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ロンドン発!松崎美子のFXマーケットレター

英ポンドと英国債が売りで反応したバーナム新首相の「柔軟性」は何を意味するのか?バーナム政権が失敗すれば英国の将来は本当に厳しいものになる!

2026年07月21日(火)06:41公開 (2026年07月21日(火)06:41更新)
松崎美子

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 英国ではアンディ・バーナム氏が首相に就任し、政治的不安定が続いた英国に向けて、「新しい政治モデルと新しい経済モデル」を掲げました。

 今回のコラム記事はやや長くなりますが、現時点で分かっていることすべてをお伝えしたいと思います。
【※関連記事はこちら!】
英ポンドはなぜ強さを取り戻しつつあるのか?アンディ・バーナム氏が直面する二重の試練とは?英国新首相就任となれば財務相に誰を指名するのか注目!(7月7日、松崎美子)

バーナム新政権の政策理念

 バーナム首相の政策理念は明確です。

 地方への権限移譲、住宅建設の加速、公共サービスへの関与強化、若者支援、そして生活費負担の軽減。

 多くの英国国民が求めてきた「変化」を前面に打ち出しました。

 しかし、就任直後の演説で金融市場が注目したのは、華やかな政策公約ではなく、たった一つの言葉、

「柔軟性(flexibility)」でした。

●「財政ルールは守る」それでも市場は警戒した

 バーナム首相は就任記者会見で、投資家に向けて慎重なメッセージを発しました。

 「これまでの厳格な財政ルールの枠内で、最大限の柔軟性を駆使して、地方投資や公共サービスにお金を回す」という宣言です。

 これは政治家としては極めて自然な発言に聞こえます。「財政規律を維持しながら、必要な投資は進めたい」という言葉は、おそらく多くの有権者にとっては、バランスの取れた現実的な姿勢に映る言葉だと思いました。

 しかし、金融市場は「柔軟性を利用する」という部分に警戒感をあらわにしたのです。

 英国政府は現在、すでに大きな債務を抱えており、政府債務はGDPにほぼ匹敵する水準まで膨らみ、国債市場は主要先進国の中でも特に財政状況に敏感な状態になっています。2022年に「トラス・ショック」も経験しました。

 この状況で政府が将来的に借り入れを増やす可能性とも受け取れそうな発言をすれば、市場は先回りして動きます。残念ながら、それが国債市場の特徴でもあり、誰にも変えられません。

 市場は、「バーナム政権は成長投資を重視している。しかし、その財源はどこから来るのか?」という点に食いついたのです。政府が投資を増やせば、財源が必要になりますが、それを増税でカバーするのか?あるいは、歳出削減というアプローチなのか?それとも(赤字)国債発行による借り入れなのか?

 市場は、この答えを非常に注意深く見ているのです。

●バーナム新政権が掲げる「変化」と財政の現実

 バーナム首相が掲げる政策の中心にあるのは、「英国経済の再構築」です。そしてその象徴として、再工業化、地方分権、そして大規模な住宅建設が挙げられます。

 かつて英国では、産業の空洞化により多くの地方都市が長期的な停滞に苦しんできました。バーナム首相は、マンチェスター市長として地方経済の再生に取り組んできた経験を持つので、新政権では、中央政府だけではなく地方に権限と投資を移し、地域ごとの成長力を高めることを重視する方針を打ち出しています。

 また、公営住宅の建設拡大も重要な政策の柱であり、住宅不足は英国の長年の課題で、特に若い世代にとって住宅取得のハードルは高まり続けており、政府が住宅供給に関与することで、生活費負担の軽減と経済成長の両方を狙うという考えなのでしょう。

 しかし、ここでも市場は冷静に「その費用をどう賄うのか?」を真っ先に考え、その答えを探し始めました。

●市場が最も注目するのは「財源」

 政治家は、未来のビジョンを語りますが、金融市場は、そのビジョンに必ず値札を付けようとします。

 住宅建設には費用が必要。インフラ投資にも資金が必要。防衛費にも財源が必要。社会保障改革にもコストが発生する。

 バーナム政権は、英国経済を長期的に立て直すという大きな目標を掲げているものの、英国政府には厳しい財政制約が存在するので、市場は政策そのものよりも「財政ルールを維持できるのか?」の一点に注目せざるを得ません。

 今回、バーナム首相の「柔軟性」という発言に市場が反応したのも、この背景があるのは確実でした。投資家は改革に反対しているわけではありません。むしろ、成長につながる投資は歓迎しています。

 ただし、それが無制限な借り入れにつながるのであれば話はガラッと変わります。辛い現実ですが、市場が求めているのは、夢ではなくはっきりした財源なのです。

●政権の方向性を左右するキーパーソン、ルイーズ・ヘイグ氏

 ここからは財政政策から離れ、バーナム政権のキーパーソンについて書こうと思います。

 今回の新政権を見る上で、バーナム首相本人だけでなく、その周囲にいる人物にも注目が集まりますが、そのひとりが、ルイーズ・ヘイグ氏であることは間違いありません。

 ヘイグ氏はバーナム氏を支える中心人物として存在感を高めており、今回も「事実上の副首相」的な立場です。

 彼女はバーナム氏と政治的スタンスが似ており、地方への権限委譲に代表される「地方重視」の路線を支える存在です。党内では政策面での発言力も強く、バーナム政権の方向性を理解する重要人物と見られています。

 英国政治では、首相本人だけでなく、その側近やブレーンが政権の色を決めることも多く、ヘイグ氏が今後どのような役割を担うのかは、新政権の政策運営を見る上で重要なポイントになるでしょう。

 ちなみに、バーナム首相が財務相候補として推していたミリバンド氏を「適任ではない」とばっさり斬り捨てたのも、ヘイグ氏だったそうです。


●新財務相ジョン・ヒーリー氏という最後のピース

 そして市場が待っていたジグゾーパズルの最後のピースが、新財務相の人事でした。

 選ばれたのは、ジョン・ヒーリー氏。この人物はスターマー前政権では防衛大臣でしたが、防衛費増額の要求が聞き入れられなかったため、怒りの辞任をしたばかりでした。

英国防相が辞任表明、軍事支出巡る対立で 政権に打撃

(出所:ロイター

 英国のメディアやエコノミストなどで、この人を財務相候補と予想した人は、ひとりもおりません。そのくらい意外な人事です。

 そこで私がこの方について知っていることを書きます。もう少し深堀りしたいのですが、夜遅い時間なので、それはまた次回ということにさせてください。

●タカ派か? ハト派か?

 安全保障の観点から見れば、ヒーリー氏は明確な「タカ派(強硬派)」に分類されます。 防衛大臣時代に、英国の防衛費を「GDP比3%」まで引き上げる具体的な期限を設けるべきだと公然と主張してきましたが、スターマー前首相や、財政規律を重んじたリーブス前財務相が難色を示したため、袂を分かった経緯があり、国防に関しては妥協しない強い姿勢(タカ派)を持っています。

●財政に関するスタンスと「財務省での5年間」

 安全保障ではタカ派の彼ですが、経済・財政に関しては「堅実で非常にバランスの取れたリアリスト」と評されています。

 ヒーリー氏は1990年代末から2000年代にかけて、ブレア/ブラウン政権下の財務省で財務大臣政務官や経済書記官などの要職を計5年間務めました。このため、「財務省という組織のロジックや限界」を誰よりも熟知しています。

 そして、ブラウン元首相の系譜を引く政治家と言われており、「財政の安定」と「労働組合やビジネス界への配慮」を両立させる手腕にも定評があるそうです。市場や企業からも「安心できる実務派」として信頼されています。

 私が抱いた印象でも、投資により成長力を高め、将来の税収につなげたいというバーナム首相の考えを共有している人物のようです。

●今回のヒーリー財務相就任が意味すること

 ヒーリー氏の財務相就任は、英国政界に大きな驚きを与えました。その理由は、「防衛費をもっと出せ!」と言って辞めた人物が、予算を握る財務省のトップに座ったからです。

 私もこの方のお名前を目にした時、5秒くらい固まりました…。

 しかし冷静に考えれば、ヒーリー氏の起用は、単なるサプライズ人事ではないことに気づいたのです。

 繰り返しになりますが、この方は過去に英国財務省で5年間勤務した経験を持ち、財政運営の現実を理解しています。また、バーナム首相が掲げる再工業化、地方分権、公営住宅建設という政策理念とも方向性を共有しているとされる人物です。その意味では、バーナム政権の経済ビジョンを財務面から支える役割が期待されているのでしょう。

 ただし、ヒーリー氏を待ち受ける課題は決して小さくありません。特に防衛費の問題です。

 国防分野に深く関わってきたヒーリー氏にとって、防衛力強化の必要性は十分理解しているはずです。しかし、政策には必ず費用が伴うのも現実です。防衛費を増やすなら、その財源をどこから確保するのか。

 市場が注目するのは、新財務相がどのような数字で、その財源を裏付けるかです。

 その意味では、ヒーリー氏の就任は、安心感のある決定ですが、この方の就任がそのまま財政問題の解決を簡単にした訳ではない点は、理解しておきましょう。

●最後の頼み

 英国に住む者として率直に感じるのは、この新政権が結果を残せなければ、英国の将来は本当に厳しいものになるのではないか、ということです。

 誤解のないように申し上げますが、私は労働党支持者ではありませんし、「バーナム首相大好き!」という立場でもありません。それでも今は、「この人に賭けるしかない」と思うようになっています。

 その背景には、2016年のブレグジット(Brexit)国民投票以降、長く続く英国経済の停滞があります。景気回復への期待は何度も裏切られ、さらに「トラス・ショック」の記憶が政策運営の重荷となり、大胆な改革はことごとく慎重姿勢に縛られてきました。その結果、英国は貴重な数年間を失ってしまったように感じます。

 だからこそ、多くの国民が今、変化を求めています。私自身もその一人です。

 もちろん、国民がどれだけ変化を望んでも、金融市場は感情では動きません。市場が見ているのは、将来への期待ではなく、その期待を裏付ける財政規律や経済指標です。

 今回、バーナム首相が「柔軟性」と口にしただけで英国債と英ポンドが反応したことは、その現実を改めて示していました。

英ポンド/米ドル 1時間足
英ポンド/米ドル 1時間足

(出所:TradingView

英10年債利回り 1時間足
英10年債利回り 1時間足

(出所:TradingView

 市場は、新政権の理念ではなく、それを実現するだけの財政運営が本当に可能なのかを見極めようとしているのです。

 その意味で、バーナム首相の政治手腕だけでなく、新財務相ジョン・ヒーリー氏の役割も極めて重要になるのは確実です。

 首相が掲げる大きな目標を支えながら、市場の信頼を維持できる財政運営を実現できるのか。その手腕が今後、厳しく問われることになるでしょう。

 バーナム政権に対する本当の評価は、これから始まります。英国に再び活力を取り戻すことができるのか?そして、市場の信頼を失うことなく改革を進められるのか? 

 まずは、政権発足後100日間の「ハネムーン・ピリオド」が最初の試金石となりそうです。

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