明春、2019年3月に予定されている英国のEU離脱(ブレグジット)。離脱を決めた2016年の国民投票以降ずっと、あーだこーだと問題は山積みの様子です。
ただ、日本にいると、この問題について突っ込んだ話を聞ける機会は少なく、実際のところ、どうなっているんだろう? と気にしている人も多いのでは? そこで、今回、ザイFX!では、英国在住の元為替ディーラー、松崎美子さんにBrexitに関する最新情報などをまとめた緊急レポートをご寄稿いただきました(ザイFX!編集部)。
英国EU(欧州連合)離脱交渉終了まで、あと半年を残すばかりとなりました。
【参考記事】
●緊急特集:EU離脱・英国国民投票まとめ。まさかのEU離脱で世界に激震
本来であれば、2018年10月中旬に開催されるEU首脳会談(サミット)で最終合意を取り付ける予定でしたが、EU側は11月に臨時サミット開催を決め、合意期限が1カ月延長されました。
果たして、11月に合意は可能なのか? 英国ではどのような議論がなされているのか? 今回は、英国に住む私、松崎美子ならではの「Brexit(ブレグジット)最新の進捗状況」をお伝えしたいと思います。
■日本におけるBrexit報道は、正確ではないかも!?
本題に入る前に、どうしてもお伝えしたいことがあります。
それは、日本におけるBrexit関連の報道が必ずしも正確ではないということです。
今後、Brexit交渉が進むにつれ、日本に住む個人投資家さんが、情報を誤解したまま受け取ることになるのだけは耐えられませんので、ここで、きちんと説明したいと思います。
先日、日本人のFX関係者の方と話をしていて、「おやっ?」と思うことがありました。
それは、「英国が合意なしで欧州連合(EU)を離脱する『ハードBrexit』が起きる可能性が、じわじわと高まりつつあるように見える」とおっしゃったことから始まりました。
結論から申し上げますと、「No deal Brexit(合意なき離脱)」と「ハードBrexit」は違います。
■Brexitには、ソフト・ハード・合意なしの3種類がある
Brexitには、「ソフト」・「ハード」・「合意なし」の3種類ありますので、まず、簡単に説明しましょう。
「ソフトBrexit」とは?
Brexit後も英国は、関税同盟(あるいは単一市場)に残留するパターンのBrexitを「ソフトBrexit」と呼ぶ。
これにより、アイルランド国境問題が一気に解決され、金融業界や企業にとっても朗報となる。
ただし、関税同盟に残るということは、英国は世界各国と独自の通商交渉が結べない(EUの通商交渉内容をそのまま継続する)ことに加え、EUに対する「手切れ金」を2064年まで払い続けることになる。
そして、英国がもっとも望んでいる移民・難民の制限が難しくなる。
「ハードBrexit」とは?
2年間の交渉終了後、2020年12月末まで予定されている移行期間中は、今までどおり、単一市場・関税同盟(あるいは、そのうち1つ)に英国が残留。
その間に、アイルランド国境問題(※)の解決を目指すパターンのBrexitを「ハードBrexit」と呼ぶ。
(※編集部注:英領北アイルランドとアイルランドとの間にある国境を巡る歴史的にも根が深い問題。1998年の和平合意により、両地域の間に検問所はなくなり、通商面などで大きなメリットをもたらしたが、Brexitによって厳格な国境管理が復活することで検問所も復活する可能性が高いため、英国・アイルランド双方の意見が対立。英国のEU離脱への障壁となっている)
(地図データ:Google)
「No deal Brexit(合意なき離脱)」とは?
2年間の交渉で合意に至らず、何の取り決めもないまま、英国がEUを離脱するパターンを「合意なき離脱」と呼ぶ。
離脱した瞬間から、英国は独自の関税比率を設定し、税関での輸入品検査などすべて自分たちの手で行なわなければいけない。その作業にどのくらいの時間がかかるかがわからないため、食品がスーパーに並ばなかったり、輸入関税で物価が高騰するリスクが心配されている。
英国政府は「合意なき離脱」リスクをある程度、想定して、すでに薬品と医療関係器具などの備蓄を始めており、関係各社との連携作業を進めているところ、と伝えられている。
当然であるが、英国経済や法律面、ビジネス活動などがパニックを起こす危険性が高まる。
アイルランドと北アイルランド間のモノの移動の際、関税検査のチェックポイントが設置される。このチェックポイントは見方を変えれば、国境管理と見なされ、1998年のベルファスト和平合意が無効になるという意味にも受け取れる。
このシナリオで英国が恩恵を受けるのは、EUへの手切れ金の支払いがなくなるため、その資金をパニック状態の英国経済に投入することができる点。それに加え、関税同盟に残留しないので、英国は世界中の国々と独自の通商交渉が結べる点であろう。
お伝えした3つのパターンのBrexitについて、わかりやすく表にまとめてみましたので、参考にしてください。
※筆者作成
■メイ首相の「EU離脱白書」は、「いいとこ取り」か
続いて、6月28日(木)~29日(金)に開催されたEUサミット以降のBrexit関連発言やイベントをまとめてみましたので、ご覧ください。
※参考:欧州委員会 「合意なき離脱」に関する報告書
※筆者作成
この中で特に重要な項目は、7月6日(金)、メイ首相が公式別荘「チェッカーズ」に、閣僚全員とBrexit担当省関係者たちを集めて作成した「EU離脱白書」です。
Brexitを巡る難しい局面で国の舵取りを担う英国のテリーザ・メイ首相。英国初の女性首相で「鉄の女」と呼ばれた故サッチャー氏に続き、2016年、英国史上2人目の女性首相に就任。政治家同士のなれ合いを良しとしないことから、「氷の女王(the Ice Queen)」の異名を持つ。写真は、2017年6月に行われた英下院総選挙時のもの (C)Matt Cardy/Getty Images News
その理由は、11月の最終合意のたたき台となるのが、この白書だからです。
白書の大まかな概要は、以下のとおり。
【「EU離脱白書」の概要】
・ 英国は2年間の交渉期間が終了する2019年3月29日(金)にEUから離脱する
・ 人の移動の自由は制限され、英国の国境監視は英国の手に戻ってくる
・ 毎年多額の拠出金をEUに支払っていたが、その必要はなくなる
・ ビジネスや企業活動にやさしい関税モデル
・ 世界各国と独自の通商交渉が結べる自由を取り返す
・ EUと英国との間に自由貿易地域を創設し、モノや農産物などに共通のルールを設定することが望まれる
・ 消費者や労働者の権利を守り、環境にやさしい基準作り
・ 新規のルールや規制の導入、適用に関しては政府の判断が優先される
・ EU共同農業政策と共同漁業政策から離脱する
・ 欧州憲法裁の管轄から外れ、英国最高裁の優位性が確保される
・ アイルランド共和国と北アイルランド間には、ハードボーダーはない
・ 国民の安全のためにも、EUとの安全保障における協力は継続する
・ 外交政策と防衛政策は英国独自の内容となるが、できる限りEUとも協力関係を密にする
私はこの概要を見た時、英国お得意の「いいとこ取り」の内容であることに加え、私自身が予想していたよりも、やや「ソフトBrexit」に近いイメージを受けました。
あとになってわかったことですが、メイ首相は、白書作成の前日、わざわざドイツに出向き、メルケル首相と会談しています。
これはあくまで憶測ですが、その席で概要を打ち明け、メルケル首相の承認を得たのかも…しれません。
そして、白書作成の3日後、デービスBrexit担当相とジョンソン外相が、白書の内容があまりにも「ソフトBrexit」寄りであるため賛成できないと、辞任を発表しました。
■11月の臨時サミットとEU加盟国の最終案批准が肝!
次に、現時点でわかっているBrexitに関係する今後のイベントを順に並べてみましたので、確認してみましょう。
※筆者作成
2019年3月29日(金)の交渉終了を迎えるまでに、英国が、どうしても解決しておきたいのは…
(1) 2018年11月に予定されている 臨時サミットで本当に離脱交渉が合意に至るのか?
(2)2019年1月末までに英国を含む全EU加盟国がBrexit最終案の批准手続きを終了できるのか?
この2点に尽きると思います。
なお、(1)については、9月10日(月)に、バルニエ欧州委員会主席交渉官が、「6~8週間でのブレグジット合意が現実的」と発言しました(EU negotiator Barnier says that getting a Brexit deal in 6-8 weeks is 'realistic'.)。
同氏はさらに、「EU加盟各国の批准に必要な時間を考慮すると、11月初旬には合意に持ち込む必要がある」とも話しています。
この点については、9月20日(木)にオーストリアで開催されるEU非公式サミットで、11月の臨時サミットの日程を確認するようです。現在、候補として挙がっているのは「11月13日(火)」となっています。
■党大会最終日には、重大発表の可能性も
11月の臨時サミット前に注意すべきイベントは、以下の2つ。
・ 9月23日(日)~26日(水):労働党年次党大会
・ 9月30日(日)~10月3日(水):保守党年次党大会
特に、党大会最終日は、党首のスピーチで幕を閉じますが、ここで重大発表が行われることが多いのが特徴です。
一番最近の例では、2016年6月の国民投票後に開催された保守党大会で、メイ首相は、初めて国民に向けて「ハードBrexit」支持を公表し、英ポンドが急落しました。
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:英ポンド/円 日足)
日本では党大会の重要度が低いため、ピンとこない方もいらっしゃるでしょうが、爆弾発言が出てきて英ポンドが大きく動くことがありますので、しっかりチェックしてくださいね。
(編集担当:ザイFX!編集部・向井友代)
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