■歓喜の100万円到達からちょうど1年後の惨状
ビットコインが史上初めて100万円に到達したのは、2017年11月26日だった。SNSが歓喜の声にあふれ、地上波のニュースでも盛んに取り上げられた。
それから1年、ビットコインは40万円を割り込み、年初来安値を更新した。30万円割れも視界に入っているというのに、悲鳴すら聞こえてこない。仮想通貨投資家人口が激減してしまったのかもしれない。
(リアルタイムチャートはこちら → 仮想通貨リアルタイムチャート:ビットコイン/円(BTC/JPY) 月足)
ビットコインをはじめとする仮想通貨は、なぜ下げているのか。その理由を2つの局面に分けて探りながら、今後の動きを展望してみよう。
■暴落の幕開けはビットコインキャッシュコミュニティの内部分裂
今回の暴落のトリガーを引いたのは、BCH(ビットコインキャッシュ)の内部分裂と「ハッシュウォー」だ。
ビットコインキャッシュ自体、もともとはビットコインからハードフォークして生まれた通貨だった。ビットコインキャッシュには熱烈な支持者がいる。「ビットコイン・ジーザス」の異名を持つロジャー・ヴァーや、「我こそはナカモトサトシ」とうそぶくクレイグ・ライトだ。
【参考記事】
●ビットコインキャッシュの特徴とは? 神様も推奨!? ビットコインを超えるかも!
しかし、この2人がビットコインキャッシュのアップデート方針をめぐり対立した。
イーサリアムのように高機能な仮想通貨を目指すか、あるいはナカモトサトシのビジョンに忠実に、決済に特化した仮想通貨のままでいるか――そんな対立だ。
■大物2人が起こした無益な「ハッシュウォー」
両者の議論は、話し合いでは解決しなかった。
「だったら、より多くのハッシュパワーを得た方が本物のビットコインキャッシュだ」として始まったのが、ビットコインキャッシュのハッシュウォーだ。ハッシュとは、コンピュータによる計算力の単位である。
分裂前の時点でビットコインキャッシュは、時価総額4位。存在感は大きい。2018年11月15日(木)に予定されたビットコインキャッシュの分裂や前例のないハッシュウォーを目にした投資家から、フィアット(法定通貨)へと退避させる動きが出たようだ。
(リアルタイムチャートはこちら → 仮想通貨リアルタイムチャート:ビットコインキャッシュ/円(BCH/JPY) 日足)
ビットコインキャッシュの分裂前後の混乱が、第一弾の下落につながった。ビットコインキャッシュコミュニティ内部の論争が、仮想通貨市場全体に影響を及ぼした格好だ。
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■ビットコインの超重要なサポート、6000ドルをついに割り込んだ
この内輪もめは、BTC(ビットコイン)に重大な影響を及ぼした。超重要なサポートだった6000ドルをついにブレイクさせたのだ。
2018年のビットコイン/米ドルのチャートを見れば、6000ドルが重要なサポートラインであることは明白。何度ブレイクしに行っても割れない、堅い節目だった6000ドルのサポートをブレイクしたのは11月14日(水)。ビットコインキャッシュが2つの仮想通貨に分裂する前日だった。
(リアルタイムチャートはこちら → 仮想通貨リアルタイムチャート:ビットコイン/米ドル(BTC/USD) 週足)
ビットコインは若い市場のせいか、ダウ理論に忠実に動きやすい傾向が見られる。ビットコインキャッシュハードフォーク前日の11月14日(水)に6000ドルをブレイクすると、溜まっていたストップを巻き込みながら5200ドルあたりまで急落した。
■暴落の第二幕を演出したのは「マイナー」だった
5000ドルまでが下落の第一幕だとすれば、ここから先の第二幕で主役となったのはビットコインの「マイナー」(採掘者)だろう。
ビットコインの取引を承認し、取引履歴が改ざんされないよう行なわれる計算作業であるマイニング。その報酬として発行されるビットコインを目当てに、2018年は多くの企業がマイニング事業に参入した。
【参考記事】
●【超初級】ビットコイン・仮想通貨入門【第5回】 マイニングとはいったい何をしているのか?
●初めてでもわかる仮想通貨のマイニング(1) マイニングをすれば誰でも簡単に儲かるの?
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FX投資家にもなじみ深いGMOインターネットやDMM.comグループ、SBIホールディングスなどがマイニング事業への参入を発表している。マイナーたちがどのような立場に置かれているのか、なじみ深い名前であるGMOインターネットを例に見てみよう。
同社は、月次でマイニング事業の進捗を開示している。以下はそれをグラフにしたものだ。
※GMOインターネットのデータを基に筆者とザイFX!編集部が作成
■巨額投資も価格急落でマイナーは苦境に
GMOインターネットのハッシュパワーは、右肩上がりに増加している。総額380億円の投資を行ない、マイニングマシンを投下しているためだ。マイニング報酬として得られるビットコインも着実に増加してきた。
ところが上図では、マイニング報酬を示す棒グラフが2018年11月にガクッと下がった。マイニング報酬をビットコインの枚数ではなく金額ベースで示しているためだ。
獲得したビットコインの枚数自体は前月から101BTC増加しているから、それだけビットコイン価格暴落のインパクトが大きかったことになる。
競合の増加によるマイニングマシンへの投資負担が重くなっていたところにビットコイン価格が暴落したため、マイナーは、いずれも苦しい状況にあるようだ。マイニングで大切なのは、「採算分岐レート」だ。
原油市場の話でも、よく「この水準だと採算分岐レートを割っている」なんて分析される。採算分岐レートを割れば、掘っても赤字だから操業を停める油田が増える。
特に最近、掘削されるようになったシェール油田では、採算分岐レートが高めのようで、原油価格へ敏感に反応して操業を停めたりしているようだ。
【参考記事】
●住友商事・高井裕之氏に聞く原油相場(2) 原油価格は40ドル-60ドルのレンジ相場へ
ビットコインのマイニングの採算分岐レートがいくらなのか、明確な指標はないし、電気代によっても大きく左右され、3500ドルとも6000ドルとも言われる。低く見積もる人でも3000ドル程度のようだ。3000ドル台だと、ほとんどのマイナーが苦しい状況にあることはたしかだろう。
■電源を落としたマイナーたち
マイニングマシンの電源を切ったマイナーもいるようだ。そのため、ビットコインのハッシュパワーは2018年11月以降、急落している。
価格が急落すれば、マイナーからの売りも出やすい。マイニングで得たビットコインを早くフィアットに変えなければ、資産が目減りするばかりだからだ。こうしたマイナーの動きが、ビットコイン価格の下落を加速させた。
■エメリヤーエンコ・ヒョードルとハッシュウォー
さらに、前述のハッシュウォーの影響もあったようだ。ハッシュウォーで、両陣営は採算を度外視してマイニングを行なっていた。そこで出た赤字を埋めるため、保有する仮想通貨を売っていたのでは?と思われるフシがある。
ちなみに、今回のハッシュウォーでは大手マイニング業者も関わっていた。その1つが、カルヴァン・エアー率いるコインギーク(Coin Geek)だ。
カルヴァン・エアーの名前が日本で注目されるのは、おそらく二度目だ。
もともとオンラインカジノでひと財産を築いた人物で、10年ほど前には「Bodogファイト」という総合格闘技大会を旗揚げし、日本を主戦場にしていたエメリヤーエンコ・ヒョードルなどの大物格闘家を引き抜いたため、話題となった。
カルヴァン・エアーは自称ナカモトサトシ、クレイグ・ライトを支持したが、ハッシュウォーがひと段落した2018年12月、カナダの上場企業にコインギークを売却した。
■マイナーたちの換金売りが暴落を誘発したか
こうしたマイナーたちが売却に動いたためか、2018年11月以降、ビットコインのトランザクション(送金)は急増した。下図はビットコイン/米ドルの日足に送金額(米ドル建て)を重ねたチャートだ。
6000ドルを見てあわてたマイナーを中心とした大口保有者たちの売りが、第二幕となる3000ドル割れ寸前までのビットコイン下落を演出したと思われる。今後もマイニング企業の動向には目を凝らす必要がありそうだ。
■「非中央集権」を目指したはずだが……
もともと仮想通貨は、非中央集権(decentralized)を特徴としていた。しかし、実際には富の偏在がフィアットよりも顕著な世界となっている。
ウォレットの残高額ごとに分類すると、以下のように「0.01%のウォレットが全BTCの41%を握っている」という格差がわかる。
※「BitinfoCharts」のデータを基に筆者とザイFX!編集部が作成
2018年11月以降の暴落も、ビットコインキャッシュのアップデート方針をめぐる、わずか2人の大口保有者の論争をきっかけにして始まり、より多くの大口を巻き込んで急落に拍車がかかって、持たざる者たちが巻き添えになった、と見ることができるだろう。
■イーサリアムの下落が激しかった理由も大口保有者にあり
少し視野を広げて、仮想通貨市場全体に目を移すと、2018年1月7日(日)に93兆円だった仮想通貨市場全体の時価総額は11カ月で80兆円が失われた。12月7日(金)時点でおよそ12兆円。10兆円割れも見えてきた。
特に、下落が目立つのは、時価総額2位を定位置としていたETH(イーサリアム)だ。2018年年初には15万円へタッチしたのだが、12月には1万円割れだ。
(リアルタイムチャートはこちら → 仮想通貨リアルタイムチャート:イーサリアム/円(ETH/JPY) 週足)
イーサリアムの下落でも、やはり大口保有者の動向が影響しているようだ。イーサリアムは多くのICO(※)で資金調達手段として使われた。ICOバブルで多額のイーサリアムを得たICOプロジェクトの主体は、仮想通貨市場の暴落を見て、換金売りへとあわてて動く。その結果、大量のイーサリアム売りが出て、より激しい下落となったようだ。
(※ICOとは、株式市場におけるIPO(Inicial Public Offering)の仮想通貨版のようなもの。企業などがトークンと呼ばれる独自の仮想通貨を発行し、それを不特定多数の投資家に取得させることで対価を得て資金調達することをいう)
■ビットコインの「熱狂・訃報・忘却」サイクル
それでは、「仮想通貨は死んだ」のだろうか。メディアで「仮想通貨が死んだ」と言われた回数をカウントしているインターネットサイトがある。このサイトによれば、12月8日(土)時点で329回の「訃報」が宣されている。
年ごとの訃報回数とビットコイン高値を重ねると、下図のようになる。
※「99bitcoins.com」のデータを基に筆者とザイFX!編集部が作成
今後の価格を考える上で注目したいのは、2013年と2017年。それぞれビットコインが史上最高値を更新した年だが、その前年は、いずれも訃報が減っている。
お遊び感の強いデータではあるが、「ビットコインの訃報すら出なくなると高値を更新する」傾向が読み取れるようにも思える。
「熱狂→訃報→忘却→熱狂→訃報→忘却」というサイクルだ。
■「2014年相場との相似」から考えれば、大底は近いかも…
熱狂・訃報・忘却サイクルはチャートからも観測できる。ビットコイン/米ドルの2013年以降のチャートと2017年以降のチャートを上下に並べたものが下記になる。
史上最高値を更新し、バブル的な熱狂が訪れたものの、取引所で大規模な仮想通貨消失事件が起こったこともあって下落が深くなり、200日線に沿って下落――。このシナリオは2014年と、2018年でそっくり同じだ。
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2014年にビットコインが安値をつけたのは、史上最高値の更新から13カ月後だった。下落幅は約85%だ。2018年12月7日(金)、3200ドルの安値は史上最高値から12カ月後、下落幅は85%と前回の安値とほぼ一致する。
ここから考えると、ビットコインの大底は近そうだ。
では、高値更新はいつかと言うと、2014年以降の低迷相場を脱して1000ドルの高値を更新したのは3年3カ月後の2017年2月だった。今回も同じ期間を要するとすれば、次の高値更新は2021年2月ということになる。
それまでは、ジリジリしたレンジ相場が続くのかもしれない。
■2017年に億ったのは悲観の中、買った人たち
2017年にはビットコイン億り人が誕生したが、その多くは2014年のマウントゴックス事件で仮想通貨の存在に気づき、悲観にあふれ、低迷する相場で買っていた人たちだった。
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ただし、仮想通貨市場は往々にしてオーバーシュートが起きる。特にマイニング企業やICOプロジェクトは、まだ手元に仮想通貨の現物を多く残している可能性も高い。それらの換金売りが出尽くすまで、「ここが底」と決めつけるのはリスクが高そうだ。
6000ドル割れ以降、仮想通貨市場にボラティリティが戻ってきた。短期トレードも交えながら、仮想通貨市場の復活を待つのが賢明かもしれない。
(編集担当:向井友代[ザイFX!副編集長])
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