
G20大阪サミットの際に行われた米中首脳会談でいったんは落ち着きを見せた米中貿易戦争だが、その後もその成り行きはマーケットの注目を集め続けている。
米国と中国のみを指す「G2」という用語さえあるように、世界経済における中国の存在感は極めて大きい。けれど、中国という国がそれだけの存在感を示しているというのに、「FX界における中国人民元という通貨」はFXトレーダーの間ではあまり注目されていない。
みんながよく知らないうちに中国人民元の情報を仕入れておけば、儲けのチャンスが広がるのでは…!? 今回はネコ井口こと、ザイFX!編集長の井口稔がトレイダーズ証券の為替ディーラー・井口喜雄さんに中国人民元のことを根掘り葉掘り聞いてみた。

井口さん、今日はよろしくお願いします。僕も井口ですが…。
私も井口です。井口さん、どうぞよろしく!

■中国は為替操作をしているのか?
米国が年2回発表する為替報告書ってありますよね。あの為替報告書では毎回、どの国が為替操作国に認定されるかが話題になります。2019年5月末に発表された為替報告書で中国は為替操作国に認定されませんでした。
でも、普通の日本語の感覚で言えば、中国はまさに為替を操作してるんですよね~?
中国は為替操作をしています(笑)。ただ、以前と比べると中国当局も変わってきて、マーケットの値動きを重視していると思います。なにせ、世界第2位の経済大国ですからね。
中国人民元は前営業日のレートなどを参考に、中国の中央銀行である中国人民銀行が毎営業日、中国時間の午前9時15分(日本時間の午前10時15分)に主要通貨に対する基準値(中間レート)というものを発表します。その後の動きはマーケットに任せられるのですが、ただ、その日は対米ドルの基準値から上下2%の範囲しか変動しないことになっています。
■中国人民元にはCNYとCNHの2種類がある
あと、中国人民元には2種類あって、今、話したのは中国本土の居住者が中国本土で取引しているオンショア人民元(CNY)についてのことです。もう1つの中国人民元は香港などで取引されているオフショア人民元(CNH)です。
【CNYとCNHに関する参考記事】
●知ってた? 結構色々なFX会社で取引できるロシア、中国、トルコなどの新興国通貨
CNHには為替レートの値幅制限はないものの、CNHはCNYの動きと関係なく動き回っているわけでもありません。両者の為替レートは厳密には異なりますが、今現在はおおよそ同じようなレートになっています。
オンショア人民元(CNY)と
オフショア人民元(CNH)を比較
名称 | オンショア人民元 (CNY) |
オフショア人民元 (CNH) |
取引される場所 | 中国本土内 | 香港を中心とした中国本土外 |
取引参加者 | 中国本土内居住者 | おもに中国本土外居住者 |
1日の変動幅 | 制限あり (基準値に対して±2%) |
制限なし |
売買規制 | 規制あり | 規制なし |
日本国内のFX会社で扱われてきた中国人民元の多くはCNHの方です。そして、トレイダーズ証券が2019年3月から取扱いを開始した中国人民元もCNHです。
【参考記事】
●中国人民元/円など3通貨ペアが新登場! スワップは高い? セクシー鈴木奈々って!?
中央銀行が毎営業日、基準値を発表していたり、CNY、CNHと異なる2種類のものがあったり、基本的には自由に変動している米ドルや円のような通貨と中国人民元にはやっぱり違うところがあるんですね。
為替操作云々ということについて言えば、主要先進国では、為替相場への直接的な実弾介入は近年あまりありませんが、たとえば、日本だってユーロ圏だって、金融緩和の隠れた目的として通貨安にしたいということはあるでしょうから、為替を操作しているようなものですよ。表向きは絶対そう言いませんけどね。
トランプさんなんか、ツイッターで言いたい放題。よっぽど為替操作しているのでは…と思わなくもないです(笑)。
そういえば、ガッツリ為替介入していたのに、突然や~めたと放り出した先進国もありましたね。2015年のスイスショックでは…
いや~、スイスショックのときは私も現場で冷や汗をかきました。

SNB(スイス国立銀行[スイスの中央銀行])は、ユーロ/スイスフランについて、1ユーロ=1.2000フランに設定していた防衛ラインを為替介入によって守っていたが、2015年1月に突如撤廃。ユーロ/スイスフランは歴史に残る大暴落を演じた。この騒ぎは「スイスショック」と呼ばれている
(リアルタイムチャートはこちら → FXチャート&レート:ユーロ/スイスフラン 5分足)
【参考記事】
●ユーロ/スイスフランが約3800pips大暴落! スイス中銀が防衛ラインの撤廃を発表!
●プライスが消えた…。現役インターバンクディーラーが語ったスイスショックの瞬間
■ほとんどの月足が陰線! 着実に中国人民元高が進んだ時代
米ドル/円は大昔、1ドル=360円という固定相場制の時代がありましたが、中国人民元も固定相場みたいなときがなかったでしたっけ? 中国人民元相場の歴史をちょっと教えてもらえませんか。
中国人民元の通貨制度はいろいろと変わってきているんですが、ここ20年ぐらいの話をすると、1997年から2005年までは昔の円と同じように「米ドルとの固定相場制」だったんです。そのころは1ドル=8.28元ぐらいでした。
2005年7月に人民元改革が行われ、中国人民元は2.1%切り上げられ、同時に「通貨バスケットに対する管理変動相場制」に変わったんです。このころの1日の変動幅は上下0.3%まででした。

中国人民元の通貨制度について話す井口氏。中国人民元は長い間、米ドルとの固定相場制が続いてきたが、2005年7月の人民元改革から大きく変化しだした
管理変動相場制というのは為替相場をある程度は自由に動いてOKとするけれど、ある程度は管理するというものですね。これに対して、米ドルやユーロや円は基本的には自由に動く通貨なので、自由変動相場制ということになります。
また、通貨バスケットというのは米ドル、ユーロ、円など主要通貨で構成されたもの。米ドルに対する中国人民元相場をコントロールするのではなく、主要通貨で構成された通貨バスケットに対する中国人民元相場をある程度、コントロールしようということになります。
【固定相場制、管理変動相場制に関する参考記事】
●固定相場制(ペッグ制)が招いた悲劇!? 香港ドルなどの取扱い停止はなぜ増えた?
米ドル/中国人民元の長期の月足チャートを見てみると、2005年7月から3年間は着実に下がっていますね。つまり、米ドルに対して中国人民元高が着々と進行していたということですね。

(出所:Bloomberg)
自然な上下動がなく、ほとんどの月足が陰線になってますね。このころは相場の“管理”が厳しかったと感じます。
いや~、このとき、中国人民元、買いたかったな~。国策に売りなし!って言いますしね。国が管理して徐々に通貨高になってくれるんだったら楽勝ですよね。なんで、トレイダーズ証券さんはこのころ、中国人民元の取扱いを開始してくれなかったんですか!?
先ほど中国人民元は2種類あるという話をしましたが、そのころは基本的に中国本土居住者しか取引できないオンショア人民元(CNY)しかなかったんですよ。今、トレイダーズ証券が取り扱っているオフショア人民元(CNH)が香港市場で本格的に立ち上がったのは2010年7月のことなんです。
■2014年以降、中国人民元のチャートが割と自然になってきた
そうだったんですね。残念だったな~。
ところで、CNHがスタートしたのは2010年7月とのことですが、米ドル/中国人民元の月足チャートを見ると、その前、数年間はチャートがしばらく完全に横ばいになっていますね。
リーマンショックの前後の期間ですね。2008年7月から2010年6月まではリーマンショックを頂点とするサブプライムショックの影響で、1ドル=6.83元程度の固定相場制になっていました。

(出所:Bloomberg)
その後、2010年6月に通貨バスケットに対する管理変動相場制に再び戻り、1日の変動幅は0.5%と以前と比べて少し拡がりました。1日の変動幅は次第に拡がっていき、2014年3月からは上下2%になっています。そして、それが現在まで続いています。
2010年6月から2013年末までのチャートも結構、人為的に米ドル安・中国人民元高が進んできたように見えますが、2014年以降は米ドル高・中国人民元安の動きも起こってきて、割と自然な感じのチャートに見えますね。
【参考記事】
●実はチャイナショック時以上にひたひたと進んでいる中国人民元安。その理由は?

(出所:Bloomberg)
そうですね。中国人民銀行が毎営業日、基準値を決めるということ自体は変わっていませんが、マーケットを意識する度合いが強まっているのではないでしょうか。
中国人民元は当局の管理下に置かれていて難しいというイメージを持たれている人もいると思いますが、近年はだいぶ変わってきていると思います。これぐらいの動きで当局が管理している状態は、トレーダーとしてはやりやすい気もしますね。
ただ、米ドル高・中国人民元安の動きは1ドル=7.0元のあたりで2~3回止まって反落していますね。
1ドル=7.0元は中国当局が死守したい防衛ラインと言われています。そこに近づくと、当局の操作が強くなるのかもしれません。

(出所:Bloomberg)
■米中貿易戦争はこれからどう展開していく?
ところで、G20大阪サミットの際に米中首脳会談が行われ、米中貿易交渉は再開、米国による中国への追加関税は見送り、ファーウェイへの制裁も一部解除ということで、米中貿易戦争はいったん休戦したように見えます。
今後の米中貿易戦争はどう展開していくと見ていますか?
確かに最悪の事態は避けられましたね。ただ、米ドル/円などは米中首脳会談のあと、上窓を開けて上昇しましたが、2~3日ぐらいでしっかり窓を埋めて、元の水準に戻ってしまいました。

(出所:Bloomberg)
一時的にリスクオン方向に反応したものの、完全な解決への道筋が描かれているわけではないことをマーケットに見透かされていると感じます。
個人的にもこのままシンプルに米中が合意に向かっていくという筋書きは到底信じられません。貿易不均衡の問題だけでなく、知的財産権のことも話題になっていますし、2つの超大国の覇権争いという様相ですから、両国が引くに引けない戦いになっていると思っています。

米中の争いはまだまだ続いていくのか…。写真はG20大阪サミットの際に行われた米中首脳会談でのトランプ大統領と習近平国家主席 (C)Visual China Group/Getty Images
トランプ政権の内部では、中国に対してタカ派の人のスタンスは変わっていません。中国としても安易に譲歩すれば、習近平政権の基盤を揺るがしかねないので強気スタンスを取らざるを得ません。関税のかけあい、脅しあいが続き、ギリギリのところで落としどころを探るような交渉が長期に渡って続いていくのでは…と思っています。
この米中の争いはいったい、いつまで続くんですかね~?
トランプさんの任期中はずっと続くのではないですか。次も大統領選に当選したら、あと5年です。

トランプさんがツイッターで「合意が近い」とかつぶやいてリスクオンになったと思ったら、しばらくしてそれがひっくり返されてリスクオフになったり…。それが彼のやり方なので、これからもその繰り返しになると思うんです。
今はいったん米中の争いは落ち着いていますが、米中貿易戦争の懸念が高まってくる局面はまたあるはずなので、そこで活きてくるのが中国人民元/円という通貨ペアです。
どういうことでしょう?
今現在もこれからもマーケットには米中貿易戦争という大きなテーマがあります。その渦中の通貨というと、やっぱり中国人民元。中国人民元は米中貿易戦争における究極のリスクアセットなわけです。
一方、その真逆にいるのが安全通貨とされる円。だから、中国人民元/円は米中貿易戦争の中で一番動きやすい通貨ペアと言えるんです。
それ、ホントですか~?
(次ページでは、「米ドル/円の2倍以上も下落していた中国人民元/円」の話題が……)
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