(「日本のBrexit報道は正確ではない!? ソフト・ハード・合意なき離脱の違いとは?」からつづく)
■ブレグジットをめぐる「2度目の国民投票」の可能性!
ここからは、英国で話題にのぼっているBrexit関連ニュースをお伝えしたいと思います。
最初は、「2度目の国民投票」実施の可能性についてです。
秋の党大会シーズンが近づくにつれ、この話題が報道される頻度が高まっています。
9月2日(日)に放映されたBBCテレビの老舗政治ショー、「アンドリュー・マーズ・ショー」に出演した労働党の影の財務相・マクドネル氏は、「労働党が正式に支持をしているわけではないが、2度目の国民投票の可能性をまったく排除すべきではない。すべての可能性があるということだ」と発言。その後、この話題で持ちきりとなっています。
最近では、9月23日(日)から始まる年次党大会の場で、労働党が「2度目の国民投票」について何か発表するのではないか?というウワサが出てきましたが、1点だけ不明瞭なことがあります。
それは、ここで言う「2度目の国民投票」とは、いったい以下のうち、どちらを指しているのかということです。
(1) 2016年6月23日に実施されたEU(欧州連合)離脱の是非を問う国民投票のやり直し?
(2) 2019年3月29日に2年間の交渉を終えた直後、Brexit最終案について、国民の判断を仰ぐ形での国民投票(「People's Vote」と呼ばれている)?
■労働党は「2度目の国民投票」をダシに解散総選挙睨む?
ちなみに、メイ首相は(1)の「2度目の国民投票」実施には断固として反対していますが、労働党は意外と乗り気だと言われています。
保守党の党首にして英国の首相でもあるテリーザ・メイ氏。労働党は、「2度目の国民投票」を議会に提出し、解散総選挙にもって行こうと企んでいる!? との話もあるが…果たして、どうなるのか。写真は2017年に撮影されたもの (C)WPA Pool/Getty Images
その理由としては、国民投票実施法案を議会に提出し、採決を取った時、当然ですが、保守党の離脱支持派は反対票を入れます。もし、最終結果が賛成となれば、メイ首相率いる与党保守党が、大きな敗北感を味わうことは明白です。そして、国民の保守党離れが加速するかもしれません。
労働党のコービン党首は、そこで一気に、解散総選挙に持って行こうと企んでいるようなのです。
いずれにしても、本気で新たな国民投票を行なうのであれば、時間的にかなりタイトにならざるを得ません。
国民投票を実施するためには、議会への法案提出日から最短で約10週間ちょっと、2016年6月の時は7カ月もかかりました。そのため、本気でもう一度、国民投票をやる覚悟があるのなら、党大会は絶好の発表のタイミングとなるでしょう。
■「2度目の国民投票」の可能性が30%超え!?
最近、無党派の社会調査機関、NatCenソーシャル・リサーチが世論調査を実施しました。
この世論調査で「(1)2016年6月23日に実施されたEU(欧州連合)離脱の是非を問う国民投票のやり直し?」が行われた場合、残留と離脱のどちらを支持するか?を問うたところ、回答者の59%がEU残留、41%が離脱支持という結果が出ました。
賭け屋(Paddy Power)のオッズをチェックすると、「2度目の国民投票」実施の可能性は、7月末に25%、9月3日(月)が28.5%、そして、9月8日(土)には、一気に31.25%まで上がってきています。
■Brexit最終案についての国民投票(People's vote)とは?
「EUとの最終合意内容について国民投票を行なうべきである」というのが、「(2)2019年3月29日に2年間の交渉を終えた直後、Brexit最終案について国民の判断を仰ぐ形で国民投票(「People's Vote」)」のスタンスです。
このキャンペーンは、EU残留支持政党の自由民主党が始めたもので、その後、各党の議員が賛同し、現在は、超党派で進められています。その主旨は、国民がEU離脱を選択したのだから、最終決定も国民の手に委ねるべきであるというものです。
最近、特にこの話題が目立つ理由としては、9月中旬からスタートする各党の党大会と並行して、大手労働組合の年次大会が開催されることも影響しています。この大会に先立ち、英国でもっとも大きい労働組合が「People's Vote」の実施を声高に叫んだことにより、いち早く注目が集まってきました。
ちなみに、現時点ではメイ首相は最終合意内容について、英国の上下両院で採決を取ることを約束しています。しかし、それ以上の約束をしない理由は、国民投票結果は合憲性に欠けるからであるとも伝えられています。
そして、この「People's Vote」に関して問題となる点は、「最終合意内容での離脱に反対となった場合、どうするのか?」の一点に尽きます。これについての議論は、ほとんど聞こえてきませんが、私は、以下の4つのシナリオを想定しています。
【最終合意内容での離脱に反対となった場合の4つのシナリオ】
1.英政府は、EUに対し、2年間の交渉期間の延長をお願いする
2. 英政府は、Brexitそのものを「なかったことにする」。ただし、今さらそんなことをEUが許してくれるのかについては、疑問。その場合、(最悪のケースでは)欧州憲法裁の判決に従うことになるかもしれない
3. 即「合意なき離脱」となる
4.メイ政権が取り付けた合意内容が否決されるということは、メイ首相に対する不信任票というとらえ方ができるので、解散・総選挙実施は避けられない
「交渉期間の延長」以外、どれをとっても、悲惨な状態であることに変わりなさそうです。
■ボリス・ジョンソン氏が“クーデター”を画策!?
次は、「メイ首相の進退問題」について取り上げてみます。
これまで、メイ首相を辞任に追い込み、首相(保守党の党首)交代の“クーデター”を起こそうという話は、数え切れないほど耳にしました。そして、2018年9月に入り、離婚が成立したボリス・ジョンソン元外相が、かなり早い時期に首相交代のチャンスを狙っているという話が暴露されました。
さすがに、9月30日(日)の保守党年次党大会には間に合わないでしょうが、来年(2019年)早々にも“クーデター”を起こすとの話もあるようです。
ロンドン市長も務めたことがあるボリス・ジョンソン元外相。英国ではとても人気がある政治家の1人。次期首相の座を虎視眈々と狙っているのか… (C)Justin Sullivan/Getty Images
■自分の首を絞めるかもしれないリーダーシップチャレンジ
リーダーシップチャレンジ(党首選)について簡単に説明しますと、保守党には1922年委員会(※)というものがあり、保守党議員の15%(48人)か、それ以上の議員が、「メイ首相への辞任要求」を求める書簡をこの委員会に提出すれば、「首相に対する不信任決議」が実行されます。
全保守党議員のうち、半数以上が不信任票を入れれば首相は退任。もし、首相が勝ち抜いた場合、その後、1年間はリーダーシップチャレンジを実施することが禁止されています。そのため、タイミングを間違うと、次期首相を狙う人物は自分で自分の首を絞めることにもなりかねません。
リーダーシップチャレンジは、投票開始から結果が出るまでに7日~10日間はかかります。
(※執筆者注:「1922年委員会」とは、保守党の中で、もっとも重要な組織の1つ。保守党は長い間、現職議員の組織を持っていなかった。ところが、1922年の選挙で初当選した議員の間から、幹部議員以外の議員(バックベンチャーと呼ばれる)の組織をつくることが要望されて実現の運びとなった。この組織は、党首を束縛する権限は持っていないが、議員の意見や動向を党首に伝えるという重要な機能を十分に果していると言われている。現在でも毎週1回、招集される)
■人気者のボリス・ジョンソン氏は首相として適役か?
日本人として、なかなか理解に苦しむことは、どんなに悪いウワサが出ても、ジョンソン氏は、それなりに人気のある政治家であるという事実です。それだけカリスマ性が高いということでしょう。
最近、離婚劇が発覚した日に、たまたま車で政治トークショーを聞いていたところ、リスナーの多くが、プライベートな問題と首相の器とはまったく別物であるから、離婚はマイナスにならないという考えを持っていました。
試しに調べてみると、戦後の英国首相で独身であったのは、1970年に首相になったヒース氏のみで、それ以外、すべての首相は結婚していました。
国民は、ジョンソン氏のプライベートな問題をあまり気にしていないということですが、保守党内部では、同氏が党首となれば保守党を離党すると宣言する議員が出てきており、やはり、一筋縄ではいかないようですね。
■次期保守党党首は誰だ? 賭け屋のオッズを見てみると…
英国最大手の賭け屋(ブックメーカー)、William Hill(ウィリアムヒル)によると、次期保守党党首のオッズは、以下のとおり。
<次期保守党党首のオッズ>
・ ジョンソン元外務相: 7/2(22%)
・ ジャビッド内務相: 11/2(15%)
・ リーモグ議員: 7/1(12.5%)
(出所:William Hill)
また、メイ首相が首相を辞める時期のオッズは、以下のとおりです。
<メイ首相が首相を辞める時期のオッズ>
・ 2018年: 5/2(28.5%)
・ 2019年: 5/4(44%)
・ 2020年: 14/1(6%)
・ 2021年: 14/1(6%)
・ 2022年かそれ以降: 2/1(33%)
(出所:William Hill)
■「アイルランド国境問題」とは何なのか?
次に、「アイルランド国境問題」に触れておきましょう。
本来であれば、2017年10月に開催されるEUサミットで合意する予定であったアイルランド国境問題。しかし、現在に至るまで、まったく解決の兆しは見えていません。
南北アイルランドの国境は500キロに渡り、そこを行き交う車の数は、1カ月に180万台。そして、400の道路が国境をまたいで通っています。
(地図データ:Google)
アイルランドには32の州があり、そのうち26州が1922年に英国領から独立し、アイルランド共和国となりました。残りの北部6州は北アイルランドとして、英国領に残ることを選択したのです。
アイルランド分裂の裏には、ナショナリストとユニオニストによる争いがあることは、日本でも知られていると思いますが、ナショナリストとは、カトリック教徒であり、アイルランド統一を支持。
それに対し、ユニオニストは、スコットランドやイングランドから移住してきたプロテスタント教徒が多く、英国連合王国に留まることを希望しています。
1960年代後半から、これらの2大勢力が紛争を起こし、1998年になってようやく和平交渉が結ばれました。その時以来、南北アイルランド間の物理的な国境がなくなり、自由に行き来できるようになったのです。
しかし、英国のEU離脱(Brexit)決定以降、「物理的な国境がないこと」が問題となってきました。
理由は、英国が欧州単一市場(シングル・マーケット)で保証されている4つの自由を放棄し、関税同盟からも抜ける「ハードBrexit」を選択する方向に向かっているからです。
■最悪の場合、ベルファスト合意に赤信号点灯か
万が一、本格的な「国境」が設立され、パスポートチェックなどが実施された場合、南北アイルランドが1つの国になることを支持するナショナリストのシン・フェイン党の動きに警戒しなければなりません。
最悪の場合は、ベルファスト合意の継続に赤信号が灯る(プロテスタントとカトリック間のテロ行為を引き起こす)ことにもなりかねません。
私がここに書くまでもなく、英国連合王国(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)のうち、「きちんとした陸の国境」が存在するのは、アイルランド共和国と北アイルランドの間だけです。
それもあり、Brexitが決定して以来、アイルランド共和国は北アイルランドとの統合に前向きな姿勢を示してきました。
最近になって、北アイルランドも住民投票実施を支持する動きが出てきたようですが、メイ首相はEUとの離脱交渉に専念したいため、両国の国民投票の即刻実施には反対姿勢を崩していません。
この問題は、技術的(テクニカル)な解決方法ではなく、英国・南北アイルランド・EUすべてが政治的に解決する以外、方法はないと私は考えています。
EU側も、絶対に両国間に国境を設置することには反対しているため、2018年11月の臨時サミットまでに、何らかの解決策が出てくることが期待されます。
■心配なのは、EU結束基金のカット
次に、「EU側の問題」について見ていきましょう。
問題を抱えているのは、EUから離脱する英国だけではありません。EUも問題に直面しています。その中で私が一番心配しているのが、EU結束基金(Cohesion Funds)のカットです。
EU結束基金は、欧州構造投資基金(ESIF)の1つであり、EUの成長戦略「欧州2020戦略」に基づき、加盟国の経済成長支援を目的として作られました。その規模は、2016年末時点で、EU予算全体の1/3にあたり、3518億ユーロとなっています。
EUでは毎年の予算案に加え、「中期計画」として7年間の予算案も作成しています。2014~2020年の中期計画では、ブルガリアをはじめとする15カ国が、結束基金を受け取りました。しかし、英国のEU離脱により、2021~2027年の中期計画では、結束基金の10%カットが決定されました。
これにより、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、チェコ、エストニア、リトアニアの6カ国は、結束基金の25%減額を言い渡されました。しかし、おかしなことに、ギリシャ、イタリア、スペイン、ルーマニア、ブルガリアの5カ国に限り、受取額が平均5~8%増額されるということです。
これを受けて動きがあったのが、ポーランドでした。
同国のドゥダ大統領は、2018年6月、EU離脱の是非を問う国民投票の実施を呼びかけました。日程は、同国独立100周年記念日となる11月11日です。しかし、同国上院が否決し、国民投票実施はキャンセルされたのです。
このように、Brexitの影響でEUからの恩恵を受けられなくなった国は、ポーランドだけではありません。2019年は、エストニアをはじめとする7カ国で総選挙が実施され、5月には欧州議会選挙があります。
■英ポンド、政治家の一声で乱高下する展開に
11月臨時サミットまでに、EUと英国との間で合意となるか、秒読み段階に突入です。
英ポンドの動きも、かなり乱暴になってきていますが、マーケットが注目しているのは、「誰がBrexitを決めるのか?」ではなく、「どういうBrexit内容となるのか?」でしょう。
ただ、そうは言っても、2019年3月29日の交渉終了日前にメイ首相の退陣があれば、次期首相のBrexitに対するスタンスが大きく変わることも考えられ、当然、英ポンドに影響を与えます。
このままメイ首相続投という前提で話を進めていけば、11月臨時サミットまでの英ポンド相場は、「政治>経済」の力関係が強くなると予想します。
どんなに強い経済指標が発表されても、政治家の一声、1つのヘッドラインで英ポンドは乱高下するでしょう。
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:英ポンド/円 日足)
その意味からも、9月の党大会は最大の難関であり、労働党・保守党それぞれが、Brexitに対し、どのようなアイデアを出すのか? 英ポンドのボラティリティは否が応でも上がると考えています。
■「合意なき離脱」となれば英ポンドは10%~20%下落か
ただし、「合意なき離脱」が現実に起こらない限り、ここまでの相場展開で悪材料は、かなり織り込まれたとも考えています。
特に、8月2日(火)に開催された英中銀金融政策理事会では、「テイラールールに基づく適切な均衡実質利子率(R-Star)は、現在は0~1%という予想ですが、Brexit交渉が合意に至り、生産性や経常収支の改善が伴えば、R-Star水準は2~3%となるだろう」という見解が発表されました。
つまり、Brexitが合意し、停滞していた英国経済に動きが見えてくれば、現在の政策金利水準(0.75%)は低過ぎるという考えです。
当然、合意内容にもよりますが、「合意なき離脱」とならない限り、アク抜けからの英ポンド買いに加え、政策金利をR-Star水準に近づけるという話が、英中銀関係者から出てくることも想定しておきたいと思います。
もし、「合意なき離脱」となってしまった場合、欧州系銀行の多くは、英ポンドは少なくとも10%、大きなところでは20%の下落を予想しています。
一番控えめな予想でも、対ドルで1.2000ドルは避けられないという予想になっており、私もこの点には同意します。
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:英ポンド/米ドル 週足)
(編集担当:ザイFX!編集部・向井友代)
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