円安の構造的要因は解消されていない
みなさん、こんにちは。
日米協調介入から2週間が過ぎました。米ドル/円は12日(水)のNY市場を159.43円で引け、介入で下げた分の半値をほぼ埋め戻しています。

(出所:TradingView)
今回のコラムは、少し居心地の悪い話になります。私自身、いまのコンセンサスにはほとんど同意しています。円安の構造要因はどれも解消されていません。それでも、いや、だからこそ、ここから調整が入るリスクも警戒すべきだと考えています。
その理由を、「通貨敗戦」と「熟柿」という2つの言葉で整理してみたいと思います。
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日米協調介入の評価はどうなのか?
まず、7月31日(金)の日米協調介入がどう評価されているかを確認します。
財務省の三村淳財務官は8月3日(月)の朝、記者団に対して、これを日米通貨同盟の完成形と捉えている、という趣旨を述べました。昨年(2025年)9月の日米財務相共同声明を起点に緊密な連携を積み上げてきた、その到達点だという位置づけです。
一方、8月12日(水)付の日本経済新聞「Deep Insight」で、本社コメンテーターの奥村茂三郎氏はまったく逆の評価を下しています。
表題は「日米協調介入は『通貨敗戦』だ」。円の下落を自力で止められず、米国に助けを請うたのだから、完成形と浮かれている場合ではない、という論旨です。
奥村氏が「少なくとも対等な同盟ではない」と断じる根拠は明確です。トランプ大統領は8月2日(日)、記者団に対してアルゼンチンのペソ買い介入、ベネズエラへの軍事介入、米インテルへの出資による救済を並べて言及し、今回の円買い協調介入をそれらと同列に論じました。さらに、日本側から助けを求めてきたのだと主張し、インテル出資と同様に米国が金銭的利益を得るディールなのだと説明しています。
日本の通貨政策の責任者が「完成形」と呼んだものを、米国の大統領は救済案件のリストに数え上げている。この非対称性は、ヘッジファンドにとって見逃せない情報です。同盟が対等でないなら、米国が撤退するコストも低いということになるからです。
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日銀が動かなければ円安継続はやむなしなのか
ここで一点、気づいたことがあります。
三村財務官と奥村氏の評価は正反対です。ところが、相場の結論だけを取り出すと、両者はほとんど同じ場所に着地しています。
奥村氏の立場は、円安の主因は金利正常化の遅れと財政規律の緩みであり、それが是正されなければ介入で買った時間は失われる、というものです。
つまり「日銀が動かなければ円安継続」ということになります。
「完成形」を強調する側にしても、介入は投機の行き過ぎをならすものであって、ファンダメンタルズを変えるものではないという建て付けは同じです。
ベッセント米財務長官はCNBCのインタビューで、日本が適切な政策を実施すれば円はより正常な均衡価格に戻っていく、という趣旨を語りました。
裏を返せば、「政策が変わらなければ戻らない」ということです。
そして市場参加者の側でも、現政権の政策スタンスが変わらない限り円安見通しは修正しない、という見方が主流です。今週(8月10日~)の各社の見通しを並べてみても、レンジの上下に差はあれど、方向感で円高を主張しているものはほとんど見当たりません。
私自身、この論理に反対しているわけではありません。日本の原油輸入のホルムズ依存、財政の拡張姿勢、実質金利のマイナス。円安の構造要因は、どれ一つとして片付いていません。
ただ、全員が同じ論理で、同じ側に乗っている。この事実そのものが、いまは最大の材料なのではないかと考えています。
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日米協調介入による効果は限定的
その傾向が表れているのが、ここ1週間の値動きです。
先週の米雇用統計で数字が悪化しても、米ドル/円は下げ切りませんでした。そして12日(水)の米7月CPIです。
総合指数の前月比は2カ月連続で鈍化、コア指数の前年比も2カ月連続で鈍化し、インフレが5月にピークをつけた可能性を示す内容でした。エネルギーとガソリンは2カ月続落、食料品も3月以来の下落です。

(出所:米労働省)
これを受けて、FRB(米連邦準備制度理事会)の9月利上げ観測は後退し、短期金融市場が織り込む確率は40%程度まで下がりました。日米金利差の縮小方向を示す材料です。
米ドル/円は158円台後半まで下落しました。ところが売りが一巡すると、イラン革命防衛隊の新司令官顧問が対外強硬姿勢を示唆したことをきっかけに再び米ドル買いが優勢となり、159.54円まで戻しています。
日米金利差縮小の材料が出ても下がらず、地政学リスクが出れば有事の米ドル買いで上がる。「上がる理由は探すが、下がる理由は探さない」これがいまのマーケットです。
もうひとつ、数字で見ておきましょう。ブルームバーグ・インテリジェンスによれば、8月5日(水)時点のオプション建て込み確率で、1カ月後に米ドル/円が155円を下回っている確率はわずか22%とされていました。市場は、介入による円高が持続するとは端から思っていない、ということです。
論説も、当局も、市場価格も、そろって同じ方向を向いています。こういう局面は、そう多くありません。
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今のマーケットは「熟柿」なのか?
ここからが本題です。
いまの状況をどう表現しようか考えていたのですが、フィデリティ投信の重見吉徳氏が、「熟柿(じゅくし)」という比喩を紹介されていました。
うまい言い方なので、ご紹介します。
1985年のプラザ合意で、米ドルは急落しました。この一件から、当局がその気になればすごい、という神話が生まれます。しかし当時の米ドルは、あまりにも割高でした。放っておいても、早晩落ちていたはずのものです。
熟しきった柿は、誰が揺さぶっても落ちます。たまたま木を揺さぶった人が、超人に見えただけだった、というわけです。
その証拠が1987年のルーブル合意です。今度は米ドル安に歯止めをかけるためにG7(先進7カ国)が集まりましたが、下落は止まりませんでした。教科書には協調が不十分だったと書かれていますが、決定的な差は各国の姿勢よりも、そのときの米ドルの水準だったのではないかということです。
プラザ合意時に超割高であった米ドルは、ルーブル合意時にはほぼ適正水準まで下落していました。適正水準にあるものを持ち上げるのは、落ちた柿を枝にくっつけるようなものなのです。
この比喩が効くのは、介入の成否を「当局の本気度」ではなく「対象が熟しているかどうか」で測る点にあります。
そして、私たちはいま、介入の成否を当局の本気度ばかりで議論しています。熟しているかどうかの議論を、ほとんどしていません。
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「熟柿」を判定する2つの材料
判定材料は2つあると考えています。
ひとつは水準です。
リバプール大学のミラス教授の試算では、いまの円は約21%割安とされています。金利差から説明できる水準からの乖離が、かなり大きくなっているということです。プラザ合意当時の米ドルと、位置関係が似ています。
もちろん、割安だから上がるという単純な話ではありません。実際、この21%という乖離は数年にわたって開きっぱなしです。ただ、放っておいても落ちうる位置にはある、ということは押さえておく価値があります。
もう1つがセンチメントです。
すでに述べた通り、いまのマーケットはどんな経済指標が出ても押し目買いです。悪い数字が出ても買われるということは、もう買う理由を探していないということでもあります。
全員が同じ側に乗っている相場は、揺らされたときに落ちやすい。これはポジションの物理法則です。
水準とセンチメント、この2つが揃っています。だから私は、いまの円安はそろそろ熟柿かもしれないと考えています。
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為替介入で米ドル/円のトレンドは作れない
ただし、熟柿は放っておいても落ちますが、いつ落ちるかは誰にもわかりません。落とすきっかけが必要です。
重見氏の指摘でもうひとつ重要なのは、投機が転換点を見定めるのは介入によってではなく、日米の金融政策の大転換によってだ、という点です。日銀が積極的な利上げによって協調介入の「借り」を返すのであれば、円キャリー取引を含む投機は巻き戻される。
介入は水準を買うことはできますが、トレンドを作ることはできません。トレンドをつくれるのは日銀だけです。
この点、4月30日の単独介入が何よりの証拠です。米ドル/円は160円台後半から155円台まで急落しましたが、その後7月には163.99円という40年ぶりの高値をつけました。全戻しどころか高値更新です。その期間は約3か月でした。日銀が動かない介入がどうなるか、市場は3か月前に実地で学んでいます。
では、日銀は動くのか。材料は揃いつつあります。
7月31日(金)の日銀会合後の記者会見で植田総裁が9月以降の早期利上げを強く示唆したことが、協調介入実施の決め手になったと伝えられています。
8月10日(月)公表の7月会合「主な意見」においても、市場の予想よりタカ派寄りの内容でした。基調的なCPIインフレが2%に接近しており、利上げペースが市場の想定より速くなる可能性がある、という趣旨の発言が記されています。
OIS(オーバーナイト・インデックス・スワップ)市場では、10月会合までに25bp(0.25%)、来年(2027年)7月までに累計75bp(0.75%)の利上げが織り込まれました。誘導目標金利は1.00%から1.75%になる計算です。
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9月日銀会合での利上げ確率は50~70%台とバラつく
一方で、9月の日銀会合単体で見た利上げの織り込みは、集計元によって50%台から70%台までばらついています。ここが、いまの米ドル/円のポジションを決める中心的な変数でしょう。
市場にとっては、「利上げした」という事実よりも、「利上げしそうだ」という匂いのほうが先に効きます。
以上を踏まえて、水準を整理します。
介入前の米ドル/円の高値163.99円と介入後の安値155.23円を結ぶフィボナッチリトレースメントでは、38.2%が158.58円、50%が159.61円、61.8%が160.64円という並びになります。半値戻しは、12日(水)にほぼ達成されました。

(出所:TradingView)
上値の関門は160.00円から160.64円のゾーンです。市場では160円台に乗れば再び介入という見方が大勢ですが、実際に介入が実施されるかどうかはわかりません。
ちなみに今年(2026年)の実際の発動水準は、1月のレートチェックが159円台、4月が160円台後半、7月が162円台から163円台でした。
ただ、161.00円を明確に超えてくれば、テクニカル上は戻り高値の否定です。この場合、熟柿論はいったん取り下げ、163.99円までの再上昇を想定し直す必要があります。
下値については、200日移動平均線が158.05円、フィボナッチリトレースメント38.2%が158.58円と近接しており、このクラスターが分岐になります。ここを明確に下抜ければ、155.23円の介入安値が視野に入ります。
いま市場が備えているのは、上への行き過ぎに対する介入リスクだけです。下への急落に備えているポジションは、ほとんどありません。オプション市場が155円割れを22%としているのは、まさにそういうことです。
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米ドル/円が調整入りするための条件は?
米ドル/円の調整が来るとすれば、たとえば次のようなきっかけが考えられます。
一つ目は、日銀の9月利上げが確度をもって織り込まれ始めることです。50%台から70%台という現在のばらつきが収束していく過程に加え、連続利上げがさらに織り込まれれば、円ショートの巻き戻しが起きます。8月下旬から9月初旬にかけての要人発言が引き金になり得ます。
二つ目は、米長期金利の反転です。12日(水)の米10年債入札は、最高落札利回りが2007年以来の高水準となりました。本日(13日)は30年債入札(250億ドル)が控えています。ここで金利が上がれば当面は米ドル買いですが、米国側が金利上昇を極度に嫌う局面にあることを忘れてはいけません。ベッセント長官が動く理由が増えるということでもあります。
三つ目は、中東の緊張緩和です。いまの米ドル買いの一部は有事の米ドル買いです。停戦方向の材料が出れば、この分は素直に剥落します。原油が下がれば、日本の交易条件という円安の構造要因そのものが緩みます。
そして四つ目が、材料なしの巻き戻しです。全員が同じ側に集まりだしている相場では、これがいちばん起きやすく、いちばん速いのではないでしょうか。
最後に、私の懸念が外れる可能性についても書いておきます。
ニッセイ基礎研究所の伊藤さゆり氏は、今回の協調介入について、1998年が大手金融機関の破綻と危機共振の様相を呈していたのに対し、今回は本格的な「日本売り」には至っておらず「予防的介入」という印象だ、と指摘しています。危機ではないのだから、当局が急ぐ理由もない、という読み方も成り立ちます。
熟柿だと思っていたものが、実はまだ青い実だった、ということは十分にあり得ます。
熟柿かどうかは、落ちてみるまでわかりません。ただ、木の下に人が集まりすぎているときは、少し離れて立っているほうが賢明ではないでしょうか。
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