ザイFX!の仲値トレード検証が学会発表!?
金融機関の仲値が決まる、日本時間午前10時ごろに向けて米ドル/円を買って、仲値付近で売り決済することで利益を狙う「仲値トレード」。これは米ドル/円が仲値にかけて上昇することが多いと言われる、為替市場のアノマリー(※)を活用したトレード手法だ。
(※「アノマリー」とは、明確な理論的根拠はないものの、実際にはそうなることがよくあるかもしれないとされる経験則のこと。株式の世界では、5月に株を売って9月の第2土曜日までは相場に戻ってくるなという「セル・イン・メイ(Sell in May, and go away; don't come back until St Leger day)」などが有名)
しかし、本当に仲値に向けて米ドル/円は上昇することが多いのか? 仲値トレードを機械的に繰り返すだけで、中長期的な収支がプラスになるのか?
そんな疑問から、ザイFX!が過去データを使って有効性を検証したところ、一定の条件下で米ドル/円の仲値トレードを行うと、7割以上の確率でトレードが成功し、統計的検定においても偶然とは考えにくい高度な有意差が認められる結果が得られた。そのことを鼻高々に公開したのが、2017年10月のこと。
【参考記事】
●「仲値トレード」って本当に儲かるの?(1) 実は巷で言われているような法則はない!?
●「仲値トレード」って本当に儲かるの?(2) 相場観一切無視で勝率7割超の手法発見!?
そこからおよそ1年半後の2019年3月、電子情報通信学会の総合大会で、「外国為替市場におけるゴトウビアノマリーの有効性検証」と題する学会発表があった。
電子情報通信学会とは、電子情報通信分野で国内有数の規模を誇る学会だが、そこで発表されたこの研究では、なんとザイFX!の「仲値トレード」の記事が先行研究として取り上げられ、一段とブラッシュアップした検証の結果、仲値トレードが本当に「使える」トレード手法であったことが学術的に実証されたのだ!
知らせを受けたザイFX!編集部は、いても立ってもいられず、検証の指揮にあたった茨城大学大学院理工学研究科 機械システム工学領域の教授で、理学博士の鈴木智也氏(以下、鈴木教授)と、検証を担当した秋山朋也氏(以下、秋山氏)に話をうかがった。
そもそも、なんで「仲値トレード」の研究を??
「今回の仲値トレード検証は、2018年4月から始まったマネックス証券との共同研究の一環です。10月に学内で中間発表を行い、電子情報通信学会総合大会(2019年3月)での発表に至りました。
共同研究は当初、為替の先行きの価格予測をテーマにスタートしたのですが、その後、時間帯を絞ることで、何かしらの法則性が見つかるかもしれないということになり、為替市場で耳にするアノマリーが本当なのかどうかを調べてみたいという話が、マネックス証券から持ち込まれました」
そう語る秋山氏は現在、鈴木教授が指導する茨城大学大学院の理工学研究科で、機械システム工学を専攻する1年生。仲値トレード検証を始めたのは、茨城大学工学部知能システム工学科(現・機械システム工学科)の4年生のときで、この研究は秋山氏の卒業論文にもなったという。
つまり、秋山氏は仲値トレードの検証で大学を卒業したということ。それを聞いて、ザイFX!の仲値トレード検証を担当した記者の中で、秋山氏への親近感が猛烈に高まった。
そして、鈴木教授は日本テクニカルアナリスト協会に所属し、全世界で100名ほどしかいないMFTA(国際テクニカルアナリスト連盟検定テクニカルアナリスト)の資格を有する、テクニカルの専門家でもある。テクニカルアナリストの立場からも、アノマリーが本当に存在するかどうかを、データ分析で確かめたいと思ったという。
そのときに、ザイFX!の記事を先行研究として取り上げ、それよりもサンプル数を増やしてもっと厳密にやってみようと始まったのが、仲値トレード検証を行った経緯だったそうだ。
より厳密なデータで検証の信憑性がアップ!
秋山氏は、2010年8月から2018年7月までの、約8年間に及ぶ米ドル/円の過去データ(1時間足)を検証した。これは、ザイFX!の検証期間(約5年8カ月)よりも、単純計算でデータ量が560日分ほど増えている。
【参考記事】
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また、ザイFX!の検証では、ゴトー日(※)を単純に営業日の中で「5の倍数の日」と設定したため、金曜日とゴトー日が重なる日のサンプル数が58日しかなかった。それに対し秋山氏は、金曜日とゴトー日が重なる日と、土日や日本の祝日を考慮した「前倒しゴトー日」を合わせて、約240日分のサンプルを抽出。そこから、一段と信憑性の高い検証結果を導き出したのだ。
(※学会発表の資料は「ゴトウビ」と表記しているが、本記事では「ゴトー日」で統一)
※「外国為替市場におけるゴトウビアノマリーの有効性検証」より
検証の方法を、秋山氏は以下のように説明してくれた。
「検証では、仲値通過後のキリの良い10時ちょうどを決済タイミングに設定して、9時、8時、7時…と、新規の買いポジションを建てる時間を1時間ずつ、ずらしていきました。
それを「ゴトー日以外」、「ゴトー日」、「金曜日」、「金曜日でかつゴトー日」の4つの条件に分類して、それぞれの時間幅で米ドル/円が上昇する確率を計算しました」
以下の表は、それを一覧にしたものだ。
※オレンジ部分は有意水準α=0.05、黄色部分は有意水準α=0.01において有意差が認められた箇所
※「外国為替市場における ゴトウビアノマリーの有効性検証」より
「オレンジ色と黄色で塗りつぶされた部分は、統計的検定において偶然とは考えにくい有意差が確認できたものです。特に、黄色で塗りつぶされたところは、そうなる確率が統計的検定において1%以下という、非常に高度な有意差が認められた部分になります」
かなりのパターンで仲値トレードの有効性を検証した秋山氏。ゴトー日以外の日を除くと、早い段階で米ドル/円を買っておけば仲値に向けて上昇する確率が高く、統計的検定において偶然とは考えにくい有意差が認められたことを実証した
ザイFX!が行ったのは日本時間7時以降の時間帯の検証で、その中では「金曜日で5の倍数の日の7時から10時」の時間帯が、米ドル/円が上昇する確率がもっとも高く(74.1%)、統計的検定において高度な有意差が認められたと結論づけていた。
【参考記事】
●「仲値トレード」って本当に儲かるの?(1) 実は巷で言われているような法則はない!?
●「仲値トレード」って本当に儲かるの?(2) 相場観一切無視で勝率7割超の手法発見!?
※黄色に塗られたパターンは、統計的検定で有意差のあったもの
※『「仲値トレード」って本当に儲かるの?(2) 相場観一切無視で勝率7割超の手法発見!?』内の表を編集して掲載
秋山氏の検証における、同時間帯(7時~10時)の米ドル/円上昇確率は58%(0.580)。前倒しゴトー日を含めてサンプル数が増えたことも影響しているため、ザイFX!の検証とは結果に開きがあるものの、ここでも非常に高度な有意差が確認できている。ザイFX!の検証結果は、間違いではなかったのだ!
そして、ゴトー日以外だと、あらゆるパターンで有意差が認められず、金曜日やゴトー日でも9時や8時に買いポジションを建てるような時間幅の短いトレードだと、統計的検定で有意差のある結果が得られないという結果も、ザイFX!の検証と一致している。
ポジションを持つ時間が長いほど収益アップ!?
実は、秋山氏は午前0時よりも前からの時間についても、米ドル/円の上昇確率を計算して検証している。それられも含めた中で、非常に高度な有意差が認められ、かつ米ドル/円の上昇確率がもっとも高かったのは、金曜日かつゴトー日の5時から10時の時間帯と、金曜日かつゴトー日の3時から10時の時間帯で、ともに63.4%(0.634)という結果になった。
つまり、金曜日でかつゴトー日(前倒しゴトー日含む)の3時か5時に米ドル/円を買って、仲値公表後の10時に売り決済するトレードがもっとも勝率が高く、ほぼ3回に2回は成功していたということになる。
※オレンジ部分は有意水準α=0.05、黄色部分は有意水準α=0.01において有意差が認められた箇所
※「外国為替市場における ゴトウビアノマリーの有効性検証」より
ところが、時間幅ごとの累和リターン(※)を見ると、勝率の高かった時間帯と、収益率の高かった時間帯は一致していないのだ。運用パフォーマンスの推移を表した以下のグラフを見ると、午前0時以降の時間帯において、おおむねポジションの保有時間が長いほど、最終的な収益率が高くなっていた傾向がみてとれる。
(※「累和リターン」とは、常に一定数量のポジションでトレードを繰り返したときの収益の合計)
※検証期間:2010年8月~2018年7月
※「外国為替市場におけるゴトウビアノマリーの有効性検証」の検証データをもとにザイFX!が作成
この傾向のとおり、上昇する確率は同じでも、5時に買うより、それよりも早い3時に買う方が、パフォーマンスが良かったこともわかる。
このような結果になったのは、ポジションの保有期間が長いほど、時間内の米ドル/円の値幅自体が大きくなる傾向が高まり、1回のトレードで獲得する利幅が増える可能性があるからと推測される。
「研究では、時間幅とアノマリー(仲値トレード)の収益性には、トレードオフの関係があると結論づけました」
つまり、リスクを抑えて勝率を優先するなら3時か5時に買うのが良く、より高いリターンを優先するなら、それよりリスクは高くなるが0時に買うのが良いということになりそうだ。
※「外国為替市場における ゴトウビアノマリーの有効性検証」より
ちなみに、運用パフォーマンスの計算には、スプレッド分の取引コストも加味されている。しかも、加味したスプレッドは2銭ほどと、現在の米ドル/円の業界最狭水準となる0.3銭と比べると、かなり広めの幅を適用しているというのだ。スプレッドの狭いFX会社でトレードすれば、一段と運用パフォーマンス向上も見込めそうだ。
「検証の結果を試したくて、デモ口座を使ったトレードも行ってみました。結果は勝率約6割、トータル収支はプラスと良好でした」
仲値トレードが「イケる」トレード手法だということを、デモトレードでも実証した秋山氏。本当はリアル口座で試したかったそうだが、FX会社の口座開設に必要な身分証明書を実家へ取りに帰る時間がなかったので、泣く泣くデモトレードで検証したんだそう…
データ上だけでなく、仲値トレードが正真正銘、有効なトレード手法であることを実践でも証明している。
まもなく仲値トレードが世界デビュー!?
「休日や祝日を考慮した前倒しゴトー日の設定や、一部の欠損値にどう対応するかといった点で苦労しましたが、ゴトー日以外の米ドル/円は、どの時間幅でも仲値に向かってはランダムウォークに近い変動となる一方、輸入企業の資金決済が集中しやすいゴトー日は米ドル/円の上昇確率が高いという、思惑どおりの結果が得られました」
そう語る秋山氏だが、金曜日も米ドル/円の上昇確率が高く、かなりの時間幅のパターンで有意差が認められる結果になったことについては、どのようなロジックでそうなるのか、現時点ではまだ、詳しい分析は行えていないそう。
鈴木教授はこのことについて、おそらく、昔の米相場(大坂堂島米会所)時代の資金決済の名残が残っているのではないかと推測する。
「ゴトー日の5日や10日といったキリの良い数字に加え、週末の金曜日も資金決済日としてわかりやすいという支払い者の思惑が昔からあって、その慣習が今も続いているのではないでしょうか。このような文化は海外にはないと聞いていますので、日本独自のものでしょう。
今回は米ドル/円で行いましたが、今後は同じことをユーロ/円やユーロ/米ドルで検証してみようと思っています。そこでユーロ/米ドルの仲値に向けた値動きに一定の法則性が見られなければ、日本独自のものだという仮説が実証されて、また1つの研究結果として成立するのではないかと考えています」
今後はユーロ/円やユーロ/米ドルなど、米ドル/円以外の通貨ペアでも仲値トレードの有効性を検証してみて、円の絡まない通貨ペアでアノマリーが確認できなければ、日本独自の現象という結果を発表できるのではないかと鈴木教授は考えている
鈴木教授の研究室、「複雑データサイエンス研究室」では現在、電子情報通信学会で発表された「外国為替市場におけるゴトウビアノマリーの有効性検証」を、世界最大規模の学術出版社である、オランダのエルゼビアが発行する学術雑誌、『Physica A』に投稿する準備を進めているという。
研究室のウェブサイトには投稿準備中として、「Gotobi Anomaly Hidden in Japanese Forex Markets」という英題が掲載されている。日本語にすると、「日本の外国為替市場に潜むゴトー日アノマリー」といったところだろうか。
仲値トレードが世界デビュー(!?)を果たす日が、そう遠くないうちにやってくる。楽しみだ。
(「0.1秒後の為替レートを8~9割の精度で予測! AIによる金融市場研究はどこまで進んだ?」へつづく)
(取材・文/ザイFX!編集部・堀之内智 撮影/和田佳久)
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