(「フィスコNY・平松京子さんに聞く(1)NYから情報配信! フィスコNYって?」からつづく)
ニューヨークに在住している元ディーラーのアナリストに取材できるなんてめったにないチャンスなので、平松さんに、11月に実施される米国の大統領選挙について聞いてみた。
■トランプ氏をヒットラーにたとえるメディアも!?
「米国の大統領選挙については、歴史上もっとも関心の高いものになっています。
共和・民主両党が候補者を決める予備選挙でも外に行列ができるなど、これまでなかったような状況になっています」
かなりの盛り上がりを見せているという米国の大統領選挙だが、その中でもやはり気になるのがあの候補者のこと…。そう、共和党の大統領候補指名が事実上確定している、不動産王のドナルド・トランプ氏だ。
「トランプさんは自分のテレビ番組を持つなど、大統領選に出る前から誰もが知っている名前でした。
ただ、トランプさんは過激なことも言うので、判断は真っ二つに分かれていて、メディアでは、ヒトラーやムッソリーニ、ファシストや独裁者と報じているところもあります。
また、ビリオネア(※)でもあるので、イタリアで独裁的な政治を続けた元首相のベルルスコーニ氏にたとえられたりもしています」
(編集部注:ビリオネア(billionaire)は「billion=ビリオン=10億」からきた言葉で、大富豪や億万長者のこと)
共和党の大統領候補指名が事実上確定している不動産王のドナルド・トランプ氏。過激なことも言うので、判断は真っ二つに分かれていて、メディアではファシストや独裁者と報じられることも… (C)Chip Somodevilla/Getty Images
■言いたい放題のトランプ氏が支持されている理由とは?
トランプ氏といえば、メキシコとの国境に万里の長城を建設して、メキシコにその費用を払わせると発言するなど、言いたい放題の印象だ。それでも支持されている理由とはいったい何なのだろうか。
「トランプさんは自分で選挙費用をファンドレイジング(資金調達)する必要がなく、資金供給をしてくれる人のいうことを聞く必要がないので言いたいことが言える立場。他人の言うことを聞く必要がなく、本音でしゃべっている印象です。
過激な言葉を否定的にみる人もいれば、心の中では思っていても口に出しては言えないことを言ってくれていると、肯定的に受け取る人に分かれています。
世界中で起きていることだと思いますが、多くの国民が政府に不満を持っています。米国の国民も例外ではなく、オバマ政権に不満を持っています。
オバマ大統領は議会を分裂させただけでなく、人種差別問題を1960年代のように再燃させた張本人と指摘する人もいます」
■トランプ氏とクリントン氏、結局どちらが大統領選に勝つ?
オバマ政権への不満が高まる中、トランプ大統領誕生の可能性は現実味を帯びてきたのだろうか?
「ウォールストリートでは、民主党のクリントンさんが勝つことを8割方、織り込んでいます。ただ、個人的にはフタを開けるまで勝負の行方はわからないと思っています」
民主党の大統領候補指名が確実視されるヒラリー・クリントン氏。ウォールストリートでは大統領選でクリントン氏が勝つことを8割方、織り込んでいるそうだ (C)Ramin Talaie/Getty Images
「仮にトランプさんが大統領になった場合、レーガン大統領のように偉業を成し遂げる可能性があると指摘するヘッジファンドマネージャーもいるし、個人的にもその可能性があると思っています」
平松さんは市場の見方よりもトランプ大統領誕生の可能性は高いと見ているようだ。
■トランプ大統領が誕生すれば、米景気へプラスに働くとみる
6月23日(木)の英国国民投票で英国のEU(欧州連合)離脱が決定したが、その影響が米大統領選にあるのかも少し気になるところ。トランプ氏は英国のEU離脱決定を支持する発言をしているが…。
「こうした発言が大統領選挙に大きく影響するとは考えていない」というのが平松さんの見方だった。
過激な発言が物議を醸すこともあるトランプ氏だが、それはあくまでも選挙用のもの。いざ、トランプ大統領となった場合でも、著名投資家のアイカーン氏を財務長官に置くといったように、優秀な人物が側近につくことが予想されていて、現在の方針も変更される可能性があるという。
また、大幅な減税を実施、さらに軍事費拡大に動くようなことになれば、トランプ大統領誕生は景気にとってプラスに働くと平松さんはみている。
■どちらが大統領になっても不透明感払拭で米ドル高へ
トランプ大統領誕生も気になる、11月の米国大統領選挙。市場へはどのような影響があるのだろうか?
「トランプさん、クリントンさん、どちらが大統領になっても、不透明感が払拭されます。また、オバマ大統領はレイムダック(※)の状態で、インフラ整備が滞っていますが、新大統領のもと、歳出が再開されることにもなります。
どちらが大統領になろうとも、次は彼らの政策がどうなるのかというステップに移るので、それがリスクオンの米ドル買いにつながってくるのではないでしょうか」
(※編集部注:「レイムダック」とは、「足の不自由なアヒル」のこと。任期終了などが近づき、影響力を失った政治家などを指す言葉)
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:米ドルVS世界の通貨 週足)
「そして米国経済は、現在、大統領選挙がかなり抑制していると言われていますので、不透明感が払拭されれば、景気も上向いてくるのではないでしょうか。
現在、オバマ大統領の『オバマケア』などが、米国企業や個人の懐を圧迫しているので、そういった部分が、米国経済がこれまでのように活発化しないひとつの理由ではないかと思っています」
オバマケアとは、民間より安価な公的医療保険への加入を国民に義務付ける制度のことで2014年に完全施行されたもの。平松さんによると、一般のサラリーマン家庭などでは、結局、高額な保険料を払わされ、それが家計を圧迫してしまっているケースもあるそうだ。
いずれにしても、11月の米国の大統領選挙が終わることで不透明感が払拭され、米国経済、さらには米ドルにとっても「リスクオンの米ドル高」でプラスに働くというのが平松さんの見方だ。
日本ではトランプ大統領が誕生したら大変なことに……といったネガティブな報道が多いように感じるが、平松さんの話を聞いていると、必ずしもネガティブな予測だけではないようだ。
■米国の利上げはあっても12月の1回限りか…
そして、米国の大統領選挙と並んで気になるのがFRB(米連邦準備制度理事会)による利上げについて。米5月雇用統計のネガティブサプライズと英国のEU離脱ショックにより、市場の期待はすっかり萎んでしまっている。
【参考記事】
●米雇用統計ショックで6月利上げ消滅! 英国のEU離脱支持が増えたワケとは?(6月7日、西原宏一&松崎美子)
「米国の利上げについては、2016年年内に1回か2回を見込んでいましたが、英国のEU離脱ショックにより、7月、9月の可能性は低く、あっても12月の1回だけになりそうです」
(詳しくはこちら → 経済指標/金利: 各国政策金利の推移)
「2016年年初は年内に4回利上げと言っていたFRBですが、それどころではない状況になっています。
ただ、FRBのイエレン議長を始め、FOMC(米連邦公開市場委員会)メンバーは、英国国民投票前から、EU離脱による米国経済への影響は限定的との見方を示していました。
したがって、米国の利上げ軌道は変わらず、ペースに関しても経済状況次第との方針を貫くとみています」
■英国は不透明感ありすぎ…正式申請遅れればEU残留も
米国の利上げはあっても12月の1回との見通しを示した平松さん。では、その原因となった英国の今後について、どのように見ているのだろうか。
「現状では不透明感がありすぎます。英国のキャメロン首相は、正式なEU離脱申請を新首相に委ねるとしていて、9月に与党・保守党が新首相を選出するまで、EU離脱の行方さえわかりません。
一部では、ロンドンなど残留派が多かった地区で国民投票やり直しの署名まで行われていますし、これは法的にも可能です。
さらに、英国がEU離脱を正式に実施しない確率は30%残ると指摘するアナリストもいます。
また、正式申請が遅れれば遅れるほど、英国がEU離脱をしない確率は高まるとみられています。目標は遅くとも今年(2016年)の年末まで。それまでに正式申請をしなければ、英国がEUを離脱しない可能性が高まるでしょう」
ここで話を米利上げ時期に戻そう。
平松さんは現時点で年内の米利上げがあるとしても12月の1回のみと予想している。そして、12月頃になると、さまざまな不透明感が払拭されていそうだという。
「まず、11月に米国の大統領選挙が終了して新大統領が決定します。そして、英国でも新首相が就任し、EU基本条約(リスボン条約)50条を発動させ、EU離脱の正式な申請を行っている可能性があります。年末までには米英が先行きの見通せる状態になっている可能性があるのです」
■今後は米国の「雇用の質」にも注目
ネガティブサプライズとなった米5月雇用統計も米国の利上げ観測を大きく後退させた要因だが、実際、米国の雇用環境はどのような状況なのだろうか?
「米5月雇用統計については、NFP(非農業部門雇用者数)が16万人増の予想に対し、3万8000人増というのは、さすがに、これから先どうなるかという懸念を生じさせてしまいました。
ただ、米国の1-3月期GDPが前期比年率プラス0.8%と1%を切っていて、企業が雇用を増加させる基調ではなかったので、今までどおりにはいかないだろうという、当初の予想どおりの形ではありました」
(詳しくはこちら → 経済指標/金利: 米国主要経済指標の推移)
「米国の雇用については、これまで一環して増えてきましたが、イエレンFRB議長も述べているとおり、『雇用の質』が良くありません。低賃金の仕事は増えていますが、高賃金の仕事は増えていない状況にあります。
そして、仕事が増えているのが50代以上で、20代~30代といった働き盛りの職が減少しているといったように、中身が伴っていないのも問題です。
今後は米6月、7月雇用統計の結果を見て、5月分が一過性のものなのか否かを判断していくことになりそうですが、その際は『雇用の質』も見ていく必要があると思っています」
■米ドル/円は引き続き下値模索も年後半は上昇へ
では、英国EU離脱ショックにより一時、99円台まで急落した米ドル/円について、平松さんはどのような見通しを持っているのだろうか。
「英国の新首相が決まり、11月の米国大統領選挙を通過するまでは、経済への不透明感がより強まり、市場には恐怖感が強く漂って、リスクオフの動きが優勢となる可能性があります。米ドル/円は、11月までの間に下値を試す動きがありそうです。
それ以降については、先ほどもお話したとおり、不透明感が払拭され、米ドル/円は上昇すると考えています。
問題は下値ですが、これは英国国民投票の際につけた99円近辺で十分な気もしますが、さらなる思いがけないイベントが起こった場合でも日銀が2013年4月に最初にQQE(量的質的緩和)を導入した水準、92~96円以下まで下落する可能性は少ないとみています」
【参考記事】
●ザイFX!で2013年を振り返ろう!(1) 【相場編:前編】アベノミクスで円安進む!
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:米ドル/円 月足)
英国の新首相決定・EU離脱正式申請や米国大統領選挙が終わるまではリスクオフが優勢としながらも、それらのイベントを通過すれば不透明感が払拭し、米ドル/円は上昇するイメージというのが平松さんの見解だ。
ニューヨークから現地の生の声を交えてニュース配信をしているフィスコNY。元為替ディーラーの平松さんによる記事も読み応え十分なので、ぜひトレードに活用してみてはどうだろう。
その際は、新たにフィスコがニュース配信元に加わった、ザイFX!のニュースコンテンツをぜひ、ご覧ください。
(取材・文/ザイFX!編集部・庄司正高)
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