(「米マイナス金利導入はある? 相場も動かす大物記者ヒルゼンラス氏が語ったFRBの意向」からつづく)
■FED関係者も驚かせたクロダのマイナス金利
では日本の金融政策、1月に発表されたマイナス金利をFED(※)はどう受け止めたのだろうか。
(※編集部注:「FED」とは米国の「連邦準備制度理事会」のこと。日本では「FRB」と略されることが多く、ザイFX!でもそのように表現することが多いが、米国では「FED」と呼ばれているようだ。さらにややこしいことに、「FED」という言葉は「FRB」(連邦準備制度理事会)、「FOMC」(連邦公開市場委員会)、「FRB」(連邦準備銀行)を合わせた「連邦準備制度」を指すこともある。結局、ざっくり言えば、「FED」とは米国の中央銀行のこと。本記事ではタイトル以外は基本的に「FRB」ではなく、「FED」という言葉を使用する)
「私が話したFED関係者は非常に驚いていました。『クロダが1月に動くだろうとは思っていたが、マイナス金利とは!』と。
また、マイナス金利発表後の為替の動きにも驚いていました。ECBがマイナス金利を導入したときにはユーロ安になりましたから。
ただ、FRBは、日本が世界経済の需要を刺激するような政策を打つことに対しては、サポートしていく姿勢を示しています」(ヒルゼンラス記者)
【参考記事】
●日銀のマイナス金利導入で相場大荒れ!米ドル/円は急上昇→急反落→ジリ上げ
■白川さんには不満も黒田さんには満足!?
これなら黒田さんも一安心、といったところか。その後の質疑応答ではこんな発言も。
「バーナンキ議長の時代、FEDは日銀にアグレッシブな政策を促しても行動しない白川総裁(当時)を不満に思っていました。今の黒田総裁には満足しているようです」(ヒルゼンラス記者)
でも、黒田さんが欲するのはFEDからの評価よりも、インフレ率上昇、日本経済の成長、そして、マーケット的には株高・円安といったものだったはず。この点について、松崎さんはこう補足する。
「ヒルゼンラスは『成長のためには金融政策だけでなく、財政政策も必要』と言っていましたね。
これはドラギECB総裁も常々言っていること。アメリカでもバーナンキ議長の時代には『財政の崖』の問題があり、金融政策頼みとなってしまったことがありました。日銀が直面しているのも同じ問題。安倍内閣がどんな回答を示すのか、これから答えが出てくるのでしょう」(松崎さん)
■FEDが気にする中国人民元政策
また、ヒルゼンラス記者の話からは「China」という単語が何度も飛び出した。
「昨年9月のFOMCで利上げへ動きかけましたが、中国の人民元切り下げにより、延期を余儀なくされました」(ヒルゼンラス記者)
【参考記事】
●中国人民銀行はなぜ人民元安に誘導したのか? 人民元を取引できるFX会社はどこ?
●中国人民元切り下げで売り推奨の通貨は? さらに利下げ濃厚のNZドルは売り戦略で!(2015年8月18日、西原宏一&松崎美子)
FEDの中国への注目度の高さには松崎さんも驚かされたようだ。
「昨年9月のFOMCもそうですし、今年、まだたった2カ月が終わっただけで年4回の米利上げシナリオは大きく狂わされた。中国の影響力は大きいです」(松崎さん)
【参考記事】
●恐怖心を煽ったサーキットブレーカー! 中国株下落は序の口、為替は円高トレンドに(2016年1月8日、陳満咲杜)
●パニック相場に備えリスク資産は手放せ! 世界を揺るがすチャイナリスクの真相とは?(2016年1月15日、陳満咲杜)
「ただ、FEDが新興国全体ではなく、そこまで中国単体に注目しているということは意外でした」(松崎さん)
さらにヒルゼンラス記者は中国について、次のように話していた。
「過去数年の中国経済は非常にうまくいっており、高い成長率を維持できていました。しかし、今、輸出主導から内需主導への転換を迫られて、とても難しくなってきています。
経済成長のために中国政府が人民元を切り下げれば、市場は混乱する。FRBは中国が通貨政策をどう動かすかに非常に高い関心を示しています」(ヒルゼンラス記者)
2015年8月のチャイナショックも直接的な原因は人民元切り下げだった。人民元の切り下げや中国政府の通貨に関する政策の変更には、気をつけたほうが良さそうだ。
【参考記事】
●田代尚機氏に聞く中国経済(1) 上海株の暴落は中国経済減速が原因ではない!
●中国ショックはまだ序の口で来年が本番! 米ドル/円の調整は1年近く続く可能性も!(2015年8月28日、陳満咲杜)
■イエレンが飛行機の離陸3時間前に空港へ着く理由
さて、まじめな話が続いたが、ヒルゼンラス記者の話には、FEDウォッチャーならではの興味深いエピソードも多々あった。
「イエレンFRB議長がどんな人か、ご紹介しましょう。彼女はFOMC会合前にはメンバー一人ひとりに電話をかけて、コンセンサスの形成に多大な労力を払っています。
彼女はとても輝かしい経歴のエコノミストで、会見などでは『我々は十分な準備ができている』と見せたいため、怖い感じにしていますが、プライベートでは非常に気さくな人柄を見せます。FEDの会合のあとにはワインを飲みながら、打ち解けた会話を交わすこともあるんです」(ヒルゼンラス記者)
イエレン議長の性格がうかがえるこんなエピソードも。
「彼女は旅行好きでもありますが、フライト時間の3時間前には必ず空港にいます。なぜなら、彼女は余計なリスクをとりたくない人だからです。
ホワイトハウスのカクテルパーティでも、みんなは開始時刻ギリギリに到着するのに彼女だけは1時間前にそこにいました。それもまたリスクを犯したくないからでしょう
あるパーティで私は彼女が1時間前に来るだろうとわかっていたので、1時間前に待っていました。すると実際、彼女がやってきて、ゆっくりと話をすることができました」(ヒルゼンラス記者)
飛行機の乗り遅れやパーティの遅刻リスクすら徹底的に排除するイエレン議長の性格を知っておけば、FEDの政策の先々が読みやすくなる…かも。
■イエレン議長の隣にオフィスを構えるのは…
でもアメリカの金融政策を決めるのはイエレン議長だけじゃない。FOMCメンバーによる多数決だから、彼らの発言で相場が動くことも多い。ただ、FRBの理事や地区連銀などFOMCメンバーって合計17人もいる。誰に注目すべきか、参考になる話をヒルゼンラス記者がしてくれた。
「イエレン議長の隣にオフィスを構えているのがブレイナードFRB理事。彼女はハト派の筆頭と考えていいでしょう。以前はオバマ政権で国際問題担当の財務次官を務めたこともある国際派で、最近では米ドル高の影響を懸念しているようです」(ヒルゼンラス記者)
一方でタカ派の筆頭として名前が上がったのはフィッシャーFRB副議長だ。
「フィッシャー副議長のオフィスはイエレンさんから少し離れたところにあります。彼はアメリカの金融政策は長い間、異常な低金利状態にあると考えていて、早期の正常化(=利上げ)を主張しています」(ヒルゼンラス記者)
ヒルゼンラスさんがわざわざ教えてくれたオフィスの距離、タカ派とハト派に挟まれてバランスを取ろうとするイエレン記者の心の距離を示しているのかも。
■ヒルゼンラス氏の記事、英語でも見出しだけはチェック!
今回のディスカッションで興味深い話をたくさん披露してくれたヒルゼンラス記者。その記事はウォール・ストリート・ジャーナル日本版でも頻繁に日本語へ翻訳の上、掲載されている。
「利上げ時期をめぐってFEDへの注目度は今後さらに高まるのでしょう。ヒルゼンラスの書いた記事で相場が動くことも多いですし、彼はFEDウォッチャーとして間違いなくトップ。ヒルゼンラスの記事、英語であっても見出しだけはチェックしておいたほうがいいですよ」(松崎さん)
ジョン・ヒルゼンラス、英語だと「Jon Hilsenrath」だ。この名前、よく覚えておこう。
(取材・文/ミドルマン・高城泰 特記以外の撮影/ザイFX!編集部)
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