■ベネズエラの通貨が大暴落中!
イキナリですが、以下のチャートをご覧ください。
※Dolartoday.comのデータを基にザイFX!が作成
ものすごい暴落を演じていますが、実はこれ、南アメリカの北部にある連邦共和制国家、ベネズエラ(正式名称「ベネズエラ・ボリバル共和国」)の通貨、ボリバルフエルテの対米ドル相場(※)の推移を示した日足チャートなのです。
(※:上のチャートではボリバルフエルテの暴落の様子がわかりやすいよう、価格の軸(縦軸)を反転して表示してあります)
ベネズエラには、政府が導入している「DIPRO(ディプロ)」と呼ばれる公式為替レートがあります。2008年に、通貨の価値を1000分の1に切り下げるデノミネーション(デノミ)を実施して、それまでのボリバルからボリバルフエルテに通貨を切り替えました。
ボリバルフエルテはその後、2016年の実質的な切り下げ措置を経て、現在は1米ドル=10ボリバルフエルテで固定されています(厳密には多少の変動があります)。
じゃあ、ボリバルフエルテが大暴落している上のチャートは何よ? ということになるのですが、これは合法的な外貨購入時に適用される公式レートではなく、一般的に街中で取引される非公式の為替マーケット、いわゆる「闇市場」での取引レートなのです!
いったい、ベネズエラでは何が起こっているのでしょうか……。
■原油埋蔵量世界一の国家がなぜ…?
国際エネルギー企業BPが発行する最新のエネルギー白書によると、ベネズエラで確認されている原油埋蔵量は、なんと世界一!
※BPのデータを基にザイFX!が作成
原油といえばサウジアラビア、みたいなイメージがありますが、ベネズエラの原油埋蔵量は、ここ数年でサウジアラビアを抜いてトップになっています。実際に回収が可能な原油の埋蔵量はそんなに多くないとみる専門家もいるようですが、ベネズエラはかつて、OPEC(石油輸出国機構)の設立にも尽力した石油大国なのです。
そのベネズエラの石油が占める輸出収入の割合は、2014年時点で実に96%! 極端な石油依存体質でもあります。
そのため、かつては石油の輸出で莫大な外貨を獲得し、南米で屈指のお金持ち国家だった歴史もありました。しかし、そこにあぐらをかいた放漫財政もアダとなり、1980年代の原油価格急落で、経済状況が悪化の一途をたどっていきます。
その後、主要企業や生産設備の強制的な国有化で起きた採算度外視のずさんな経営で、ベネズエラの財政状況はさらにひっ迫。石油以外にこれといった主要産業がなく、食料品を含む生活必需品の多くを輸入に頼っているベネズエラは深刻なモノ不足におちいり、国内で物価が急騰するインフレーション(インフレ)が常態化していったのです。
さらに、2014年あたりからの世界的な原油安が追い打ちとなって、ここ数年のベネズエラ経済はハイパーインフレに直面するという、まさに危機的な状況となっています。
(出所:Bloomberg)
■原油価格は持ち直しているけれど…
ここ最近は原油価格が少し上昇しているため、ベネズエラの財政状況も多少は良くなっていると思ったのですが、実際のところは違うようです。
OPEC主導の協調減産による自発的なものではなく、非効率な投資や設備の老朽化などで、ベネズエラの原油生産量はここのところ、ずっと減少傾向にあります。
※BPのデータを基にザイFX!が作成
さらに、欧米による経済制裁の影響もあって、経済の状況は一段と深刻になっているとのことです。
こうした中、財政赤字を穴埋めしようと政府が中央銀行に圧力をかけて大量の紙幣を発行させた結果、闇市場でボリバルフエルテの価値が暴落し、物不足があわさってハイパーインフレが加速するという、最悪の事態になっているのです。
■まさに異常事態。コーヒーの値段が44万%も上昇!?
ベネズエラの中央銀行は、2016年から主要な経済指標の公表を停止しています。そのため、正式なデータは存在しないのですが、国会が独自に集計した主要都市の2017年のインフレ率は前年比でプラス2616%になったとのこと!
日本円でたとえれば、1年前に100円だったものが、今は2716円を払わないと買えないということです。300円の牛丼は、8000円以上になる計算…。
IMF(国際通貨基金)が公表した最新のデータでは、ベネズエラの2016年のインフレ率はプラス302%だったので(これもスゴイ数字ですが…)、2017年はさらに、とんでもないインフレに見舞われたことになります。しかも、IMFは2018年にはベネズエラのインフレ率が2500%を超え、2020年には4000%をも上回りそうだと予測しています。すごい…。
※2017年以降の値(破線部分)はIMFの予測によるもの
※IMFのデータを基にザイFX!が作成
また、米大手通信社ブルームバーグが独自に算出した指数によると、ベネズエラではコーヒー1杯の値段が直近の3カ月でなんと、年率440000%も上昇したんだとか!! ちょっと想像がつきませんね。
物価上昇率が2%に達していないことに苦慮している日本、米国、ユーロ圏なんかとは、どえらい違いです。
ちなみに、JETRO(ジェトロ、日本貿易振興機構)のデータによると、ベネズエラの政策金利は2017年11月現在で29.5%と、ものすごい高金利となっています。
こんな状況を受けて、もともと独裁色が強く人気の低かったマドゥロ大統領の支持率はさらに低下。ベネズエラ国内ではデモが相次ぎ、多数の死者が出たりしています。また、食料品や医療品の極端な不足、治安悪化などで、市民生活が混乱に陥る危機的状況となっているそうです。
■デフォルトまで待ったなし!?
さらに、マドゥロ大統領の独裁体制が一段と強まったことを非難して、欧米各国が経済制裁に踏み切ったことが、ベネズエラ経済にさらなる打撃を与えています。
米国ではトランプ米大統領が2017年8月に、米国内でベネズエラ政府と同国の国営石油会社PDVSA(国営ベネズエラ石油)の、新規融資取引を禁止する経済制裁を発動。米国への石油輸出は禁止になっていないものの、ベネズエラは一段とダメージを被ることになりました。まさに、泣きっ面に蜂の状態です。
こうしたことを受け、マドゥロ大統領は2017年11月に、償還や利払いが不能となってデフォルト(債務不履行)に陥る事態を避けるため、債権者に対して対外債務の整理を実施すると通告しました。
ところが、債務再編交渉は破談し、一部の利払いが一時的に実行されていない状態となったため、米大手格付け会社のスタンダード&プアーズは、ベネズエラの外貨建て長期国債の格付けを、債務の一部が予定日に履行されなかったことを示す「選択的デフォルト」に引き下げました。
ISDA(国際スワップ・デリバティブ協会)は、ベネズエラ国債とPDVSAが発行した社債をデフォルトと認定し、デフォルトによる損失の補填を受けることができるCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を保有している投資家は、すでに保険金を受け取ることが可能になっています。
今のところ、ベネズエラ政府による債務返済の努力が続けられていることから、ベネズエラが完全なデフォルト状態になったと認定されたわけではありません。しかし、原油生産量の減少に歯止めが掛からない中で、景気の後退と超ハイパーインフレは今後もさらに進んでいくことが予想されます。
一部の報道によると、ベネズエラの対外債務残高は1500億ドルを超えているんだそうです。それに対して、米ドル建ての外貨準備高は現在、100億ドルにも満たない状況です。
※暫定値を含む
※ベネズエラ中央銀行のデータを基にザイFX!が作成
今の状況が続けば、そう遠くない将来に、ベネズエラが完全なるデフォルトに陥る可能性が高いかもしれませんね…。
■危機脱却の切り札は「仮想通貨」!?
こうした危機的な状況から脱却したいベネズエラ政府が、光明を見出そうと触手を伸ばしたのが、なんと、仮想通貨市場です。
ベネズエラでは、暴落する法定通貨ボリバルフエルテに代わって、ビットコインがかなり大量に流通して使用されているようで、そこに目を付けたマドゥロ大統領は2017年12月、ベネズエラ産の原油、金、ダイヤモンドなどの天然資源を裏づけとした独自仮想通貨「ペトロ(petro)」を、1億単位発行すると発表しました。まさに、国家の威信をかけたICOです。
【参考記事】
●「ICO」とは? 「IPO」と何がどう違うの? テックビューロ発、「COMSA」のしくみは?
●仮想通貨初心者でも1分でわかる「ビットコイン」の基礎知識!
一部報道によると、発行時の価値は60億ドル(6500億円)を上回る規模になるということです。ベネズエラ政府は先日、機関投資家向けのプレセール(事前販売)を2018年2月15日(木)に実施すると発表しました。
プレセールでは3840万ペトロが発行され、早い段階で購入した投資家には、最大で60%の割引が適用されると報じられています。そして、その1カ月後に、一般向けとして4400万ペトロが発行されるスケジュールになっているようです。
こうしたことを受けて、これまでは違法とされてきたベネズエラ国内でのマイニング(採掘)も認められるようになったとのこと。
ベネズエラ政府は昨年(2017年)、国民に向けて、ペトロのマイニングを行うマイナーの募集を行い、そこには現在、86万人以上の登録が集まっているとも伝わっています。そのうち、すでに30万人が、マイニングソフトによって各コンピューターを結びつける作業を開始しているといった報道もあります。
【参考記事】
●【超初級】 ビットコイン・仮想通貨入門(5) マイニングとはいったい何をしているのか?
■起死回生、逆転満塁ホームランはある?
ただ、ベネズエラの財政状況はお伝えしたように散々な状況ですから、そんな国の政府が発行する仮想通貨も信用されず、流通が始まればボリバルフエルテと同じように、価値がガタ落ちになるという見方は多いようです。
米国では財務省が、ペトロの取引は米国のベネズエラに対する制裁に違反する可能性があり、法的なリスクにさらされるかもしれないと投資家に警告していて、すでに前途多難な感じもします。
でも、信じる人が多数になれば、今のところ1億通貨単位という発行上限が設定されているペトロの価値は、もしかしたら上昇するかもしれないし、国家の新たな外貨獲得手段として、世界中から大きな注目を集めることになるかもしれません。
ペトロは、米ドルなどの法定通貨や、ICOと同じように、ビットコインやイーサリアムなどの流通性のある仮想通貨を利用して購入できるしくみとなっているようです。
もし米ドルが上昇し、さらにペトロの発行で購入者から受け取ったビットコインなどの仮想通貨が大きく値上がりすれば、ベネズエラ政府にとっては起死回生の一発、逆転満塁ホームランになるかもしれません。当然、逆のパターンも十分に考えられますが……。
■国家主導のICO計画はベネズエラだけじゃなかった!
実は、世界有数のデジタル国家、北欧のエストニア共和国も、公的サービスの電子化プロジェクトの一環として、政府を発行主体とする仮想通貨「エストコイン(Estcoin)」を発行し、ICOを通じて資金を調達するという計画を2017年8月に発表しています。
計画の発表はベネズエラよりも、エストニアの方が先です。もしかしたらベネズエラのペトロは、このエストコイン計画からヒントを得たのかも?
ただ、エストコインの発行に向けた具体的なスケジュールは、まだ公式に発表されていません。エストコインはユーロの価値に裏づけられた仮想通貨となるそうですが、これについてはECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁が、「ユーロ圏の通貨はユーロだけ」と、否定的ともとれる発言をしています。
ほぼ中央集権型のしくみを導入しているリップルは例外ですが、仮想通貨とは本来、企業や国家、中央銀行といった管理者が存在しないしくみです。
今の段階だと、2018年2月にプレセールを実施すると発表されたペトロの方が、先に運用を開始することになる可能性が高そうな感じです。そうなればペトロは、国家が主導する世界初の仮想通貨ということになります。
ペトロに関しては、今のところは「どうせ成功しないだろう」という、冷ややかな見方の投資家が大半を占めているということです。しかし、エストコインも含め、国家が主導する中央集権型の仮想通貨が誕生することによって、仮想通貨市場の将来性が一段と期待できるようになる可能性だってあるかもしれません。デフォルト危機に瀕したベネズエラの行方とともに、注目しておきたいですね。
ちなみにサクソバンク証券の親会社であるサクソンバンクは、「2018年大胆予測」の中で、「中国が電力消費の少ないマイニング(採掘)を可能にする公的な後ろ盾をもつ仮想通貨を導入する」ことを予測しています。
もしも本当に中国のような大国が公的な仮想通貨を導入するようなことがあれば、非常に大きなインパクトがありそうですね。
このことについては、以下の記事でご紹介していますので、こちらもご参考に。
【参考記事】
●2018年のビットコイン相場を大胆予測! 6万ドルまで爆上げ後、1000ドルまで暴落!?
(ザイFX!編集部・堀之内智)
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