■政治や金融政策のトップにボロクソに言われるリブラ
Facebook(フェイスブック)が、2019年6月に発表した独自の仮想通貨「Libra(リブラ)」が話題だ。話題といっても悪い意味であり、ボロクソに言われている状況なのだが、その一端を見てみよう。
・ 「リブラには評価も信頼性もほとんどない 」(トランプ米大統領)
・ 「リブラはプライバシーやマネーロンダリング(資金洗浄)、消費者保護、金融安定といった点で多くの深刻な懸念を引き起こしている」(パウエルFRB議長)
・ 「誰もがリブラを心配している」(ショルツ独財務相)
・ 「フェイスブックは危険だ」「消費者が苦労して稼いだお金を託すほどフェイスブックを信用すると、あなたは本当に思っているのか」(米上院銀行委員会での議員の発言)
政治のトップと金融政策のトップから批判され、それにFRB(米連邦準備制度理事会)議長が年2回の議会証言を行なうことでもおなじみの銀行委員会でもボロカスに言われ、政府・中銀の要人たちが集結するG7(先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議)でも厳しい声が相次いだ。
要人とその発言日など | 発言内容など |
ウォータース米下院議員 6月18日 |
「仮想通貨の開発停止に合意するようフェイスブックに要求する」(声明) |
カーニーBOE総裁 6月20日 |
「イングランド銀行は構想に寛容だが門戸開放というわけではない」(声明) |
黒田東彦日銀総裁 6月20日 |
「金融決済システムにどのような影響を及ぼすのか注視したい」(日銀会合後の記者会見) |
パウエルFRB議長 7月10日 |
「リブラはプライバシーやマネーロンダリング(資金洗浄)、消費者保護、金融安定といった点で多くの深刻な懸念を引き起こしている」(議会証言) |
トランプ米大統領 7月12日 |
「リブラには評価も信頼性もほとんどない 」(ツイッター) |
ムニューシン米財務長官 7月15日 |
「深刻な懸念を持っている」「安全保障の問題だ。影で運用されることは許さない」(会見) |
米上院議員 7月16日 |
「消費者が苦労して稼いだお金を託すほどフェイスブックを信用すると、あなたは本当に思っているのか」(上院銀行委員会・公聴会) |
ショルツ独財務相 7月17日 |
「誰もがリブラを心配している」(G7会見) |
麻生太郎財務相 7月17日 |
「当局側のタイムリーな対応が必要だ」(G7会見) |
G7議長国 ルメール経済・財務相 7月17日 |
「重大な懸念がある。緊急的な行動が必要だとの見方を共有した」「(通貨発行という)国家主権は侵害されるべきではない」(G7会見) |
※報道などを参考に筆者が作成
7月17日(水)に開幕したG7で厳しい発言が相次いだ影響もあり、150万円へ迫っていたビットコイン/円の価格は7月17日(水)には100万円割れまで急落した。
(リアルタイムチャートはこちら → 仮想通貨リアルタイムチャート:ビットコイン/円(BTC/JPY) 4時間足)
■「リブラ」とはどんな仮想通貨なのか?
リブラはなぜ、そこまで批判されるのか。まずは、リブラの基本からおさらいしていこう。
フェイスブックが仮想通貨を開発しているとブルームバーグが報じたのは、2018年12月。10億人以上のユーザーを抱える「ワッツアップ」(メッセージングアプリ)で送金できる仮想通貨を目指し、価格の乱高下を抑えるため、米ドルにペッグした「ステーブルコイン」にするとされていた。
フェイスブックのユーザー数は23億人。子会社にはワッツアップだけでなく、インスタグラムもある。「フェイスブックやインスタで少額の送金や買い物ができたら、急速に普及するのでは!?」とにわかに期待が高まった。
でも、それはビットコインなど既存の仮想通貨が目指しながら、まだ十分には実現できていないことでもある。
■リブラはビットコインと何が違うのか?
フェイスブックが「リブラ」の概要を発表したのは、ブルームバーグの報道から6カ月後の2019年6月18日(火)。そのおもな内容をビットコインと比べながら見ていこう。
リブラの大きな特徴は、発行主体が存在すること。ビットコインには発行主体がおらず、マイニング(採掘)によって取引の信頼性が確保される。一方、リブラでは「リブラ協会」が発行主体となる。
リブラ協会には30社ほどが参加予定だ。VISAやマスターといったクレジットカード大手のほか、ウーバーやブッキング・ドットコム、ペイパル、eBayなどインターネット企業の有名どころの名前が並んでいる。
参加企業のジャンル | おもな企業名など |
決済 | マスターカード、VISA、ペイパル、ストライプ、PayU (ナップスター)、Mercado Pago |
SNS・マーケットプレイス | ブッキング・ホールディングス、eBay、フェイスブック、ファーフェッチ、リフト、スポティファイ、ウーバー |
通信 | Iliad(仏通信)、ボーダフォン |
ブロックチェーン | コインベース、Xapo |
その他 | ベンチャーキャピタルやNPOなど |
※リブラの公式サイト(https://libra.org/en-US/)などを参考に筆者が作成
■リブラの価格はどう決まるのか?
リブラのもうひとつの大きな特徴が、価格の決定方法だ。ビットコインの価格は市場メカニズムに委ねられる。先日、トランプ大統領が、「ビットコインは通貨ではない。価格変動が激しいし、根拠がない」とツイートしたように、値動きは乱高下するし、価値を担保する資産もない。
I am not a fan of Bitcoin and other Cryptocurrencies, which are not money, and whose value is highly volatile and based on thin air. Unregulated Crypto Assets can facilitate unlawful behavior, including drug trade and other illegal activity....
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2019年7月12日
しかし、リブラは「ステーブルコイン」。リブラ協会が法定通貨と引き換えに新たなリブラを発行し、預かった法定通貨は米ドル、円、ユーロなどの主要通貨と国債などのバスケットで運用される。
リブラは取引所でも売買可能になるようだが、その価格は担保となるバスケットに、おおむね連動することになるはずだ。
■シンガポールドルのようなバスケット制を採用
法定通貨で見ると、シンガポールやマレーシアも自国通貨を米ドルなど複数通貨のバスケットに連動させているし、サウジアラビアなどは米ドルのみに連動するドルペッグ制が採用されている。
【参考記事】
●固定相場制(ペッグ制)が招いた悲劇!?香港ドルなどの取扱い停止はなぜ増えた?
リブラと同じく大手企業による独自の仮想通貨として、JPモルガン・チェースの「JPMコイン」も注目されているが、こちらは米ドルだけに連動するステーブルコインだ。
また、JPMコインは取引所への上場も予定しておらず、機関投資家や輸出入企業などだけが参加する、閉じた世界で使われる予定となっている。同じステーブルコインでも、JPMコインとリブラでは大きく性格が異なっている。
項目/仮想通貨名 | Libra(リブラ) | BTC(ビットコイン) | JPMコイン |
発行主体 | リブラ協会 | なし | JPモルガンチェース |
価格 | 米ドル、円、ユーロなどのバスケット | 市場が決定 | 米ドル連動 |
担保資産 | 法定通貨、国債など | なし | 米ドル |
新規発行 | 法定通貨の預け入れ | マイニング | 米ドルの預け入れ |
想定利用者 | フェイスブック 利用者 |
- | 機関投資家、企業 |
アルゴリズム | BFT(ビザンチン・ フォールト・トレランス) |
PoW(プルーフ・ オブ・ワーク) |
3種の複合 |
処理速度 | 1000取引/秒 | 7取引/秒 | - |
※筆者が作成
リブラの値動きのイメージとしては、IMF(国際通貨基金)が創設する「SDR」(特別引出権)に近いものとなりそうだ。
リブラのバスケットの詳細な割合は発表されていないが、米議会で行われた公聴会では50%以上が米ドルになり、残りが円、ユーロ、英ポンドなどになるとフェイスブック側から説明されていた。SDRは米ドル、円、ユーロ、英ポンド、中国人民元の5通貨で構成されるが、リブラのバスケットに中国人民元は入らないと明言されている。なにか、意図的な印象も受ける。
通貨 | SDR (構成比) |
リブラ (構成比) |
米ドル | ○ (41.73%) |
○ (50%以上) |
ユーロ | ○ (30.93%) |
○ (不明) |
英ポンド | ○ (8.09%) |
○ (不明) |
円 | ○ (8.33%) |
○ (不明) |
中国人民元 | ○ (10.92%) |
× |
※IMFのウェブサイトなどを参考に筆者が作成
■なぜ、リブラは嫌われるのか?
価格が安定していて、取引所で容易に入手でき、ビットコインのように国境をまたいだ少額の送金もカンタンで、しかも処理速度はビットコインよりも大幅に早い――。
そんなリブラだが、冒頭で見たように猛烈な逆風が吹いている。なぜ、リブラは嫌われるのだろうか?
リブラが嫌われる理由のひとつはフェイスブックの過去にある。
・ 「スキャンダルに次ぐスキャンダルを通じて、フェイスブックは信頼に値しないことを証明した」(7月16日、米上院銀行委員会・公聴会での参加議員の発言)
スキャンダルのひとつが、フェイスブックの個人情報が英コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」により不正利用された問題。
EU(欧州連合)離脱を問う英国民投票や2016年の米大統領選の結果にもケンブリッジ・アナリティカの暗躍があったとされ、2018年3月に発覚するとフェイスブックの株価は急落した。
【参考記事】
●Facebook株急落で市場に不透明感…。株安・円高継続で、ドル/円は100円の過程(2018年3月22日、西原宏一)
もしも、リブラが広く使われるようになれば、フェイスブックが個人の送金情報を握ることになる。このデータが適正に扱われるのか、リブラ批判派は懸念している。
これに対して、フェイスブックはウォレットなどを扱う会社「Calibra(カリブラ)」をスイスに設立し、フェイスブックがカリブラのデータを利用することはないとしている。
■「世界の基軸通貨は米ドルだけだ!」
ただ、より根源的な部分では、仮想通貨への警戒感がある。
取引所で起こった多額の不正流出事件の犯人がつかまらないように、仮想通貨の行方をたどるのは難しい。仮想通貨はマネーロンダリングやアンダーグラウンドの取引にも使われやすい。
・ 「リブラはプライバシーやマネーロンダリング(資金洗浄)、消費者保護、金融安定といった点で多くの深刻な懸念を引き起こしている」(パウエルFRB議長、7月10日の議会証言)
トランプ大統領も「規制を受けない仮想通貨は麻薬取引や他の不法活動などの違法行為を容易にし得る」とツイートしたあとに、こう続けている。「アメリカには唯一のリアルな通貨があり、それはかつてないほど強く、信頼性がある。それが米ドルだ!」と。
...and International. We have only one real currency in the USA, and it is stronger than ever, both dependable and reliable. It is by far the most dominant currency anywhere in the World, and it will always stay that way. It is called the United States Dollar!
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2019年7月12日
■米ドル安を望むトランプ大統領も仮想通貨には強気
最近では、米ドル売り介入のウワサすら出るほどに米ドル安を望んでいるとされるトランプ大統領とは思えないツイートだが、世界の決済通貨の地位を仮想通貨に譲る気はサラサラないようだ。
【参考記事】
●米国の為替介入に不安高まる…。ドル/円は110円が遠くなり、100円へ向けて下値拡大中(2019年7月18日、西原宏一)
「仮想通貨最大の敵は政府」とは以前から言われていたことではあるが、23億人のユーザーを抱えるフェイスブックの進出により、「政府VS仮想通貨」がいよいよ熾烈化し始めている。
リブラの運用は2020年に始まる予定だが、米議会からは開発停止を求める声もあがっており、フェイスブックも規制の遵守が確保されるまでサービスは開始しないとしている。
リブラをめぐる猛烈な批判は、仮想通貨に対する警戒心の裏返しでもあるだろう。
予定どおりにサービスを開始できるのか。現在の風向きを見る限り、発行までの道のりは厳しそうだ。しばらくは、リブラ関連のヘッドラインによって仮想通貨市場全体が振り回される展開が続く公算が高い。
(編集担当/向井友代【ザイFX!副編集長】)
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