(「YEN蔵さんに聞く為替ディーラーの世界(2) 凄まじき仲値の攻防。米屋が出てるぞ~!?」からつづく)
銀行の為替取引というと、顧客から手数料をとって堅実に儲けるというイメージもあるのだが、YEN蔵さんの話を聞くと、それだけではないようだ。
■200本売られたら、さらに上乗せして売る!
「個人顧客を相手にした外貨両替や外貨預金では、1ドルあたり1円とか2円といった手数料をとりますね。また、企業を相手にする場合でもセールスは手数料をとります(「セールス」については「YEN蔵さんに聞く為替ディーラーの世界(1) 白熱の毎日! 1日50回は「机に蹴り」!?」参照)。
けれど、インターバンクディーラーには手数料が落ちないんです。顧客の玉をさばいていく中で利益を上げていかないといけない。時にはやられちゃうこともありますよ。
たとえば、どこかの生保(生命保険会社)がシティバンクにドル/円を200本売ってきて、自分はそれをさばく立場だとしましょう。
そういう時は、往々にしてシティバンクだけじゃなくて、他の銀行にも次々と売っていたりするものなんですよ。そうすると、マーケットが一気に50銭ぐらいダーッと下がってしまいます。
それを単純にさばくだけだと、損になるんですが、そういう時は200本だけじゃなくて、自分で上乗せして、300本とか400本とか売るんです。それでマーケットがさらに下がれば、その部分で損を取り返して儲かるといったことになります。
もちろん、そうする際にはしっかりした自分の相場観を持ち、情報を総合的に判断することが必要になりますが…」
■ヘッジファンドが作り出す流れに真っ先に乗る!
先にインターバンクディーラーとプロップディーラーは分かれていると書いたが、YEN蔵さんのこういった話を聞いていくと、それらは単純に分けられるものでもないことがわかる。
「生保も結構、お行儀が悪くて、さっき言ったようなやり方で、一斉にたくさんの銀行に注文を出して、売り崩すようなことをするんですが、ヘッジファンドの玉もすごかったですね。たとえば、ジョージ・ソロスの『クォンタムファンド』みたいな大規模なヘッジファンドが攻めてくると、相場が大きく動きます。
大規模なヘッジファンドでは、ドル/円で1兆円とか2兆円とか、一方向に大きくポジションを傾けてくるところもありましたね。そういう玉をインターバンクディーラーとしては、いち早く取りたいんです。
真っ先にそういう注文が来れば、さばきやすいし、そのヘッジファンドが作り出す相場の流れにいち早く乗ることができます。自分もそれに乗っかってポジションを作れば、さらに儲かるというわけです。
だから、銀行は『いいサービスするから、真っ先にボクに売ってよ』といった話を有力なヘッジファンドにするんですよ。大きな銀行の利点としては、そういった有力投機筋のフローが見えやすいということがありましたね」
■3時間でドル/円が10円下がったスゴい相場とは?
ところで、ここ数カ月はあまり大きく動いていないドル/円相場だが、昨年の秋頃は1日で約7円と、短期間に急落したこともあった(「記事を書いているうちにみるみる下がっていくドル/円。いったいどこまで行くんだ~?」参照)。
約20年ほどのディーラー歴の中で、YEN蔵さんがこれまで経験してきたスゴい相場とはどんなものだったのだろうか?
「私が経験した相場で、短時間に一番大きく動いたのは1998年10月のドル/円相場ですね。この時はニューヨーク市場の3時間ほどでドル/円が10円下がったんですよ」
今の状況と似ている部分もある——として取り上げられることもある1998年の金融危機。この時は、1998年8月にロシア危機(ロシア国債のデフォルト=債務不履行)が起こり、その影響で、9月にアメリカの有力ヘッジファンド・LTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)が破綻した。
そして、10月に入り、LTCM破綻の影響が金融市場を襲い、ドル/円も暴落した——と言われている。そのため、この時の相場はよく「LTCMショック」と形容されるのだが…。
「ドル/円が暴落した直接の原因はLTCMではなく、タイガーファンドだとマーケットではウワサされていました」
「タイガーファンドはジュリアン・ロバートソンがやっていたヘッジファンドで、ジョージ・ソロスのクォンタムファンドと同じぐらいか、それよりも規模の大きい有名なファンドだったんです。
この時、タイガーファンドはドル/円のロングポジション(買い建て玉)をすごくたくさん持っていたようです。その量は一説には数万本とも言われていました。
このタイガーファンドが“飛んで”しまって、数万本のドル/円ロングポジションがどうやら一気に投げられてしまったようなのです。それでマーケットがクラッシュしました」
この時、タイガーファンドはドル/円のロングポジション(買い建て玉)をすごくたくさん持っていたようです。その量は一説には数万本とも言われていました。
このタイガーファンドが“飛んで”しまって、数万本のドル/円ロングポジションがどうやら一気に投げられてしまったようなのです。それでマーケットがクラッシュしました」
■レートの大台がわからなくなってしまった
ドル/円が3時間で10円下がるような相場では、ディーリングルームはどんな修羅場になるのだろうか?
「その日、私は運悪く遅くまで残っていましてね。東京はもう夜。ニューヨーク市場に入っている時間でも、セールスからドンドン売ってくださいと注文が入るんです。
もうね、レートの大台がわからないんですよ。さっき売ったのは123円台だったか、122円台だったか…。1円刻みで落ちていくんですから。
その頃はもうEBSが普及していて自動的に記録が残りますからまだ良かったのですが、人が電話でやりとりしていた時代だったら、ホントに取引内容がわからなくなっていたかもしれないですね」(「EBS」については「YEN蔵さんに聞く為替ディーラーの世界(2) 凄まじき仲値の攻防。米屋が出てるぞ~!?」参照)
■暴落相場で実はディーラーは儲かる!?
「休むも相場」という言葉がある。個人トレーダーの場合、あまりにも難しい相場だったら、手を出さないで見ているというのも一つの立派なやり方だ。根本的な疑問になるが、銀行の場合は、やはり、「注文を拒否して見ているだけ」ということはできないのだろうか?
「いえ、拒否しようと思えばできるんですが、『巨人軍は紳士たれ』じゃないけど、シティバンクはいつでもプライスを出す! 絶対逃げちゃダメ! みたいなプライドを持っていたんですよ。
でも、実はこういう激しい相場では、プライスを出し続けると儲かるんです」
「そんな場合は、通常時のように売値と買値を2ウェイで提示するのはムリ。まず、『売るのか、買うのか、どちらのサイドか言ってください』と相手方に伝えます。もう、みんな、売り、売り、売りですから、買ってくれたらラッキーぐらいの感覚ですけどね。
そして、レートも余裕を持って提示します。
たとえば、マーケットで最後に出合ったのが(約定したのが)123円だとしますよね。こういう暴落相場では、その時点で、マーケットにある買い指値はもう122円ちょうどぐらいになったりしています。そこで、さらに低く、『今だと121円でしか売れませんよ』と伝えます。
そうやって、1円ぐらいの余裕をみておけば、さらに122円から、みるみる相場が下がっていったとしても、その下落過程でなんとか全注文をさばいて、利益を出せることもあるわけです。
もちろん、提示するレートは注文の量や相場の動きによって、変化させる必要があります。その時、どんなふうにレートを出していくのかは、ディーラーの感覚と読みが問われるところですね。
でも、そんな暴落相場では、とにかくレートを出し続けていれば、どんなにひどいレートでもお客さんに『どうもありがとう』と感謝されるものなんですよ。そして、こちらは結構儲かったりするんです。大変なのは確かですが…」
(「YEN蔵さんに聞く為替ディーラーの世界(4) なぜ、豪ドルが一番おすすめなのか?」へつづく)
(取材・文/ザイFX!編集部・井口稔 撮影/和田佳久)
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