ザイFX!ではこれまで、英国のEU(欧州連合)離脱(=ブレグジット)を控え、元為替ディーラーで英国在住の松崎美子さんに、混迷する英国の状況や英議会での実施が想定されるイベントなどについて、解説していただきました。
【参考記事】
●ブレグジット混迷で英議会は崩壊寸前!? メイ首相は条件付きで辞任表明するも…(4月1日、松崎美子)
●EU離脱案の採決中止! ますます混乱する英国で、メイ首相降ろしのクーデター勃発!?(3月25日、松崎美子)
●メイ首相最後の賭け! 3月19~20日も山場、21~22日も山場。混乱の英国から直送レポ!(3月18日、松崎美子)
当初予定されていた3月29日(金)のブレグジットは延期されたものの、4月10日(水)の臨時EUサミットで再延期が認められなければ、英国は4月12日(金)に合意なき離脱を迫られるという瀬戸際にあります。
そこで今回も松崎美子さんに、現在のブレグジットに関する最新情報や今後の見通しについて、ご寄稿いただきました(ザイFX!編集部)。
■ブレグジットを巡る動きは新たな山場に
一難去ってまた一難とはよく言ったもので、英国のEU(欧州連合)離脱を巡る動きは、今週(4月8日~)新たな山場を迎える。
3月29日(金)の合意なき離脱は避けられ、ひとまずいつもの日常が続いているが、本日(4月10日)の臨時EUサミットで英国の交渉期間再延長の要求が聞き入れられない場合は、4月12日(金)ロンドン時間23時に、英国は合意なき離脱を余儀なくされる。
今回の記事では、先週(4月1日~)と今週(4月8日~)続けて起きた驚きの政治劇をご紹介し、すでにサミット声明文のひな形が発表されたので、それをご紹介したい。
■メイ首相、7時間の会議後に驚きのスピーチ
4月2日(火)、メイ首相は朝から閣僚会議を招集し、7時間に及び交渉期間の再延長の是非について話し合った。
出席した閣僚の半数以上が再延長には反対しており、合意なき離脱でさっさと離脱したいと、首相に伝えた。
閣議終了後、メイ首相は急遽、首相官邸から国民にスピーチをすると発表。そこで驚きの発言をしたのである。
遅い夕食を食べながら私もライブ中継を見ていたが、首相はこう語りかけた。
「合意なき離脱を避けるため、交渉期間の再延長の必要性を感じる。しかし、延長期間はできるだけ短くしたい。そこで、私は野党の党首と協力し、この難関を突破したい。話し合いのベースとなるのは、英国が昨年(2018)11月にEUと合意したブレグジット案となるが、我々がフォーカスすべきことは、将来のEUとの関係である。コービン党首と私は、議会で承認される案を見出さなければいけない。もし議会で何らかのオプションが決定されれば、それをブレグジット案に加えるよう法的措置を取る。これらの一連の作業は、5月22日(水)までに議会を通過する必要がある。それが出来れば、英国は欧州議会選挙に参加する必要がないからだ。」
私は食事をする手が止まった。そして、もう一度頭の中で2017年総選挙での保守党ブレグジットマニフェストを思い浮かべた。
保守党はあくまでもハードブレグジットを主張しており、関税同盟への在留はあり得ない。交渉期間延長も、短期のみ認める。2019年5月の欧州議会選挙には参加しないと国民に呼びかけていたのである。
このスピーチが行われるまで、首相は一貫して「政府のデフォルト案は、合意なき離脱」と語っていた。つまり、2017年総選挙でのマニフェストを順守する姿勢を崩さなかったのである。そして、7時間続いた閣僚会議でも、半数以上の閣僚達が合意なき離脱を支持していた。
しかし、スピーチでは開口一番、「合意なき離脱を避ける」と語ったのである。いったいメイ首相は何を考えてこのようなスピーチをしたのであろうか?
■メイ首相は合意なき離脱の恐さを理解していなかった?
メイ首相の180度転換したスピーチを聞いて飛び上がるほど驚いたのは、私だけでない。
突然の態度豹変について、メイ首相はこの日に至るまで、合意なき離脱の恐さを理解していなかったのではないか?という噂が出始めた。
実は、このスピーチが始まる数時間前に、英国のタブロイド紙であるデイリーメール紙が独占記事を公開した。
それは、セドウィル内閣官房が閣僚宛に手渡した14ページに渡る書簡であり、合意なき離脱の恐ろしさが延々と綴られていたそうだ。
合意なき離脱によるリスクは、以下の通りとなっている。
・食料品の価格は平均10%値上がりする
・EU加盟国を相手にビジネスを行なっている企業は、倒産のリスク
・そのような倒産した会社に対し、政府は補助金などの支給を強制させられるリスク
・国民の安全を守るための警察機構や安全保障関連機構が、十分にその役割を果たせないリスク
・北アイルランド自治政府が崩れ、直接統治となるリスク
・2008年のリーマンショック時以上に深刻なリセッションと英ポンド急落のリスク
・英国連合王国の分裂リスク
さすがのメイ首相も、これを読んで考えを改めたのだろうか?
■メイ首相による交渉期間延長要請を緊急法案化
メイ首相のスピーチの翌日(4月3日)、議会では複数の修正案に対する審議/採決が実施された。
特に注目を集めたのが、是が非でも合意なき離脱を止めたいと考えた労働党クーパー議員と保守党レトウィン卿が提出した法案である。
内容は「議会で何も決まらず合意なき離脱になることを避けるため、EUに交渉期間延長を要請することをメイ首相に義務付ける」というもの。
通常の議会であれば、動議提出後の審議/採決から法案化の工程には、短くても数週間単位の時間が必要となるらしい。しかし、この日は下院での全工程をわずか5~6時間で終了させた。
いくら緊急時とはいえ、この慌てた(手抜き?)動きに対し、下院議員の間からも不満の声が出た。
この日の下院での最終採決で、クーパー案は313対312の1票差で可決し、上院へ手渡された。そして、上院でも可決し、4月8日(月)23時過ぎに、エリザベス女王の裁可が下された。
■エリザベス女王の法案裁可に国民はよい感情を持っていない
伝統的に王室は政府の決定に介入せず、法案に裁可を下すのが通例である。しかし、今回の女王の判断には、国民は良い感情を持っていない。
普段は英国王室を誇りに思う国民も、国民投票結果を否定する今回の裁可について、「非民主主義的な決断をされた女王を残念に思う」「政府の動きに対し、最後の最後に介入できる女王に期待していたのに、結局女王は長いものに巻かれてしまった……」という内容のコメントが目に付いた。
実は今年(2019年)1月の英テレグラフ紙では、国民投票の結果を尊重せず、ブレグジットが大幅に遅延したり、離脱そのものがなくなるような法案を政府が決定した場合、ぜひとも女王が介入し、裁可をしないでほしいという記事が出ていた。
この法案を提出した労働党クーパー議員への風当たりは、さらに強い。
そもそも、同議員の選挙区の有権者は、70%が「離脱支持者」。そして、2017年総選挙でクーパー議員はブレグジットに関する約束と題するビラを作成し、そこには「英国のEU離脱を阻止するような投票を、私は議会で行なわない」と約束していたそうだ。
そのため、同議員の選挙区の有権者たちは裏切られたと嘆いており、そういう声が英国全土に広がってきている。
たぶん、同議員に限らず、前回の総選挙での公約と、最近の議会採決での投票内容に大きく食い違いが生じる議員は、再選の可能性が絶たれるかもしれない。それほど、国民の怒りは大きくなっている。
■非常に重要だった4月8日のIV3が否決
労働党クーパー法案が下院で可決した同じ日(4月3日)に、非常に重要な修正案が否決されている。
労働党ベン議員(英下院ブレグジット委員会議長)が提出した修正案で、「4月8日(月)に3回目のIndicative Vote(IV3、示唆的投票※)を実施する」というもの。
(※編集部注:「示唆的投票」とは、法的拘束力を持たない投票のこと)
【参考記事】
●ブレグジット混迷で英議会は崩壊寸前!? メイ首相は条件付きで辞任表明するも…(4月1日、松崎美子)
採決結果は、驚きの310対310!
英国議会では、議会採決結果が可否同数となったことは数えるほどしかなく、最近では1980年と1993年にそれぞれ1回づつあったと言われている。いずれにせよ、議長が決裁権を持っているため、バーコウ議長がキャスティングボートを投じた。
その結果、賛成310対反対311となり、否決となった。これを受け、4月10日(水)の臨時EUサミットまでに、政府がブレグジットについて議会の考えを問うチャンスは完全に封じ込められた。
そうなると、残るは労働党との協議結果と、労働党クーパー議員/保守党レトウィン卿の法案のみとなった。
■メイ首相引きずり下ろしに失敗。英ポンドは大きく上昇
メイ首相、引きずり下ろしの動きは、保守党ブレグジット強硬派であるERG(欧州調査グループ)の議員が、今週4月8日(月)に保守党1922年委員会に対し、書簡を手渡したことから始まった。
そこには、「メイ首相が長期の延長を受け入れるのであれば、それは党の方針に逆らう内容となり、党首の資格を剥奪することが妥当な選択となるだろう。そのため、保守党1922年委員会で、メイ首相交代の是非を問う信任投票の実施を可能とするためにIndicative Vote(示唆的投票)を実施し、賛成多数となれば、新たな党首不信任投票の実施を可能にするよう働きかける」という内容が書かれていた。
どうして今、Indicative Vote(示唆的投票)なのか?
それは、昨年(2018年)12月に保守党1922年委員会で、党首不信任案決議が発動され、200対117でメイ首相は信任を得た。この採決を受け、今後1年間は、メイ首相の引きずり下ろしは、原則的に不可能となっていた。
そこで、この議員は保守党議員の考えを聞き、賛成多数であれば、党の規則を一時的に変更し、メイ首相、引きずり下ろしを企てようとした訳である。
恐ろしいことに、メイ首相が臨時EUサミットに出かける4月10日(水)の午後に、この採決を実施するよう提案しており、もし仮にメイ首相が不信任となれば、サミット出席の間に首相の資格を剥奪されたメイ氏は何の権限も持たない一人の議員に成り下がるリスクが出てくる。
その場合、4月12日(金)に合意なき離脱というシナリオが一気に浮上することにもなろう。
しかし、4月8日(月)夕方、民放最大手のITV局でのインタビューに答えた保守党1922年委員会のブレィディ議長は、「Indicative Voteを行なう予定はない」と正式に否定した。
これを受け、ひとまず、これ以上の政治混乱が避けられたため、英ポンドは大きく上昇している。
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:英ポンド/米ドル 1時間足)
■英国が欧州議会選挙に参加を表明
4月8日(月)夕方、保守党からもうひとつ驚きの発表があった。それは、「英国の欧州議会選挙参加表明」であった。
英国国立公文書館が作成した、英国内で制定された法令の検索/閲覧ウェブサイトにもきちんと載っており、英国での欧州議会選挙投票日は5月23日(木)と定められた。
(出所:英国国立公文書館)
そして、保守党議員にはメールが配信され、立候補者の募集が始まっている。
■臨時EUサミットのタイムスケジュールは?
法案によってEUに交渉期間延長を要請することを義務付けられたメイ首相が本日(4月10日)参加する、臨時EUサミットのタイムスケジュールは以下のとおりとなっている。
(出所:欧州理事会)
臨時EUサミットは4月10日(水)日本時間24時に会場し、4月11日(木)日本時間1時から本会議がスタート。
4月11日(木)日本時間1時30分には、メイ首相が参加してワーキングディナー(夕食会)が行われる。
そして、時間は指定されていないが、トゥスクEU大統領とユンケル欧州委員会委員長による共同記者会見で幕を閉じることになっている。
■臨時EUサミット前に、EUが勝手に離脱日を6月1日に決定!?
臨時EUサミット前日(4月9日)の夕方、声明文のひな形がメディアに漏れた。そこには、驚きの内容が書かれたいた。
著作権の問題もあり、メディアに漏れた声明文を載せることはできないが、特にその中でも2つの点を説明しておこう。
まず、声明文の2番目の「延長を認める」文言。
「EUは英国議会がブレグジット案の批准手続きに必要とする期間延長に応じる」と書かれており、延長期限の日付の部分がXXXXXとなっていた。
そして、問題は3番目の文言である。ここは、2つの文章が書かれている。
最初の部分は「5月23/26日の時点で、英国がまだEUのメンバーであり、5月22日(水)までにブレグジット案の批准作業が終了していない場合、英国は欧州議会選挙に参加する」となっている。
ここまでは理解できる。しかし、問題はそれに続く文章だ。
「もし、英国が上記の条件を順守できなかった場合、英国は6月1日に離脱する」
臨時EUサミット開催前に、EUは勝手に離脱日を6月1日(水)に決定していたのである!
■6月30日までの延長が却下なら「flextension」の線が濃厚
flextension――なにやら、また訳のわからない英語が出てきた。
これは4月5日(金)にメイ首相がEUに対し、6月30日(日)までの離脱延長を要請したことへの、トゥスクEU大統領からの返事であった。
(出所:英政府)
トゥスクEU大統領が提案した「flextension」とは、「flexible」と「extension」を合わせた造語であり、日本語に訳すと「柔軟な延長」。
その内容は、「EUは英国に12カ月の延長を認める。ただし、英国議会でブレグジット案が可決され、正式に批准作業が終了した時点で、離脱を可能にする措置」というものである。
4月10日(水)の臨時EUサミットでも、メイ首相が要請する6月30日(日)までの延長が却下されれば、「flextension」による長期延長の線が濃厚となるだろう。
臨時EUサミット前日(4月9日)にルクセンブルグで開催されたEU総務会でも「flextension」について協議された。そこで出た追加条件として、いくつかご紹介しよう。
●2019年12月末までの延長となる可能性
その場合、(1)3カ月に一度づつの途中経過チェックを入れるか、(2)あるいは、10月頃に途中経過チェックをまとめてやるか、このいずれかの可能性がある。
●延長期間の短期/長期に関わらず、3つの条件がつけられる可能性
条件1:WA(Withdrawal Agreement、離脱案内容に対する合意)の再交渉は禁止
条件2:英国は欧州議会選挙に参加する
条件3:英国は離脱までの間、EUに誠意を持って接する
この点についても、臨時EUサミット終了後の共同記者会見で詳細が発表されるはずである。
■ここからのシナリオはどうなる?
またしても、私が独断で作成したシナリオはこんな具合かと思う。
【参考記事】
●ブレグジット混迷で英議会は崩壊寸前!? メイ首相は条件付きで辞任表明するも…(4月1日、松崎美子)
※筆者作成
■あるFX関係者が考えた3つのシナリオとは?
また、あるFX関係者が考えたシナリオが非常にわかりやすいので、こちらも共有したい。臨時EUサミットでのシナリオを3つに分け、確率と英ポンドの動向をまとめている。
※筆者作成
(1)延長を拒否(合意なき離脱):確率10%
合意なき離脱を望む国が、果たしてどのくらいあるのか疑問である。このシナリオとなれば、もっとも被害を受けるのは、英国ではなく、アイルランド共和国ではないだろうか?
被害を受ける順番としては、アイルランド→英国→フランス/ベルギー/オランダという感じになることが予想される。
これが実現してしまうと、英国だけでなく、EU各国の有権者にとっても、政治不信感が高まるかもしれず、6週間後(5月23~26日)に欧州議会選挙を控えていることもあり、あまり好ましいことではない。
いかなる理由にせよ、合意なき離脱となれば、英ポンド/米ドルは1.20ドルへ急落するという予想がコンセンサスとなりつつある。
たぶん、こういう結果(合意なき離脱)となる可能性は低いだろうが、万が一なってしまった場合のマーケットは、相当荒れるはずだ。
(出所:Bloomberg)
(2)6月30日(日)までの短期の延長:確率15%
3月21日(木)のEUサミットで拒否された案であるが、今回の臨時サミットでも絶対に拒否されるとは限らない。
【参考記事】
●EU離脱案の採決中止! ますます混乱する英国で、メイ首相降ろしのクーデター勃発!?(3月25日、松崎美子)
このシナリオが実現すると、合意なき離脱の可能性が遠のくという点と、メイ首相の要求が、はじめてEUに受け入れられた点で、英ポンドにポジティブとなる。
しかし、本当に6月30日(日)までに合意できるのかについての不透明感は、さらに高まるリスクも残る。
総合すると、英ポンドはいったん上昇する可能性が高いが、時間が経つにつれ、その効果は薄らいでいくだろう。
(出所:Bloomberg)
(3)長期延長:確率75%
3月21日(木)のEUサミットでも、メイ首相は6月30日(日)までの延長を申し出ており、EUはそれを拒否している。
果たして、今回の臨時EUサミットでEUが再度拒否するかはわからないが、トゥスクEU大統領が12カ月間の「flextension」を提案する可能性が出てきた。
もし、このシナリオ通りとなれば、合意なき離脱の可能性が払拭されるため、英ポンドはかなり上昇する可能性が出てくる。
ただし、ブレグジットがますます遅延することは、保守党ブレグジット強硬派を怒らせることになり、1922年委員会でIndicative Vote(示唆的投票)が実施されるリスクが再浮上するため、政治的な混乱は避けられない。
その結果、長期の英ポンド上昇についても懐疑的になる向きもある。とりあえず目先の動向としては、合意なき離脱の回避を好感して、英ポンドは上昇すると予想されるが、その後の動きについては注意が必要であろう。
(出所:Bloomberg)
■12カ月間の「flextension」となれば英ポンド高!
まとめると、臨時EUサミットの結果を受け、英ポンドは相当動くことが予想される。
12カ月間の「flextension」となる可能性が一番高いと思われ、その場合は、英ポンド高。ただし、英国での政治リスクに注意すること。
6月30日(日)までの短期の延長が2番目に高い可能性となり、注意深く英ポンドは上昇。ただし、効果の持続性については、疑問あり。
合意なき離脱の可能性は低いと思われるが、万が一実現した場合は、英ポンドは急落するだろう。
(編集担当/ザイFX!編集部・藤本康文)
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