米ドル/円の目標は165円、年内170円到達見通しは据え置き。日本10年債利回りが3%を超えても抑え込まれても、円売りにつながる
みなさん、こんにちは。
前回のコラムでは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を巡る思惑のインパクトは限定的であり、円安の基調は崩れていないという整理をしました。
【※関連記事はこちら!】
⇒米ドル/円は160円台を着実に固め早晩165円、年内170円へ! 片山財務相の「GPIF活用」発言による円高は数日で消滅。GPIFが目先の円安を変えられないワケを検証(7月16日、西原宏一)
今回のテーマは、ドイツ銀行が指摘した「為替管理から利回り管理へ」という日本の政策レジームの転換です。
結論から言えば、この転換は円防衛の優先順位が構造的に下がることを意味し、さらに言えば、日本10年債利回りが3%を超えても、抑え込まれても、どちらでも円売りにつながるという非対称な構図を生み出します。
取り上げる通貨ペアはいつもどおり米ドル/円。ターゲットは165円、年内に170円に到達するという見通しは据え置きです。

(出所:TradingView(トレーディングビュー))
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高市政権が打ち出した370兆円計画が迫る、極めて大きな転換点。「為替管理」から「利回り管理」へ
円絡みで今週(7月20日~)、もっとも重要な材料がドイツ銀行のリポートです。
ブルームバーグが7月22日(水)に「日本は円ではなく利回りの管理へ移行も(Japan May Move to Managing Yields, Not Yen, Deutsche Bank Says)」と報じ、マーケットでも話題になりました。
高市政権が6月24日(水)に打ち出した官民投資計画は、AI・半導体を筆頭とする戦略17分野に、2040年度までに官民合わせて370兆円(約2兆3000億ドル)超を投じるという、かなり野心的なものです。
この計画は、7月21日(火)に閣議決定された「骨太の方針2026」にも、通常歳出とは別の投資枠組みとして正式に盛り込まれました。原案段階から市場を動揺させ、「骨太ショック」と呼ばれる日本国債売りを引き起こした、あの政策パッケージです。
ドイツ銀行のストラテジスト、マリカ・サクデバ氏はこれを受けて「日本は財政・産業政策において極めて大きな転換点を迎えようとしている」と指摘。
政策の重点がこれまでの「為替管理」から「利回り管理」に移る可能性があるとしています。
これまでの「為替管理」
●円安を止める
●円買い介入を意識する
● 日銀の利上げで円防衛を図る
これからの「利回り管理」
●日本国債利回りの上昇を抑える
●国債費の膨張を防ぐ
●大規模投資のための財政余地を確保する
念のため付け加えると、ここで言う「利回り管理」とは、利上げでインフレ期待を抑えて長期金利を下げる路線ではありません。利上げは国債費を押し上げるため、財政余地の確保という目的と相容れないからです。
想定されているのは、利上げを抑制しつつ、国債買い入れなどの量的手段で利回りを抑え込む路線。だからこそ、このリポートは円安材料として受け止められました。この点は後段で詳しく検証します。
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なぜ「利回り管理」が優先されるのか。為替では大きな円安材料に
これだけ大きな投資を掲げながら、個別の財源はいまだ明示されていません。国債増発への警戒が消えないゆえんです。
このまま放っておけば、以下の流れになりやすいと思われます。
370兆円規模の官民投資計画⇒国債発行の増加⇒日本国債需給の悪化⇒日本国債利回り上昇⇒国債費増加⇒財政への圧迫⇒政府は利回り上昇を抑えたくなる
つまり、政府にとっての優先課題は、単純に「円安を止めること」ではなく、「利回りの上昇を抑えながら、支出の余地を確保すること」へ変わっていく可能性があります。
この構図を為替目線で読み替えると、その意味はかなり大きなものになります。
もし当局が利回り抑制を優先するなら、「円買い介入」「日銀の追加利上げ」「円防衛を意識したタカ派メッセージ」といった政策の優先順位が自然と下がりやすくなり、事実上、円安阻止は後退するからです。
さらに言えば、当局が「円防衛」よりも「利回り管理」に軸足を移すこと自体が、市場にとっては「日本の財政制約が強まっている」というシグナルになり得ます。
ヘッジファンドは、当局の「次の一手」ではなく「次の優先順位」を読むため、政策レジームの転換は彼らにとって最上級の材料です。
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日本10年債利回りの3%は「水準」ではなく「イベント」。3つの主体から出る円売り
この「利回り管理」への転換が試される最初の関門が、日本10年債利回りの3%超えです。

(出所:TradingView)
一般論としては、金利が上がれば通貨は買われやすい。ただし、今の日本はその前提条件が崩れやすい局面にあります。
ポイントは、金利上昇が「成長・インフレ期待に沿った健全な上昇」ではなく、「需給悪化・財政懸念・保有者のリスク回避によって起きる上昇」になり得ることです。
日本国債利回りの上昇が「日本の金利の魅力が増した」ではなく「日本国債を保有し続けるリスクが上がった」と見なされれば、円は「金利に魅力がある通貨」として買われるよりも、資本逃避・ヘッジ需要の増加として売られやすくなります。
日本の金利上昇で円売りが出るということは、「米ドル買いが出る」とも言い換えられますが、それだけを耳にすると不思議に聞こえるかもしれません。
この点は、野村證券の尾畑秀一氏が「なぜ日本では金利上昇下で円安が進行するのか」と題した分析(野村證券「NOMURAウェルスタイル」2026年5月12日)で、まさにこのメカニズムをデータで整理しています。カギは「為替ヘッジの非対称性」です。
まず海外投資家。 海外勢の日本株保有残高は2025年末時点で398兆円。彼らが対日投資に為替ヘッジ(先物での円売り予約)を使うと、日米短期金利差の分だけ「金利プレミアム」を受け取れるため、ヘッジを積極活用する妙味が大きいです。
尾畑氏は、海外投資家が保有日本株の一定割合にヘッジを掛けるだけで「新規のネット投資額を大幅に上回る規模の円安圧力が生じ、株価上昇と円安が同時に進行する事態になった」と指摘しています。
ここからは筆者の見立てですが、日本の金利上昇が財政懸念型だと意識されれば、このヘッジ比率はさらに引き上げられるでしょう。現物を売らなくても、ヘッジの積み増しだけで円売り・米ドル買いが出る。ここが見落とされやすいポイントです。
次に国内投資家。 同じヘッジの構造が、国内勢には逆向きに効きます。対外投資に円買いヘッジを掛けると、日米短期金利差(約3%pt)がそのまま「ヘッジコスト」として運用利回りを削るため、国内投資家のヘッジ比率は低くなりがちです。
つまり、対外投資の多くが「生の円売り」として市場に出る。実際、2022〜24年の円安局面では、生保などがコスト負担に耐えかねてヘッジを外す動き(米ドルの買い戻し)が繰り返し報じられました。
加えて家計です。新NISA経由の海外株投資は26年1~2月時点で年率12.7兆円の買い越しペース(投信ベース、尾畑氏の集計)。日本国債の評価損リスクが意識される局面で、この対外分散の流れが細る理由はありません。
そしてヘッジファンド。「日本売り」を、日本国債ショートと円ショートのセットで仕掛けます。日本国債が急落する局面で円も同時に売られやすいのは、この2つが同じトレードの両輪だからです。
なお、公平を期せば、金利上昇を受けて国内勢が資金を国内へ戻す動き(円買い)も一部で観測されています。
ただ、海外勢はヘッジで儲かり、国内勢はヘッジで損をするという「ヘッジの非対称性」が残る限り、フローの綱引きは構造的に円売り側へ傾きやすい。これが現在の需給です。
海外投資家にとって日本国債市場は、長らく「流動性はあるが変動は小さい」市場でした。
それが崩れていくと、日本国債を持つ理由が薄れ、日本資産全体(株・債券)へのリスクプレミアムが上がり、円を売って米ドルへ逃避する動きが起きやすい。
つまり、金利上昇が「円の追い風」ではなく「円の向かい風」になり得るのです。
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「利回り管理」と「為替管理」は利上げという王道で両立し得るが、高市政権にとって利上げは「高くつく」手段
ここで、ロジックの要を確認します。
長期金利の上昇を抑える王道は、政策金利の引き上げです。
日銀が利上げ継続の方針を明確に示し、インフレ期待を抑え込めば、「政策が後手に回る」というビハインド・ザ・カーブ懸念が後退し、長期金利はむしろ低下すると考えます。
そして重要なのは、利上げは同時に「円防衛」でもあるということ。金利差の縮小を通じて円を支えるからです。
つまり本来、「利回り管理」と「為替管理」は、利上げという1つの手段で両立し得るのです。
ところが、370兆円の投資計画を抱える高市政権にとって、利上げは財政的に「高くつく」手段です。
利上げは短期調達コストと国債費を直接押し上げ、日銀当座預金への付利コストが膨らみ、国庫納付金を圧迫します。
実際、高市政権は円安を警戒しつつも、日銀の利上げには慎重な対応を求めており、それらが両立しない関係にあることは、野村證券の尾畑氏も指摘しています。
利上げをためらえば、ビハインド・ザ・カーブ懸念がむしろ強まり、長期金利への上昇圧力は続きます。それでも利回りを抑えたいなら、残る手段は国債買い入れなどの量的手段、事実上の金融抑圧しかありません。
すると、日米金利差は開いたまま固定され、円を保有する妙味は一段と削がれる。金利という逃げ場を塞げば、圧力は為替に集中する。円が財政拡張の「調整弁」になるわけです。
なお、財政懸念型(国債増発・需給悪化主導)の金利上昇には、そもそも利上げが効きにくい点にも注意が必要です。
2022年の英国では、BOE(イングランド銀行[英国の中央銀行])が利上げの真っ最中だったにもかかわらず、トラス政権の財政拡張案で英国債が暴落し、最終的に鎮火させたのは中銀の緊急買い入れでした。
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日本売りはヘッジファンドが好む「非対称な構図」
ここまでを整理しましょう。
長期金利の上昇に対する政府・日銀の応じ方は、突き詰めれば「利上げ」か「国債買い入れ」の2つです。
利上げは、長期金利抑制と円防衛が両立する教科書的で王道な路線ですが、政権のスタンス上、利上げのペースは緩慢になりやすいです。さらに、6月に日銀が1.0%へ利上げした際も、欧米中銀が引き締めに動く中で金利差は縮まらず、円買いはまったく起きませんでした。利上げによる円防衛効果そのものが減衰しているのが現実です。
国債買い入れの場合、実質金利(名目金利-インフレ率)がマイナス固定となり、「金利ではなく通貨で払う」という、2022年型の円売りを誘います。そして、日本10年債利回りが3.00%を超えれば、財政懸念型のヘッジ・資本逃避の円売りとなります。
つまり、円買いにつながる出口が極めて狭い。ヘッジファンドにとって、これほど分かりやすい非対称な構図はありません。彼らが「日本売り」をトレードの軸に据え続ける理由は、まさにここにあります。
こうした流れの中、今週の米ドル/円は163円台まで値を上げています。
40年ぶりの163円台に乗せたことで介入警戒感が高まり、事業法人は米ドル買いのタイミングを遅らせています。彼らは下がったところを待ち構えており、それが逆に米ドル/円を底堅くさせている展開です。
巨大なバリアオプションがあるといわれている165.00円にむけて、じわじわと値を上げる米ドル/円に注目です。
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