米大統領選(米大統領選挙)とは、一般に4年ごとに実施される、米国(アメリカ合衆国)の大統領を決める選挙のことを言います。
11月第1月曜日の翌日に、有権者が投票を行う「一般投票(本選挙)」のことを指すイメージが強いですが、本来は、立候補者の選挙活動、各党が大統領候補者を選出するために行う予備選挙や党員集会などのイベント、一般投票のあとに行われる選挙人投票などの、大統領選出までに行われる一連のプロセスの総称を、米大統領選と呼ぶのが一般的です。
米国は言わずと知れた、世界一の経済・金融・軍事大国で、基軸通貨の米ドルを法定通貨にしている国です。そのため、米国の経済政策や財政政策は、世界的に大きな影響を与えることが多々あることから、米国の国家元首で連邦政府の長にあたる米大統領を決める選挙は、毎回、世界中から大きな注目を集めます。
2020年の米大統領選は、新型コロナウイルスの影響で、民主・共和の両党で大規模な党員集会が見送られ、全国大会の開催も当初の予定より遅れたほか、トランプ大統領の新型コロナウイルス感染で2回目の大統領候補テレビ討論会が中止になるなど、一般投票までのスケジュールが例外的な日程で進行してきました。
そして、通常は2020年11月3日(火)の一般投票が行われれば、ほどなく次期大統領が事実上、決定しますが、今回はそれが決定せずに長引く可能性も取り沙汰されています。新型コロナ感染拡大の影響で郵便投票が急増しており、その分の開票が遅れる可能性や、トランプ大統領が「郵便投票は信頼できない。選挙結果は連邦最高裁に持ち込まれることになるだろう」といった趣旨の発言を繰り返していることなどからです。
なお、米大統領の任期は1期4年で、最長で2期10年までと定められています。これは、前任の大統領から大統領職を引き継いだ場合を想定しており、引き継ぎ期間が2年以下なら、その後に2期8年まで務めることができ、最長で10年までは務めることが可能というものです。ただし、歴代の米大統領の中で、大統領職を8年を超えて務めたことがあるのはわずか1人だけで、通常は2期8年までというのが一般的です。
■株価の動向で大統領選の結果が占える!?
米国の現代二大政党である民主党(Democratic Party)か共和党(Republican Party)に所属していない候補者が大統領に選ばれるためのハードルは高く、1852年以降は、二大政党からそれぞれ選ばれた候補者のどちらかが、大統領に就任しています。
一般的に、民主党は「リベラル(自由主義)」、共和党は「保守」の傾向が強いと言われています。経済政策では民主党は大企業などに対する規制を強化し、低所得者など一般大衆にやさしいイメージがあります。一方の共和党は規制を緩和し、民間企業を優遇するイメージがあります。そのため、共和党の大統領の方が株式市場には良いといったふうに語られることもありますが(※)、過去の株価の推移を調べてみると、民主党の大統領が就任している期間の方が、共和党の大統領が就任している期間に比べて、株価のパフォーマンスが良かったという分析結果もあるようです。
(※民主党、共和党という党派の違いだけでなく、個々の大統領の政策やキャラクターによっても、金融市場とどのような関係性を持ちそうかと語られるイメージは変わってきます)
また、米大統領選が実施される年の米国株は、年間の騰落率がプラスになることの方が多く、年初から株価の低迷が続いた場合は、おおむね政権交代が起こってきたとも言われています。
さらに、それぞれの候補者の公約などから、株式市場が受ける影響が予想されたり、大統領に就任したあとも、任期1年目、2年目、3年目、4年目で、株価のパフォーマンスがどうなるかといったことも、よく話題になります。
■民主党なら米ドル高、共和党なら米ドル安の傾向も
そして、政権政党が代われば当然、政策も変わる可能性が高く、それによって為替市場では米ドル相場に影響が出ることも、十分に考えられます。
以下は1986年から2020年6月末時点までのドルインデックスのチャートです。これを見ると、2017年以降のトランプ政権下(共和党)は少し例外ですが、近年では民主党政権下では米ドル高、共和党政権下では米ドル安の傾向で、しかも、政権交代前後に天井か底をつけてきたことも、かなりはっきりと確認できます。
(出所:TradingView)
これには、財務長官の交代が米ドル相場に影響しているという指摘もあります。こうした傾向もあることから、米ドル相場の行方を左右する可能性もある米大統領選は、FXトレーダーにも注目されています。
■米大統領選のしくみ
米大統領選は、形式上、有権者が選挙人団を選出する、間接選挙方式が採用されています。
選挙人団とは、米大統領と副大統領を最終的に選出する「選挙人」の集まりのこと。現在の一般投票では、有権者が投票用紙に記された大統領候補と副大統領候補のペアの中から選択して投票するため、一見すると直接投票のように見えますが、実際には、有権者の票は、事前にその大統領候補と副大統領候補のペアを支持すると誓約している、選挙人候補団への投票となります。
つまり、民主党の大統領候補と副大統領候補のペアに投票した有権者の票は、民主党の大統領候補と副大統領候補のペアを支持すると誓約している選挙人候補団の得票数となり、共和党の大統領候補と副大統領候補のペアに投票した有権者の票は、共和党の大統領候補と副大統領候補のペアを支持すると誓約している選挙人候補団の得票数になるということです。
(出所:RealClearPolitics)
全米での選挙人の数は、米議会の上院の定数に相当する100名と、下院の定数に相当する435名、そこに、ワシントンDC(コロンビア特別区)に割り当てられた3名を加えた計538人で、各州には、その州における上院・下院の議席数と同数の選挙人が割り振られています。そのため、基本的に二大政党の一騎打ちとなる近年の米大統領選では、538人の過半数となる270人以上の選挙人を獲得した大統領候補と副大統領候補のペアが、大統領選に勝利することになります。
過半数となる270人の選挙人獲得でポイントの1つとなるのが、ネブラスカ州とメイン州を除いた州で採用されている「勝者総取り方式」と呼ばれるしくみ。これは、一般投票でもっとも多くの票を獲得した選挙人候補団が、その州のすべての選挙人を獲得できるという方式です。
■勝負の行方を左右する「スイング・ステート」
以上のように米大統領選には独特な間接選挙方式が採用されているため、単純な得票数だけでなく、選挙人の数が多い州をどれだけ制することができるかということが注目ポイントとなっています。そしてそれ以上に重要なのが、「スイング・ステート」と呼ばれる存在です。
米国では伝統的に民主党の強い州、伝統的に共和党の強い州があり、こうした州ではよほどのことがない限り、選挙結果にほとんど波乱はありません。しかしながら、民主党と共和党の支持率が拮抗していて、大統領選のたびに選出される選挙人団が変動する州があり、こうした州はスイング・ステート(swing state)、あるいはトスアップ州と呼ばれます。
スイング・ステートとしては、フロリダ州、ペンシルベニア州、オハイオ州、ミシガン州、ノースカロライナ州、バージニア州、コロラド州、アイオワ州、ネバダ州、ニューハンプシャー州、ウィスコンシン州、ニューメキシコ州などが知られており、これらの州を制して選挙人団を獲得することが、事実上、大統領選の勝者を決めると考えられています。
(出所:RealClearPolitics)
■世論調査や米大統領選先物はアテになるか?
こうしたスイング・ステートの選挙結果を予想するうえで参考とされるのが、メディアなどが行う各種世論調査の結果など。その世論調査のデータを収集している政治ニュースサイトの「リアルクリアポリティクス」(RealClearPolitics)は、市場関係者の多くがよく見ていることで知られています。
また、米大統領選が近づくと、「米大統領選先物」も金融市場ではちょっと注目を集めます。これはアイオワ大学のビジネススクールが運営している、米大統領選の結果を収益化できるIEM(Iowa Electronic Makets)という名称の先物取引市場のことです。市場参加者の予想を反映する、この「米大統領選先物」はお金がかかっているだけに世論調査よりも予想精度が高いと言われたりすることがあります。
とはいえ、近年は世論調査の結果が、以前よりもアテにならなくなってきていると言われるようにもなっています。記憶に新しいところでは、2016年の米大統領選で、世論調査で優勢だった民主党大統領候補のヒラリー・クリントン氏が、共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏に敗れるといったことがありました。
そして、世論調査よりも予想精度は高いなどと言われてきた「米大統領選先物」の数字も2016年の米大統領選ではヒラリー・クリントン氏優勢を示しており、世論調査と同様、アテにならなかったのです。
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■近年の米大統領選
2008年の米大統領選では、民主党候補のバラク・オバマ氏と共和党候補のジョン・マケイン氏が対決。一般投票の得票数で大きく上回ったバラク・オバマ氏が、365人の選挙人を獲得する大差をつけて勝利し、黒人初の米大統領に就任しました。
2012年の米大統領選では、現職のオバマ大統領に共和党候補のミット・ロムニー氏が挑みましたが、オバマ氏が再選を果たしています。
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2016年の米大統領選では、前述の世論調査などで有利とみられていた民主党候補のヒラリー・クリントン氏が、一般投票の得票数では大差をつけてリードしたものの、選挙人の過半数を獲得したのは共和党候補のドナルド・トランプ氏となり、トランプ氏が米大統領選に勝利したという出来事がありました。
2016年の米大統領選では、民主党候補のヒラリー・クリントン氏(右)と共和党候補のドナルド・トランプ氏(左)が対決し、トランプ氏が米大統領選に勝利した。写真は2016年9月に行われた第1回目のテレビ討論会の様子を、米国国民が見守っているところ (C)Steve Pope/Getty Images
劣勢が伝えられていたトランプ氏は、選挙期間中から党内にも反発の声が挙がるほどの過激な言動が話題になっており、仮にトランプ氏が米大統領選に勝利した場合は、「トランプショック」で金融市場が強烈なリスクオフに見舞われると、多くの市場関係者が予想していました。
そして、2016年11月8日(火)に行われた一般投票の開票が進むなか、トランプ氏の優勢が伝わると、為替市場では米ドル/円が105円台半ばから101円台半ばまで下落するなど、金融市場は事前予想どおりにリスクオフの動きを当初は見せました。しかし、トランプ氏の当選が確定したあたりからは、一転して株価や米ドル/円が急反発して、そこから「トランプラリー」と呼ばれる強烈なリスクオン相場へとつながっていったことは、市場参加者の多くの記憶に刻まれています。
2020年の米大統領選では、オバマ政権時代に副大統領を務めた民主党のジョー・バイデン氏が黒人女性のカマラ・ハリス上院議員を副大統領候補に擁立し、2期目を目指すトランプ大統領とマイク・ペンス副大統領のコンビと対決する予定となっています。
もしバイデン氏が勝利すれば、米国史上最高齢の大統領と、女性で初の副大統領が誕生することになるため、そのことも注目されています。
■米大統領選の問題点は?
厳密には、12月第2水曜日の次の月曜日に行われる選挙人投票で、一般投票で選出された各州の選挙人団が投票を行い、その開票が実施される翌年1月6日に、米国の次期大統領が確定します。
ですが、選挙人投票では、ほとんどの選挙人団が、有権者に対して事前に支持を誓約した大統領候補と副大統領候補のペアに票を投じるため、よほどの混戦や敗戦が見込まれる候補からの異議申し立てなどで、開票作業をやり直すなどといったことがない限り、各候補が獲得した選挙人の数が判明する11月第1月曜日翌日の一般投票をもって、米国の次期大統領が決まると考えられています。
現代の米大統領選では、一般投票の投票用紙に大統領候補と副大統領候補のペアが記されているため、すでに間接選挙という形式は形骸化されているとの指摘もあります。しかし、選挙人を介したシステムは直接投票とも言えず、非常に曖昧な部分があるとも言えます。
このような選挙人を経由したやり方が現代にも引き継がれているのは、国土が広く、交通や通信が不便だった時代に制定された合衆国憲法で規定されているためで、憲法の修正が極めて難しいという理由があったからです。
また、現行の選挙制度の問題としては、一部の州を除いて採用されている勝者総取り方式によって、全米で有権者の支持がもっとも多かった候補者が必ずしも大統領に当選するわけではないという、民意を完全に反映しきれない結果が生じることが挙げられます。
過去、そのよう結果になったことは何度かあり、先に触れた2016年の米大統領選でも、得票数で200万票以上も上回っていた民主党大統領候補のヒラリー・クリントン氏が、選挙人の過半数を獲得することができず、共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏に敗北を喫しています。
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