今回からトルコ人の為替ストラテジスト、エミン・ユルマズさんのコラム「トルコリラ相場の明日は天国か? 地獄か?」がスタートします。
エミンさんは、トルコのイスタンブール出身。16歳の時、国際生物学オリンピックで金メダルを取ると、その後、留学生として日本に来日。一般受験で東京大学理科一類に合格、その後、同大学院にまで進学したという経歴の持ち主。現在は、複眼経済塾取締役・塾頭、エコノミスト・為替ストラテジストとしてセミナー講師を務めるほか、メディアにも多数出演しています。
現在、日本の投資家の大注目を集めているトルコの政治や経済、そして、トルコリラ相場について、エミンさんがバッチリ解説してくれますよ。
更新は原則として毎週水曜日の午後を予定しています。エミンさんの新連載に乞うご期待!(ザイFX!編集部)
■トルコリラ急落のきっかけは何だったのか?
トルコリラの急落が大きなニュースになって、他の新興国通貨にも影響が出始めています。
【参考記事】
●トルコリラ/円が一時、16円台まで暴落! トルコリラ急落の震源地はユーロか!?
●トルコリラ/円は一時15円台まで大幅続落! 原因はトランプとエルドアンの両大統領!?
(出所:Bloomberg)
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今回のトルコリラの下落が始まったのは8月1日(水)で、米政府がトルコ政府の閣僚2名を対象に制裁措置を発動させたことがきっかけでした。制裁の対象となったのはソイル内務大臣とギュル法務大臣でした。
(出所:Bloomberg)
この2人について、米国への入国拒否、米国にある資産の凍結などの制裁措置が発動されました。2人が対象になった理由は、トルコで逮捕されているブランソン牧師の逮捕においてもっとも責任が重大だと米国側が考えているからです。
そもそも、トルコ政府はトランプ政権がハッタリをかましていると考えていたのが、今回の問題の発端にあると考えます。ブランソン牧師を必要以上に交渉のカードに使おうとしました。
ブランソン牧師は2016年に拘束されたのに、裁判にかけるのに約2年かかりました。
本来であればNATO(北大西洋条約機構)の同盟国に対する制裁には米上院が反対しますが、そうはなりませんでした。イラン問題もある中でエルドアン政権にしびれを切らしている可能性が高いです。
写真(中央)はトルコ政府に長期間拘束されているブランソン牧師。トランプ政権はブランソン牧師の釈放を求めているが…… (C)Anadolu Agency/Getty Images
■なぜ、このタイミングで米国はトルコ制裁に踏み切った?
なぜ、米国はこのタイミングでトルコ経済にとどめを刺して来たのでしょうか?
まず、米国は11月に中間選挙があります。ブランソン牧師を話題にすることでトランプ大統領は保守派のクリスチャンの票獲得に動いています。同じくトルコは来年(2019年)の3月に地方選挙があります。それぞれ両国の緊張を国内政治に利用しているのではないかと考えます。
2つ目の理由はトルコ政府の外交政策です。トルコ政府は2016年のクーデター未遂以降に外交面では親ロシア政策をとっています。
【参考記事】
●トルコ人エミン氏がズバリ直言。シリアよ、落ち着け! その時トルコリラは逆に動き出す
NATO加盟国なのにロシアから「S-400」というミサイルシステムの購入を決めたのが、NATO加盟国の間で大きな問題となっています。
米国はトルコの大統領選挙もあるので今まで様子見のスタンスで、バックチャンネルでトルコ政府への説得を続けていましたけれど、もはや見込みなしと判断し、制裁に出た可能性があります。
様子見スタンスから一転して、トルコへの制裁に踏み切ったトランプ大統領。もはや見込みなしと判断したということなのだろうか? (C)Chip Somodevilla/Getty Images
■親ロシア派一色となったトルコ軍の人事に米国が激怒!?
また、これはあくまでも憶測ですが、米国はトルコ軍の人事を待っていたのではないかと思います。トルコ軍の人事決定は8月上旬に行われます。
今年(2018年)の人事で親ロシア派(トルコではユーラシア派とも呼ばれる)の将校が軍の重要なポジションをすべて占めるようなったと言われています。このことはユーラシア派の新聞が一面で堂々と報道していたくらいです。米国はこの人事に激怒している可能性があります。
8月10日(金)、ニューヨーク・タイムズ紙にエルドアン大統領直筆のオピニオン記事が出ました。
その記事でエルドアン大統領は、トルコが米国以外にも同盟国の選択肢があると書いています。つまり、米国との同盟関係を破棄して中国、ロシアやイランと組むと言っています。
エルドアン大統領はニューヨーク・タイムズ紙で、米国以外にも同盟国の選択肢があることを示し、米国との同盟関係を破棄する可能性を示唆した (C)Anadolu Agency/Getty Images
また、8月13日(月)にロシアのセルゲイ・ラブロフ外務大臣がトルコを訪れました。トルコ政府としても親ロシア政策を変更する気がなさそうな印象を受けます。
■トルコ中銀は通貨防衛策発動も、利上げには踏み切らず
トルコリラについてですが、米ドル/トルコリラは一時、7.0リラを超え、トルコリラ/円でも一時、16円を割る水準まで下がる場面がありました。けれど、8月14日(火)には相場が少し落ち着いて、トルコリラ/円も17円台まで戻しました。
(出所:Bloomberg)
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8月13日(月)にトルコ銀行局はスワップ規制を発動しました。これはトルコの銀行がスワップ協定で調達できる米ドルの量に制限をかけるという措置で、自己資本の50%までしかスワップで米ドルを調達できなくなりました。
この規制によって外国の投機筋がトルコの銀行からトルコリラを安く調達し、それらを米ドルに変えて投機を行うことに制限を掛けたわけです。
この規制は一定程度の効果がありました。また、これに続いてトルコ中銀も流動性供給を目的とする一連の通貨防衛策を発動させましたが、肝心の利上げは行われませんでした。
■ブランソン牧師の釈放が近いと考える理由とは?
8月15日(水)はトルコがブランソン牧師を釈放するために米政府から与えられた期限の日と言われています。
ただし、この日程は正式に発表されたわけではないし、もし米国との交渉が進展しているのなら釈放日があとにずれる可能性もあります。
ブランソン牧師の釈放については、昨日(8月14日)、エルドアン派の主要コラムニストの1人であるアブドルカディル・セルウィ氏が、トルコの大手新聞のひとつ、ヒュッリイェト(Hurriyet)紙のコラムで「ブランソン牧師は医者の診断書1つで釈放することが可能だ」と書いています。
つまり、牧師の容疑は軽く、いつ釈放されてもおかしくないということです。トルコ政府としても医師が診断を出せば、「トランプの脅しに屈したのではなく、人道的な理由で釈放しました」ということにできます。
エルドアン派で一番影響力を持っているジャーナリストがそのヒントを出してきたので、個人的には、たとえ8月15日(水)ではなくても、ブランソン牧師の釈放は近いと考えています。
(出所:Bloomberg)
そうなると、トルコリラ/円もいったん19円までの戻りはあるのではないかと予想しております。
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