(「議員殺人事件の衝撃が流れを変えた! 英国民投票で核兵器並みの為替介入も!?」からつづく)
■美子さんの眼前で爆発した手榴弾
「子どもがまだ小さかったころ、目の前にあった公共用のゴミ箱で小型爆弾が爆発したことがあります。当時はそれがイギリスの日常でした。
IRA(アイルランド共和軍、北アイルランドの独立をめざす過激派組織)によるテロが横行していたからです」
そう振り返るのはスイス銀行やバークレイズ銀行で為替ディーラーを務めたロンドン在住の松崎美子さん。Brexit(英国のEU離脱)についての情報では、今いちばん頼りになる人物だ。
「ロンドンへお越しになったことがある人なら覚えているかもしれませんが、ロンドンのゴミ箱は透明なビニール袋がほとんど。テロ対策が理由です。
最近ではテロの沈静化により、中の見えないゴミ箱も増えていたのですが再び透明なゴミ箱の時代、つまりはテロの時代になるのかもしれません」
■英国の「国家崩壊」が始まった
原因はBrexitだ。6月24日(金)、国民投票でイギリス人が選択した未来はEU(欧州連合)からの離脱だった。
【参考記事】
●ついに英国のEU離脱が確定的な状況に!! 英ポンド暴落、米ドル/円も100円割れ!
しかし、問題はイギリスがEUに残るのか、出るのかを越えてきた。
イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの地方からなる連合王国だが、各地から独立を求める動きが噴出しているためだ。
「イギリスは『国家崩壊』への道を歩み始めました。スコットランドでは2014年に独立を求める国民投票が行なわれ、当時は英国残留となりましたが、スコットランド行政府のスタージョン首相はイギリスから独立し、独自にEUへ残留する動きを見せています」
イギリスから独立し、独自にEUへ残留する動きを見せているスコットランド行政府のスタージョン首相 写真:Press Association/アフロ
「また、北アイルランドでも民族主義政党のシン・フェイン党がアイルランド共和国との統合を求めています。この動きが活発になれば、IRAのテロが再び横行する懸念が高まります」
【参考記事】
●スコットランド独立の可能性が急浮上! 経済への影響は? ポンドは暴落するか?
●2014年9月に起こったスコットランド独立騒動とは?
スコットランドも北アイルランドも、国民投票では残留が50%以上を占めていた。
「もし、スコットランドが抜け、北アイルランドもアイルランド共和国と統一することになれば、残るのはイングランドとウェールズだけ。
そうなると経済規模も何も大きく変わってくる。『私たちが知っているイギリス』がなくなってしまう可能性が出てきたんです。
『別にイギリスがなくなるわけでも、ポンドがなくなるわけでもない』と楽観視する人もいますが、決してそうではないということを理解しないといけない。そうでないと、ことの本質を見誤ることになります」
【参考記事】
●英国はEU離脱で国家崩壊へ踏み出した! セリングクライマックはまだこれからか?(6月28日、西原宏一&松崎美子)
■金融街シティの機能をエディンバラへ移管!?
さらには首都ロンドンでも独立とEU残留(Londependence=London+Independence)を求める署名活動が始まっている。
「17万人を超える署名を集め、6月28日(火)朝にカーン市長がロンドンの自治権拡大を要求しました。
今すぐではないが、将来的にはロンドンを独立都市国家として扱うことが可能となるよう、活動を開始するようです。
気になるのは『シティ・オブ・ロンドン』の金融街としての機能を、スコットランドのエディンバラに移そうという動き。
エディンバラはスコットランドの首都であり、また、多くのファンドが拠点を置く金融街でもあります。スコットランドの独立を前提にした話なので、今すぐというわけではありませんが、実現すれば、イングランドの地盤沈下に拍車がかかることになります」
■EUの「英国いじめ」が始まった!
事の発端であるEUからの離脱の動きはどうなるのか。
「再度の国民投票を求める運動は300万人を超える署名を集めました。政府の見解はまだ出ていませんが、選挙管理委員会は2度目の国民投票を明確に否定しています。Brexitで間違いないのでしょう」
そうなると、気になるのは今後の流れだ。
「残留を主張していたキャメロン首相は辞任を表明、9月9日(金)までに選出される新たな首相に離脱交渉を託しています。
それまでは『アーティクル・フィフティ』=EU基本条約50条の申請を行なわない意向を示しています」
■青写真を描けないEU離脱派
国民投票の結果が出たのだから、キャメロン首相はすぐにでも辞任し、EU離脱の交渉を始めるべきでは…と思うのだが、時間をかけるのはなぜなのか。
「離脱派は自分たちが勝つなんて思っていなかったため、Brexit後の青写真を十分に描けていないんです。
キャメロンさんもそれがわかっているから、離脱派にビジョンを描く時間を与えようということなのだと思います」
準備が不十分なまま交渉を始めれば、不利な条件をのまされる可能性が高い。国益を損なわないよう、新首相に考える時間を与える、ということのようだ。
「ところが、それを許さないのがEU。『離脱の連鎖』が起きないよう、EUやフランスなどは『今すぐアーティクル・フィフティの申請を』と迫っています。
『EUから離脱するということは、こんなにつらいんだ』という見せしめの意味もあるのでしょう。EU、とくにジャン=クロード・ユンケル欧州委員長はイギリスを早くEUから追い出したくて仕方ないようです」
■為替ブローカーだったファラージュ
この「イギリスいじめ」と戦うことになる離脱派、その顔役として各紙の1面を飾ったのはUKIP(イギリス独立党)党首のナイジェル・ファラージュだった。
「ファラージュさんはもともとシティ・オブ・ロンドンで働く為替ブローカーだったんです。お父さんも為替ブローカーで働いていたそうです。
シティにはまだ彼と同僚だった人が残っています。キャメロン首相やオズボーン財務相が富裕層なのに対して、ファラージュは高卒の叩き上げ。自分の間違いを素直に認める人柄、わかりやすい語り口を評価する人は大勢います」
「Farage」(ファラージュ)で画像検索すると、出てくるのはミスター・ビーンばりの変顔の数々。たしかに親しみやすそう…。
■次期首相候補の評価は急落中
「一方で評価を落としているのが、離脱派の公式グループに選ばれ、次期首相の有力候補でもあるボリス・ジョンソン前ロンドン市長。
Brexitが決まると、元の職場であるテレグラフ紙に寄稿しましたが、間違いが多く、笑いものになっています」
6月26日(日)に発表されたそのコラムを見ると、「the pound remains higher than it was in 2013 and 2014.」(英ポンドは2013年、2014年よりも高い水準にある)と書いてある。しかし、英ポンドは対米ドルで31年ぶりの安値をつけている。
(出所:CQG)
「ブックメーカー(賭け屋)のオッズを見ると、ボリスは次期首相有力候補のひとり。もし、ボリスが首相になる場合、保守党が極右化する懸念も出てきています」
■英ポンドはさらなる暴落が濃厚
イギリスの国家崩壊、EUとの冷え込む関係、離脱派の迷走と政治的混乱――難題山積だけに英ポンドの先行きも暗そうだ。
「6月24日(金)に英ポンドは暴落。対円では1日で30円近く下落しました。ところが、これでポンド暴落が終わったとは思えません」
美子さんが気にかけるのは「実効為替レート」。主要通貨に対する通貨の強弱を総合的に示す指数だ。
■過去の英ポンド暴落局面に比べればまだ序盤
「英ポンドの実効為替レートは過去3回、大きな下落を経験しており、今回が4回目になります。
過去3回はサッチャー政権下での大不況、私も現場で経験したBOE(イングランド銀行[英国の中央銀行])がジョージ・ソロスに敗れた屈辱の戦い、それにサブプライムローン問題からリーマンショックに至る一連の暴落です。
これらの英ポンド暴落局面では実効為替レートが17%から28%ほど下落しました。ところが今回はまだ10%落ちただけなんです」
【参考記事】
●ポンド危機:中央銀行がヘッジファンドに敗れポンドが暴落した「ブラックウェンズデー」
過去3回の実効為替レートの下落率平均は24%。今回のBrexitがこれらに匹敵するインパクトを持つとすれば、まだまだ下落余地は大きい、ということになる。
「すでに相当下げたように見えますが、これだけの歴史的なイベントにも関わらず、実効為替レートの下げは不十分。
英ポンドのセリング・クライマックスがこれからやってくるリスクは十分あるんです」
■政策金利も引き下げへ。英ポンドは1.20ドル方向へ
英ポンド/米ドルのチャートを見ると、31年ぶりの安値水準である1.30ドル台へ突入。元の1.40ドル以上の水準に戻るのは難しそうに見える。
「Brexitのインパクトに比べれば小さなことになりますが、JPモルガンは『BOEは7月、8月に0.25%の利下げを行なうだろう』とのレポートを出しています。
政治的な混乱が今後露呈してくる可能性も高く、英ポンド/米ドルは1.20ドルから1.25ドル方向へ向かうと見ています」
英ポンド/米ドルで1.20ドルまで英ポンドが暴落するのなら、そのときの米ドル/円が100円だとしても、英ポンド/円は120円。
英ポンド暴落によるリスクオフで、米ドル/円の下落も進めば、さらに120円を割りこむ下落もありそう。今年(2016年)は英ポンドの1年になりそうだ。
(取材・文/ミドルマン・高城泰)
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【参考記事】
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