勢力が過半数を占めるベネズエラの国民議会が公表するデータでは、ベネズエラの2018年6月のインフレ率は年率で4万6300%を超え、7月には同8万2700%を上回る驚異的なペースでインフレの上昇が進んでいます。
JETRO(ジェトロ、日本貿易振興機構)の報告によると、2018年1月のベネズエラの平均給与額は月80万ボリバルフエルテで、そんな中で卵1ダース(12個)の値段は32万ボリバルフエルテと、給料の4割を占めていたんだそう。卵を買ったら給料の40%が吹っ飛んでいたということです。
しかし、そこからインフレは一段と悪化し、7月時点の卵1ダースの価格は64万ボリバルフエルテ、1月の給与水準でみると、給料の約8割まで価格が急騰していたんだそうです。
この間、政府は4回にわたって最低賃金の引き上げを実施してきましたので、平均給与額も上がっていたはずですが、焼け石に水だったのでしょう。というか、モノ不足で貧困も問題になっているのに、賃金を引き上げたらそりゃ物価も上がるでしょうと思うのですが…。
IMF(国際通貨基金)は2018年4月に発表した世界経済見通しで、下図のように2018年のベネズエラのインフレ率を1万3865%と予想していました。
※2017年以降(破線部分)はIMFの予測値(2018年4月時点)
※IMFのデータを基にザイFX!が作成
これだけでもスゴいのですが、ベネズエラでそれ以上に想像を超える物価上昇が続いたため、IMF高官が7月時点で、年末までに1000000%(100万%)を突破するとの見通しを示したことは、結構、大きなニュースとして取り上げられていました。
ベネズエラでは今回の政策実施にあわせて、向こう数週間で最低賃金を現在の60倍に引き上げたり、法人税率の引き上げやガス料金の値上げなども実施することが明らかになっています。
でも、最低賃金が60倍に増えても通貨価値が96%も切り下げられたら、どうやっても卵が買えなくなりそうな気が…。
こうしたことから、市場ではベネズエラで一段と深刻なハイパーインフレが起きると懸念する声が挙がっています。しかし、ベネズエラのマドゥロ大統領は「今回の措置で経済が安定して国民の購買力は上昇するはず」と、自信を強めているようです。経済の専門家ではない記者から見ても、どうしたらそんな楽観的なシナリオが描けるのか、まったく理解ができないのですが…。
■闇市場の為替レートがお手本に!?
ベネズエラにはかつて、食料品や医薬品などといった生活必需品を輸入するときに適用される「DIPRO(ディプロ)」と呼ばれる政府が導入する為替レートがありました。これは1米ドル=10ボリバルフエルテで固定(厳密には多少の変動があります)されていましたが、2018年2月に廃止されています。
それに取って代わったのが、2017年に導入されていた補足的外貨システムの役割を果たす変動相場制の「DICOM(ディコム)」というもので、これが、2018年2月以降はベネズエラの公式な為替レートとみなされる存在になっています。このDICOMにおける米ドル/ボリバルフエルテの8月17日(金)の終値は、1米ドル=約24万8520ボリバルフエルテでした。
しかし、DICOMはあくまで政府の公式レートです。急速なインフレでボリバルフエルテの価値は紙くずのようになっていて、ベネズエラの街中で一般的に取引される非公式の為替マーケット、いわゆる「闇市場」におけるボリバルフエルテのレートは、1米ドルが約600万ボリバルフエルテと、とんでもなく価値が下がっていたのです。
※ボリバルフエルテの下落の様子がわかりやすいよう、価格の軸(縦軸)を反転して表示
※Dolartoday.comのデータを基にザイFX!が作成
DICOMも下のチャートのとおり、公式為替レートになった2月から対米ドルでダラダラとボリバルフエルテ売りが進み、7月あたりからガクッと暴落しました。それでも25万ボリバルフエルテ近辺と、闇レートとは大きな開きがあったのです(このチャートも、ボリバルフエルテの暴落の様子がわかりやすいよう、価格の軸(縦軸)を反転して表示してあります)。
(出所:Bloomberg)
そこで、ベネズエラ政府は公式為替レートを切り下げて、1米ドルを600万ボリバルフエルテにすることを決定したのです。つまり、政府が公式の為替レートを、闇市場の取引レートに寄せたというわけです。
24万8520ボリバルフエルテが600万ボリバルフエルテになったというわけですから、今までの為替レート水準から96%も切り下げられたということになります。
そのうえで10万分の1のデノミを実施し、1米ドル=600万ボリバルフエルテを、1米ドル=60ボリバルソベラノという通貨表記に変更したというのが今回の経緯になります。
■新通貨が仮想通貨にリンク。仮想通貨本位制の導入へ
ところで、今回のデノミと通貨価値の切り下げで鍵を握るのが、冒頭でも少し触れ、ザイFX!でも以前ご紹介したベネズエラの仮想通貨「ペトロ」です。
【参考記事】
●インフレ率2616%、通貨暴落のベネズエラ。仮想通貨ペトロを政府が発行して危機脱却!?
8月17日(金)に、ベネズエラ政府は新たに発行した通貨「ボリバルソベラノ」を、ペトロの価格に裏付けると発表したのです。
ベネズエラ政府によると、現在、1ペトロの価値は60米ドルに設定されています。今回の通貨の切り下げとデノミの実施で、1米ドルは60ボリバルソベラノになったわけですから、1ペトロは3600ボリバルソベラノになるということです。
投資ブログメディア「Market Hack」の編集長で、ザイFX!にも記事を寄稿してくれる米国在住の広瀬隆雄さんは、これを「仮想通貨本位制の導入」と表現しています。
■仮想通貨の中央銀行ができる!?
経済活動が崩壊し、原油生産量の大幅な減少が予測されるなかで、2018年のベネズエラの成長率は3年連続で2ケタのマイナスになることが予想されています。失業率は30%を超えていて、多くの国民が母国を捨てて近隣諸国に逃亡しているとも言われています。
※2017年以降(破線部分)はIMFの予測値(2018年4月時点)
※IMFのデータを基にザイFX!が作成
国家の威信をかけた仮想通貨ペトロは、2018年2月に無事発行されましたが、現時点で実際に売買が行われているのか、本当に原油価格に連動しているのかなどの正確な情報はわからないそうです。
マドゥロ政権が6月に、ペトロの売却益が目標に達しなかったとの理由で当時の仮想通貨の監督役を解任したとも伝わっていますので、政府が強調しているほど仮想通貨の導入は成功していないのかもしれませんね。
こうした中で、先日はベネズエラ制憲議会が仮想通貨の中央銀行を設立することを含めた憲法改正の準備をしていることが明らかになっています。
制憲議会とは、憲法改正を目的に設立される臨時的な立法機関で、議会の無効化もできるほど強い権限を有する機関のことです。2017年7月に、マドゥロ大統領が与党の反対を押し切って強行発足させたベネズエラの制憲議会は、メンバーの全員が与党という、ありえない組織になっています。簡単に言ってしまえば、ベネズエラは独裁国家に近いわけです。
このことが一段と欧米の反感を買うきっかけにもなったわけですが、国民からの人気も低かったマドゥロ大統領が5月の大統領選挙でなぜか再選を果たし、欧米各国によるベネズエラへの経済制裁も解除される見通しはまったく立たなくなったことから、ベネズエラはさらなる窮地に陥る可能性が高いと考えられています。
■おなじみのトルコはデノミでインフレが落ち着いた!?
FXをやっていて、普段、いろいろな通貨を見ることの多いトレーダーの方も、10万分の1への大胆なデノミや大幅な通貨の切り下げ、通貨を仮想通貨に裏付けるなどといった政策が、その国の経済や世界の金融市場に与える影響は、なかなか想像しにくいと思います。記者も正直、わかりません。
しかし、ほんの10年ちょっと前には、ここのところ為替市場の話題を独占しているトルコの通貨トルコリラも、デノミを実施して通貨表記を変更した歴史があります。
【参考記事】
●下落止まらぬトルコリラ相場を天才トルコ人ストラテジストが解説! 山場は6月大統領選
●トルコリラ/円が一時、16円台まで暴落! トルコリラ急落の震源地はユーロか!?
●トルコリラ/円は一時15円台まで大幅続落! 原因はトランプとエルドアンの両大統領!?
トルコがデノミでどうなったのかというと、インフレが落ち着き、経済が好転したという事実があります(ただ、トルコはデノミを実施しただけで、今回のベネズエラのように通貨価値の切り下げは行っていません)。
トルコのデノミに関しては後日、詳しい記事を公開する予定でいますが、ベネズエラも同じようにデノミが功を奏す可能性はゼロではないということなのでしょうか?
ザイFX!では今後も、ベネズエラに大きな動きがあれば紹介していく予定です。
ベネズエラの通貨自体を取引できる国内のFX会社も見当たりませんし、はっきり言ってしまえば対岸の火事のような出来事かもしれませんが、普段取引している通貨の単位や通貨の価値が突然変わることもありえるということは、覚えておいて損がないと思います。
(ザイFX!編集部・堀之内智)
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