「長期国債利回りは世界でもっとも重要な価格であり、米国に残された唯一の財政破綻を防ぐ『監視員』なのだ。金利を人工的に抑え込む価格操作は、問題を先送りするための『猶予への補助金』に過ぎない」
伝説的投資家スタンレー・ドラッケンミラー氏は、米WSJ紙の寄稿でそう言い放ちました。彼が痛烈に批判した相手は、他ならぬ自身の「かつての弟子」である、現・米財務長官のスコット・ベッセント氏です。
いま、米財務省とグローバル金融市場の間で、前代未聞の熾烈な「化かし合い」が繰り広げられており、今回のコラムではそれについて書いてみようと思います。
米財務省が手を染めようとしている金利操作
ことの始まりは、米10年債利回りが一時4.7%を超え、30年債利回りが19年ぶりの高水準である5.3%超へ急騰したことでした。11月に中間選挙を控えるトランプ政権にとって、住宅ローン金利や企業調達コストの直結する長期金利の上昇は、絶対的な「政治的リスク」です。

(出所:TradingView)

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焦りを深めたベセント財務長官は、驚くべき手札を切ったのです。その内容は、長期国債(10~30年債)の買い入れ(バイバック)規模を「従来の20億ドルから最低40億ドル以上へと倍増」させるという発表で、期間は9月9日~11月4日。さらに、約1兆ドルに及ぶ政府のTGA当座預金(財務省一般口座)の取り崩し資金を活用する可能性まで浮上しています。
長期債を引き取り、短期債の発行で賄うこの手法は、市場から「財務省主導のツイスト・オペレーション」と名付けられましたが、最終的な市場からの答えは冷酷でした。
発表直後こそ30年債利回りは低下したものの、わずか24時間で買い入れ前の水準へ逆戻りし、今週(8月24日~)に入りまた低下しています。
市場参加者の一般的な見解では「米国債価格の低下を力づくで防いだとしても、金利上昇圧力が消えるわけではない。その圧力は単に別の場所、特に為替へスライドするだけだ」というものであり、財務省の「小手先の介入」を完全に見透かした形になっています。
「Debasement Trade」の引き金
米財務省が国債利回りを力づくで抑え込もうとすればするほど、市場の歪みは「米ドルそのものの価値」へと跳ね返ってきます。これが今、為替市場でもっともホットなテーマである「Debasement Trade(ディベースメント・トレード)」と呼ばれるものです。
●「Debasement」ってなに?
この耳慣れない「Debasement」とは、何を指しているのでしょう?
これは英国のヘンリー8世やローマ皇帝ネロの時代まで遡り、金貨や銀貨に安価な銅を混ぜて「お金の価値を薄めた(貨幣改鋳)」行為に由来する言葉で、国家が借金や巨額の支出に耐えかねた時、通貨の価値を薄めて誤魔化そうとする歴史上の習性」から来ています。
今 ベッセント財務長官がやろうとしている事は、まさに「現代版の貨幣改鋳」であると言っても間違いではありません。膨大な赤字を放置したまま、中央銀行ではなく財務省が市場介入で金利を歪めようとする姿勢は、投資家に「米ドルの購買力が目減りする」「ドルの価値を薄めている」という強い確信を与えても、なんら不思議ではありません。
●結果として何が起きたか?
米ドルの価値の毀損により輝いたのが、金でした。
国債市場の危機を力づくで封じ込めれば、「通貨危機」「米ドル危機」へと変異するリスクがあるため、米ドルを売り金を買うという動きが続きました。

(出所:TradingView)

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地政学のハラキリ:「経済版D-デイ」のジレンマ
ベッセント長官の焦りは、金融市場に留まりません。今週月曜日(24日)には記者会見を行い、対イラン制裁の強化を狙った「Operation Economic Outcast(経済的追放作戦)」を発表。イランと取引のある第三国や大手金融機関に対し、米ドルの決済網から排除する「二次的制裁」の猶予期限を突きつけたのです。
しかし、ここでも最大の矛盾が露呈しました。記者会見で、「なぜ即座に制裁を課さないのか?」と質問した記者に対し、ベッセント長官は「なぜ私が自ら世界金融システムを爆破させなければならないのか?」と、本音を漏らしたからです。
この短くも鋭い一言を聞いた瞬間、私は今回の作戦の核心が凝縮されていると強く感じました。
米国が持つSWIFTの排除や資産凍結などに代表される強大な金融制裁は、一瞬で世界の金融市場や市場の信用基盤を激震させる「核兵器」のような威力を持っています。予告なしに今すぐ発動すれば、味方である世界の市場や自国経済までもを巻き添えにしてパニックを引き起こすことは確実でしょう。
そしてさらに大事な点としては、中国の大手金融機関を米ドル網から叩き出せば、中国が保有する大量の米国債がパニック売りされ、米国の長期金利は一気に跳ね上がり金融システム自体が壊滅的な打撃を受けます。
このことからもわかるように、ベッセント長官自身が、自らの発動する地政学カードのブーメラン効果を誰よりも恐れているのかもしれません。
「ツケからは逃げられない」
米財務省がどれほどバイバックを倍増させようと、イランに経済戦争を仕掛けようと、市場の根本にある「病因」は変わりません。それは、「年間1兆ドルを超える利払い負担」、「膨らみ続ける40兆ドルの巨額債務」、そして「一向に沈静化しないインフレ圧力」という事実です。
●財務省とFRBとの不協和音
ウォーシュFRB議長が、「市場価格は市場が決める。インフレと価格安定を重視する。市場の金利調整は正常なインフレ抑制機能だ」と金利上昇を半ば容認する姿勢を見せる中で、11月の中間選挙という政治的都合のために金利を強引に抑え込もうとする財務省の動きは、政府と中央銀行がアクセルとブレーキを同時に踏み合うような怖さを演じています。
●メンターであるドラッケンミラー氏からの警告
ベッセント氏の上司でありメンターでもある伝統的著名投資家ドラッケンミラー氏は、WSJ紙に「もし30年債の取引を成立させるために、利回りが5.5%になるのであれば、それは危機ではない。これまでの財政放漫や過剰な借金の結果、市場から突き付けられた正規の『コスト』なのだ。その『コスト』から逃げるのではなく、根本的な原因である過剰な財政赤字を削減することに向き合うこと以外、方法はない」と寄稿しました。
長年、市場の第一線で「価格」と向き合ってきた投資家ならではの凄みと美学を感じる警告です。都合の悪い事実を無視して、コスト(代償)を払い終えていない者(ベッセント財務長官)が、価格(今回は、長期金利)という市場の警告を無視し続ければ、市場はそのツケを「米ドル暴落」と「インフレ再燃」という形で、倍返しにして突きつけることになるだろうという事なのでしょう。
●9月9日に注目
米財務省からの公式発表によると、9月9日(水)からバイバックが始まり、その規模は1回につき少なくとも40億ドルになると考えられています。

(出所:米財務省)
そしてベッセント財務長官本人が、「40億ドルを超える可能性もある」とも発言しており、具体的な金額については、市場環境を見て決めるとし、数字は明言していません。
このため、ロンドンのガチ勢の間では、9月9日(水)の1回目バイバックの規模に注目が集まっています。

(※筆者提供)
こちらは私の独断で作成したシナリオを予想ですが、米財務省としては1回目から失敗するわけにはいかないので、少なくとも40億ドル規模のバイバックを実施すると予想しています。問題は、その時の長期金利や米ドル、金の動きですが、正直 まったく自信はありません。
もっとも恐ろしいシナリオは、「4」でしょう。つまり米財務省は本気で長期金利を抑え込もうとしたにも関わらず、長期金利は上昇してしまい、米ドルが音を立てて崩れるリスクです。
逆に、市場が敬意を表して長期金利を抑えることに納得した場合、米ドルは買われるのでしょうか?
国債市場での調整がうまくいかなければ、それは米ドル安という形で調整弁が働くことにもなり、それを先取りする形でDebasementが起こっています。
いずれにしても、9月9日は先入観を持たず、私はただただ市場の動きを見るだけにするかもしれません。













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