注目の米大統領選まであと1カ月を切ってきました。果たして米大統領となるのは共和党のドナルド・トランプ氏か? 民主党のヒラリー・クリントン氏か? その成り行きは為替市場をはじめとした金融市場に大きな影響を与えると考えられます。
そこで、ザイFX!では、今回から複数回に渡って、米国在住の広瀬隆雄さんに米大統領選についてご寄稿いただくことにしました。
広瀬さんはJPモルガンなどを経て、米国にて投資顧問会社を設立。現在は人気投資ブログメディア「Market Hack」の編集長も務めています(ザイFX!編集部)。
■性的発言の動画はトランプにとって痛かった
10月9日(日)、ミズーリ州セントルイスで米大統領選の第2回テレビ討論会が開催されました。
この討論会に先立ち、先週(10月3日~)、ドナルド・トランプの性的発言の動画がフェイスブックなどで盛んにシェアされました。
その動画は2005年に隠し撮りされたものです。当時、彼は将来、大統領選挙戦に出馬することなどに当然、配慮していませんでした。だから、かなり露骨に、女性を単なる性的対象と見るような発言をしています。
今回の討論会の中でトランプは「あれは単なるロッカールーム・トークに過ぎない」と弁明しました。つまり、男子更衣室で男同士が交わしがちな、無遠慮な会話というわけです。
■トランプ選挙本部は悲壮なムードに
しかし、米紙の報道によると、この動画が流出した際、トランプの選挙本部には悲壮なムードが漂ったそうです。
つまり、話の内容は、他愛もない「お下劣」なトークに過ぎないにしても、トランプの喋り方には、ほとんど性格異常者を想起させる、キモチワルイ「ヒヒ爺」臭がプンプンしていたのです。
■最初の10分、トランプはボコボコにされた
そんなわけで討論会に登場した際のトランプの表情は普段のいばったところが全然なく、顔面蒼白、オドオドして、声も消え入るほど小さかったです。
のっけから質問は性的発言に向けられ、討論会の最初の10分はトランプにとって過去サイアクの、ボコボコに凹まされる内容でした。
しかし、ディベートが熱を帯びてくるに従い、トランプはいつもの調子を取り戻し、最後は何とか体面を保ったと思います。
つまり、今回の討論会では明らかにヒラリー・クリントンが勝ったけれど、「もうこれで大統領選挙の結果は決まった!」というようなKOパンチは浴びせることができなかったというわけです。
下のグラフは第2回討論会の直前までの両候補の支持率です。
実際の選挙戦は選挙人投票(Electoral vote)のポイント数を巡って戦われます。各州の人口の多さに比例して、「カリフォルニアは55ポイント、テキサスは38ポイント……」というふうにポイント数が決まっており、その州での勝者が全部のポイントを奪う方式です。
そして、現在の選挙人投票シェアは以下のようになっています。
ここで「不明」とは、「接戦すぎて、どちらとも言えない」州を指しています。この数字はトランプの性的発言の動画が流出したあとで、かなりクリントンの方へ流れています。
その一方でトランプの選挙人投票シェアは31%のままで、このところずっと変化はありません。
トランプ支持者はすでに「自分は彼を支持する」ということを固く決めており、それは今回の性的発言でも覆らないと思います。
■トランプ支持者が離反しないワケ
その理由は、トランプ支持者とクリントン支持者は、同じアメリカに住んでいながら、まったく別の政治観を持っているからです。
トランプの支持者は「白人、低所得、低学歴」が多いと言われます。彼らは数の上からは本来、アメリカを代表する多数派であるべきなのに、8年間に渡る民主党のオバマ大統領の治世では、まるでマイノリティーのように、隅に押しやられてきました。
(我々の声は、政治に反映されていない!)
そういう絶望感を、この層は抱いているわけです。
なるほど、2008年に起きたリーマンショック以降、アメリカ経済は「1930年代の大恐慌以来」と言われる不況から、なんとか立ち直りました。
しかし、元気を取り戻したのはおもに富裕層であり、中流と呼ばれる人たちの暮らし向きは苦しかったのです。
■トランプ支持者は生活が苦しいのは移民のせいと理解しがち
なぜ、自分たちの暮らし向きは一向に良くならないのか? その答えを、庶民は「中国からの輸入品が悪い」とか「メキシコからの移民が悪い」というように、わかりやすいスケープゴートを作ることで理解しがちです。
移民問題は、米国だけの問題ではなく、グローバルな問題です。一例として6月に英国でEU(欧州連合)離脱を巡る国民投票が実施されたのも、もとを正せば、移民問題がきっかけでした。
【参考記事】
●緊急特集:EU離脱・英国国民投票まとめ。まさかのEU離脱で世界に激震
米国の場合、現在、移民の流入は高水準になっています。下は米国でグリーンカード(永住権)を取得した人の数を示しています。
よく話題になるメキシコからの不法移民は、当然、上の数字には含まれていません。
■米国政府に対する国民の信頼は過去最低に近い
それにしても上院議員から国務長官まで歴任したヒラリー・クリントンが、なぜ、今までまったく政治家の経験ゼロのトランプに対して苦戦を強いられているのか?という疑問が湧きます。
その答えは、米国民の政治やエスタブリッシュメント(支配階級)に対する不信に求めることができるでしょう。
下は超党派の調査機関、ピュー・リサーチセンターがまとめた、米国政府に対する国民の信頼感のグラフです。ここでは「信頼している」と答えた回答者のパーセントから「信頼していない」という数字を引き算した結果を示しています。
これを見ると、米国政府に対する国民の信頼は、過去最低にかなり近いことがわかります。
■FRBは米国民から嫌われている!
もうひとつ、我々投資家が心に止めておかねばならないことは、アメリカの中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)に対する国民の支持は、とても低いということでしょう。
【略号の説明】
CDC 米国疾病予防管理センター
FBI 連邦捜査局
NASA アメリカ航空宇宙局
CIA 中央情報局
FDA 米国食品医薬品局
EPA 環境保護庁
FRB 連邦準備制度理事会
IRS 内国歳入庁
トランプは「FRBに対する米国民の支持は低い」ということをよくわきまえているので、「自分が大統領になったら、イエレン議長は再任させない」ということを明言しています。
また、クリントンもさすがにFRBの改革に関して何もアイデアがないと思われるのはまずいので、「私が大統領になったら、投資銀行出身者が連邦準備制度理事や地区連銀総裁になることを禁じる」ということを打ち出しています。するとニューヨーク連銀総裁のウイリアム・ダドリーやスタンレー・フィッシャーFRB副議長は、クビになるリスクがあるということです。
■ヒラリー勝利→リスクオンの株高→円安とは単純にいかない
さて、最後のポイントですが、クリントンは増税を提唱し、トランプは減税を提唱しています。
特にクリントンの公約は富裕層にとってかなりの増税を意味しており、過去の経験では増税の気運が高まる、と株式市場はそれを嫌気することが多かったです。
だから、「クリントン勝利→リスクオンの株高→円安」というふうに単純に考えない方が良いと思います。
株主:株式会社ダイヤモンド社(100%)
加入協会:一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)